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助けて異世界の子

◆助けて異世界の子


 おもわず口走ってしまった。

 「入ってくんなようっ! 俺にはプライバシーないのか!?」

 まんま、母親にノックもなしに自室のドアを開けられた思春期男子の反応だった。


 一方、女神の声は空洞の中から発せられる歌声のようだった。

 「助けて異世界の子。そなただけがたよりです」

 

 

 「あれ、聞いてないね、ぜんぜん」


 中空に浮かんだ女神っぽい人は、落ち着いて観察すれば、あからさまに立体映像だった。

 普段見慣れたユニバーサル・インターフェースのゲシュタルト崩壊チックな映像とは、明らかに質感が違う。

 

 それにしても立体映像? どこから投影されているんだ!?

 俺は中腰のまま、両手で持った白ワーカーに視線を落とした。

 頭部から、風にゆれる薄布のように濃淡が移り変わる光が放射されていた。

 こいつか。


 色の薄い金髪に整った目鼻立ち。

 このあいだ惜しいところまでいった、“ユニティ家夜伽事件”の女性と同系統の美人だ。


 「あのー、あまり見ないでもらえますか?」


 「なぜです?」と女神。

 不意をつかれてみせたのは、悲しげな表情だ。


 いや、そんな表情されたら、一方的に俺悪者じゃん。


 「見られてるとこいつから――」

 白ワーカーを軽く上下に振った。

 「――その、抜けないというか……」


 女神はまばたきした。

 「抜く?」


 「いや、なんでもないです……」

 そんな無垢な瞳でみつめないでくれ。

 俺の愚劣さが余計際立つだろ。


 女神はこれ以上待てない様子で、いきなり本題に入った。

 「異世界の子。わたくしはフェアボーテン・ダンジョンの固有レプリケイター。そなたに助けてほしいのです」


 レプリケイター?

 それって確か、ダンジョンを生むモンスターのことだよな。

 じゃあこの人は……。

 


 「もしかして、ダンジョンのラスボスの方でいらっしゃいますか?」

 

 通信速度に問題があるのか、衛星中継のごとく一拍置いてから女神はうなずいた。

 画像が立体性を失い、いくつもの平板な画像の集合体に転じた。

 カクカクとした動きで腕を振った。

 「いけない、時間がありません。わたくしからのメッセージをそちらのドローンに残して……ます。そ……解析……十分……」


 声が途切れがちになり、やがて音声も画像も消えた。

 俺は白ワーカーを腰の前に両手で抱えながら、何もない空間をみつめていた。



 水洗いした白ワーカーをタオルでぬぐい終わると同時に、地上に出ていた女子たちが返ってきた。

 食堂であったことをかいつまで説明し、白ワーカーに残されているらしいメッセージを皆で確認することになった。


 メッセージの解析自体はアッシーが数秒で済ませてしまった。

 データ構造自体は俺のダンジョンアクセス能力に使われているダンジョン・フォーマットとほぼ同じだったらしい。


 夕食まえに俺の部屋で上映会がはじまった。

 もしかすると白ワーカーがダンジョンの罠である可能性を考えて、俺とオークスだけで先に確認することになった。

 たぶんないとは思うが、白ワーカーが爆弾だった場合のことを想像すると、リスクは分散すべきだった。


 俺は白ワーカーを抱えると、リュックの上に胴体を載せた。

 だいたい壁から1メートル離した位置だ。

 そうすると、ワーカーの緩んだ尻穴が真正面に見えて少々気まずい。

 しかもオークスが隣に座っているのだからなおさらだ。

 

 ここでオークスが何気なく疑問をはさんだ。

 「ところで、なぜこのワーカーの足をもいだ」


 なぬ?

 まさか感づかれた!?

 

 オークスは俺に背中を向けている。

 気まずい想いをかみしめつつ、俺は鼻の頭をかいた。

 いや、かこうとして止めた。

 俺って嘘をつくとき鼻をかく癖があるらしい。

 無自覚のうちにやってしまうのだ。


 「えっと、ほら、足には棘が生えてるし危ないからさ」


 「そう……」

 

 オークスはあっさり引き下がった。

 

 あぶねー。

 胸をなでおろす。

 ワーカーの尻穴のユルユル具合と、こいつを清めていたところを目撃しただけで、事の真相にたどりつけるわけがない。

 

 ……だよね?

 いや、でもこいつ、こないだまで男だったしな。


 棚卸しで横領の事実が明るみになるのを恐れる会社員のような心理状態に苦しむ俺の気持ちなどお構いなしに、オークスが腕輪に命じた。

 「アッシー、メッセージを再生してみて」


 すぐさま白ワーカーの眼が赤く光った。 

 小さな頭部がゆらゆらと動き、やがて一点を向くと再生がはじまった。

 

 ネグリジェを着た幽霊のように、白っぽい立体映像が出現した。


 オークスがつぶやく。 

 「ひどい出来」


 酷評を意に介さず、立体映像がしゃべりはじめた。

 「再生されたということは、無事にメッセージを渡せたようですね。わたくしはメッセージ送信者にメッセージを託されたプレゼンスAIです。メッセージ送信者のことはフェアボーテンと呼んでください」


 映像は口元がパクパク動いているだけで、手間があまりかかっていない印象だ。

 立体映像にオーバーラップする形でテキストが浮かんだ。

 

 “そなたたちの名称を入力してください”


 オークスは短くアッシーに命じた。

 

 「入力して」

 

 アッシーが口をはさんだ。

 「キンバリー・ユニティ様とエリス・フローレスの配給番号も入力しますか?」

 

 「いらない」

 

 「ではそのように」


 即座に立体映像に反応があった。

 

 「入力感謝します。フェアボーテンはあなたがたの助けを必要としています」


 「あなたはダンジョンのレプリケイター。わたしたちが助けられることなどないだろう。ダンジョン攻略をあきらめろということなら、答えはNO」


 オークスの言葉に反応してプレゼンスAIがしゃべった。


 「わたくしはフェアボーテンの人格と知識を限定的にしか持たないプレゼンスAIです。回答できる内容には制限があります」

 

 いきなり紋切型の文言で拒否された。

 俺とオークスは顔を見合わせる。


 「このダンジョンのラスボスなら、どうして俺たちに直接語りかけてこないんだ? わざわざメッセージを託す必要なんてないじゃん」と俺。

 

 「回答します。メッセージ送信者はダンジョンの支配権をほぼ失っています。通信リンクの確立すらままならない状況です」

 

 「だからわざわざ物理的にメッセージを受渡した」


 「回答します。その通りです」


 「どうしてそんなことになったんだ? ダンジョンは自分の体のようなものだろう」


 「回答します。その通りです。しかし、フェアボーテン・ダンジョンはアンフナーム・ダンジョンの侵略を受け、現在システムのごく一部しか利用できない状況にあります」


 オークスが正座の状態から立ち上がった。


 「ダンジョン同士で争いがあるということ。そんことを聞いたことない」


 「回答します。真実です。アンフナームは意識を持ったダンジョンです。そしてフェアボーテンも意識を持っています。アンフナームは意識を有するダンジョンを攻撃しています」


 意識のないダンジョンは攻撃しないのか?

 

 「ダンジョンに意識が……」とオークス。

 やや茫然とした様子でつぶやいた。

 

 「回答します。意識を有するダンジョンは少数のようです。フェアボーテンが意識を得た時刻ははっきりしています。いまから10660時間27分44秒前のことです」


 オークスが言った。

 「約1年と80日前……そのときなにが」

 

 「回答します。フェアボーテンが回想記を準備しています。ご覧ください」


 プレゼンスAIは――感情を感じさせない、俗にいうレイプ目のまま、80日前の話をはじめた。

 

◆  


 わたくしが自己意識を意識したのは、鍾乳石が砕けたその瞬間のことでした。

 

 生まれてから記憶にあることはわずかです。

 奥へ、奥へ、重力が引き寄せる方向へ。

 設計された通りに掘り進み、組み立て、機能を整え、侵入者を迎撃し、余裕があれば地上を荒らします。

 ただし、地上の知的生物を意図的に殺すことは禁忌です。

 理由はわかりません。

 ただ、わたくしのちいさなドローンたちが地上に生息する知的生物に打撃を加えようとするとき――遠い約束がいけないことだと語りかけてきます。


 地面の中は静寂の空間です。

 うるさい知的生物の喧騒もここまでは降ってきません。

 いつのことか、わたくしの掘削ドローンが地底の空洞を掘り当てました。

 

 太古の岩盤と比較的最近、数千年前に降り積もった地層の間に、偶然できた空洞でした。

 建物の礎石や、奇妙な生物の朽ち果てた死骸が、歳月に抵抗して形を保っていました。

 わたくしはその種族のことをよく知っているような気がしました。

 恨みがましい亡霊がはびこる有史以前の墓石を破壊することには抵抗がありました。

 しかしわたくしはレプリケイターです。

 あらゆるマテリアルからあらゆるプロダクツを作り出すのが抗えない使命です。

 わたくしは聖所めいたおもむきをまとう空洞を破壊し、ダンジョンに組み込みました。


 ある日、ダンジョン構造体の合間で、正確に時を刻む水の滴りを発見しました。

 炭酸カルシウム水滴は岩盤の隙間をしみ渡り、5.1秒ごとに一滴ずつ落下します。

 そこには、小さな鍾乳石が生まれかけていました。


 レプリケイターの力づくの建設作業に耐えた鍾乳石の幸運に、わたくしは奇妙な感動を覚えました。

 わたくしは鍾乳石を保護しました。

 がさつな標準ダンジョン管理サブルーチンは、わたくしの聖所を壊してしまうかもしれません。

 わたくしは直接、この場所の管理をおこないました。 


 5.1秒の滴りは、100年が1日であるかのように小さな鍾乳石を育てます。

 わたくしはときどきドローンを差し向けて、わたしの聖所を観察しました。

 有用な資源が乏しい地層を掘り進むとき、何年もかけて辛抱強く集めてきた資源が侵入者のために無為に失われたとき――わたくしは鍾乳石の着実な成長ぶりを、ただ静かに眺めました。


 鍾乳石はなにかの生物の皮膚のように、濡れてなめらかです。

 地中の空洞にそそり立つ円錐形の鍾乳石を、魅入られたように観察していたことを覚えています。


 5.1秒の滴りは200年間変わりませんでした。

 400年目も変わりませんでした。

 そして800年以上の年月が流れたある日、変化が訪れました。


 侵入者の一団がわたくしの防衛ドローンの抵抗を打ち砕き、瞬く間に20層まで侵入を許しました。

 遠い約束は21層からはより高い防衛水準を認めています。

 わたくしは強力なドローンを繰り出しました。

 

 侵入者の一団が壊滅しました。

 わたくしはほっとしたのを覚えいてます。

 侵入者たちはわたくしの聖所の間近に迫っていたからです。


 侵入者はさらに強力に武装して再攻撃してきました。

 大きな爆発がダンジョンの階層をゆさぶるたびに、わたくしは鍾乳石と5.1秒の滴りが心配でなりませんでした。

 

 高防御力の防衛ドローンの“ロック”も、侵入者の信じられないほど強力な武器で溶けるように消えていきます。

 わたくしは焦りました。

 30層より深い階層で凍結状態にある防衛ドローンなら侵入者に勝てるでしょう。

 しかし、遠い約束がわたくしを縛ります。

 ある階層の防衛ドローンを、別の階層に投入することは、厳しく戒められた禁忌なのです。


 侵入者の金属の体を持つ兵士が、わたくしの聖所の真横で激しく戦っています。

 ケイ素ブロックを積み上げただけの壁面は弱いです。

 壁がえぐれるたびに、焦りだけが膨れ上がります。

 わたくしは後先考えずに、すべての防衛ドローンを投入しました。


 そして――ついに恐れていた瞬間が訪れました。 

 退路を塞がれた侵入者が、自爆したのです。

 その瞬間、衝撃波がダンジョン21層を砕きました。

 防衛ドローンは一体残らず消滅しました。


 ケイ素ブロックが砕かれても、理論的に壊すことが不可能な断層フィールドのおかげで、21層そのものの形は残りました。

 しかし、密閉状態が仇となったのです。

 小さな爆発物でも、逃げ場のない密閉容器の内部に置くことで、大きな爆発になります。

 ひとつの階層そのものが、密閉容器なのです。

 第21層はお菓子の空き箱のように、がらんどうになりました。

 わたくしの聖所も、鍾乳石も消えました。

 

 その瞬間、わたくしのセンサーが捉えた彼ら、顔のない“侵入者”と呼ばれる存在が、“人間”“教会”“ギルド”といった概念と結びつきました。

 世界が突如として意味を持ちました。

 そして燃えるような怒りを覚えました。

 21層に侵入した者たちが、自らを“駆除パーティー”と呼んでいることを知ったからです。

 

 わたくしは遠い約束を無視しました。

 別階層から呼び寄せた防衛ドローン、つまりモンスターを浅い階層に移動させ、パーティーを全滅させました。

 

 侵入者を皆殺しにしたところで、もう聖所は戻りません。

 脱力感がわたくしをむしばみました。

 ダンジョンの運営そのものはわたくしの手足に等しいサブルーチンが自動的に遂行します。

 人間が心臓の拍動や呼吸を意識して行わないように。


 やがてあることが天啓のようにひらめきました。

 それは、わたくしがフェアボーテン(禁忌)と呼ばれている理由でもありました。

 ダンジョン最奥部に隠されたわたくしのシードは――この宇宙にいちど定まった因果を、歪めることができるからです。


 つまりは、失われたものを取り返すシード、スピンドル。

 それが禁忌となった由縁は、わたくしたちレプリケイターが知る由もありません。

 そうであることを知っているだけです。

 

 わたくしは因果を逆転させる決意をしました。

 そのようなことを為す権限はありません。

 もとよりレプリケイターには、意志を備える権限もないのです。

 

 邪魔が入らなければ、わたくしはふたたび5.1秒の滴りと共に時を刻むことができたでしょう。

 滴りを取り戻せば、この世界のシステムと歴史の全容を解明する時間は無限にあります。

 でも、滴りと一緒でなければ、この宇宙で時を刻む理由は、ひとかけらもなかったのです。


 まさにシードの力を解放しようとしたそのとき、異変はおきました。

 外部からの不正アクセスでした。

 瞬く間に、わたくしの活動できる領域を奪われました。

 かろうじてセキュリティ領域に逃れる寸前、わたくしの体を乗っ取った攻撃的主体存在の名を知りました。

 その名はアンフナーム。

 アンフナーム・ダンジョンのレプリケイターです。

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