白ワーカー
ダンジョンのドアの開閉システムは、ユニバーサル・インターフェースを介さなければならない。
その能力があるのは俺だけだ。
いや、「だった」。
ここ数日、オークスの指示で金色の腕輪を装着し、壁を消したりプレート操作を実演したりと、実験に協力してき
た。
オークスの説明によると、俺がどのようにユニバーサル・インターフェースを実現しているのか、俺の体を調べる
ことで解明できるかもしれないということだった。
オークスの出身時代では、プレートのユニバーサル・インターフェースに近似した仮想現実インターフェースが実
用化しているらしい。
ときおりみせる虚ろな目つきは、金色の腕輪に宿るアシスタントAIのアッシーとやりとりしているときの特徴なの
だった。
プレートにアクセスしているときに俺の体内を走る神経インパルスをアッシーが分析した結果、ある特徴的パター
ンを含んだ非線形データ・ストリームを抽出できた。
少し考えて、オークスはアッシーに一定の解釈を許可した。
「一定の解釈って……」
俺の神経がおかしくなったりしないだろうな?
そう身構えてしまうのは当然だろう。
ことにおしゃべりで軽薄なAIのことだから、なおのこと心配だった。
アッシーの説明によると、
「肉体接触部分から出入りする情報をデジタル変換し、未知の形式で圧縮された符号化データ・ストリームのデコ
ード法を考案するだけです。非侵襲的なプロセスですから心配いりませんよ。できるだけ心を空っぽにしていてくれ
ると助かります」
とのこと。
よくわからんが、難しいことをするらしい。
それにしても、何も考えるなといわれてもね。
AIの思考に比べれば、神経細胞の間で神経伝達物質をまったりとやりとりしている人間の思考など、止まっている
も同然のまとまりのないノイズみたいなものだろ。
無視してくれたまえよそんなノイズ。
腕輪の饒舌が途絶え、数分間沈黙した。
たったの数分でまったく未知の信号から情報をひきだし意味を見出す。
それがとんでもなく困難だということくらいは俺にもわかる。
人間の研究者なら、数年がかりの仕事だろう。
しばらくすると、腕輪の内側がほんのりと熱を持ちはじめた。
腕輪が活動していることを示す証拠はそれだけだった。
やがてアッシーが報告した。
その声はどことなく弾むようなトーンをまとっていた。
「ダンジョン・フォーマットのデータ構造の解析完了。インパルスの再現に――」
「終わった。それでは黙っていて」
オークスは無情にも即座にアッシーを黙らせた。
壁の開口部が閉じないように置いてあるたいまつをどかすと、開口部はひとりでに壁にもどった。
オークスは腕輪をかかげて「開け」と命じた。
まったく問題なく、壁は瞬間的に黒く変じてから消えた。
「この技があれば、今後のダンジョン攻略がはかどる」
オークスも満足げだ。
だが、俺は別のことを心配していた。
これほど進歩したAIがある世界で、頭の鈍い生身の人間が生きていく余地ってあるのだろうか、と。
こんな話を聞いたことがある。
元の世界でそこらの電器屋さんで売っていたハイエンドPCは、25年前の最新鋭スーパーコンピューターの演算能力
を上回るのだそうだ。
おそらく、いまスパコンを使って実現しているような計算は、25年後には誰でも手に入るPC1台でできるようになる
だろう。
もちろん計算科学向けのスパコンはハード・ソフト両面で民生品とは異なる。おおまかな比較に過ぎない。
それでも、1世紀未来につくられたアッシーの演算能力が想像を絶するものだろうということは容易に想像できる。
こうして個室の戸締り問題は解決した。
オークスはひきつづきプレートの機能解明をアッシーに命じた。
このときは、まだ、ダンジョンの機能にAIがアクセスすることがあんな結果につながるなんて、誰ひとり想像もし
ていなかった。
◆
ダンジョンの食堂の水場は、いまではトイレとして活用されていた。
モンスターはとうに湧いてこなくなっていたし、キムが熱線でメンテ穴はふさいでくれた。
おかげで女性ひとりでも安全に用を済ませられる。
そのうえ、食堂の出入り口の開閉は俺がいなくても可能になった。
それはある意味、残念なことだった。
いままでは、「ねえ、またお願い……」と恥ずかしそうにトイレを所望されることに密かな喜びがあったりしたも
のだから。
――ええ、変態ですがなにか。
もうキムがヘンタイヘンタイうるさいから、変態を肯定的に捉えられるようになってきちゃったよ。
どうしてくれるんだ!
その日、女性陣は地上でお買いものにでかけていた。
午前中のうちに対モンスター戦の戦術訓練を済ませた俺は、エリスが作り置きしていたオムライスを平らげ、用を
たしに食堂……というかトイレに足を運んだ。
食堂の開口部の前にたいまつを置く。
「使用中」を示す目印だ。
これをしないと、力んでいることろでご対面、ということになりかねない。
「ふぅ……」
排泄の喜びをかみしめ、チャックを引き上げたそのとき、背後のカサカサという物音をとらえた。
さっと振り返る。
なにもいない。
気のせいか?
ガサッ。
絶対なにかいる。
息をひそめ、石の桶の前をそろりそろりと進んだ。
桶の影をのぞきこむと――。
「ギキッ」
いた。
赤い目が俺を見上げていた。
どこから迷いこんだのか、一体のワーカーがうずくまっていた。
しかもレア種の白ワーカー。
白ワーカーが何事か訴えるかのようにギーギー鳴いている。
しかしこのとき、俺の視線はしなやかなトゲの生えたワーカーの尻に釘づけになっていた。
◆
気がついたときには、すべての足をもがれた白ワーカーを両手で抱えていた。
普段だったらこんなことはしなかった。
だが今日だけは――女子不在の解放感が、俺を大胆にしていた。
それにだよ?
なぜか女ばかりのシェアハウスに放り込まれた――という設定のエロゲみたいな生活をしてみなよ。
伏字のムラムラ、とまらないよ! ってな状況になるはこれ必定。
よくある取り柄のない鈍感主人公の織り成すハーレムラブコメあるじゃん?
主人公が好意に敏感過ぎたら物語が生々しく崩壊するから、鈍感なのはあるイミ必要悪。それはわかる。
わかるけど、これだけは認めてくれ。
同じ屋根の下にヒロインどもがうじゃうじゃ同居していても――するよね? してるよね?
俺なんか“彼女いない歴=人生”属性の悲しき賜物、ハイレベルなオナ○ースキルを会得済ですよ、ええ。
「はぁはぁ。だから仕方ない。仕方ないんだっ」
信長も本能寺で言ってたじゃん。
是非も及ばずって。
たぶん俺の状況とは一切関係ないけど。
とにかく個の力が及ばぬ宿命論的なレベルで仕方がないのだよ!
「ぎぃぃぃぃ!」
食堂の薄暗い片隅でうごめく男女――ではなく男モンスター。
「ああっ白ワーカー最高っ」
いつも黒ワーカーばかりだったからか、それとも初めての白ワーカーだったからか、やけにはかどる。
こりゃ白メシ何杯でもいけるぞ!
「ぎっぎっ」
黒よりも、若干キーが高い白ワーカーの鳴き声。
頭部をもがなかった俺、超クレバー!
「ここか、ここがええんか!?」などと、賢者モードになったときに自死したくなるほどアレなセリフを思いっき
り口走る。
白ワーカーの暗い赤色の斑点が明滅していた。
だが確変タイムに突入したフィーバー中の俺の知ったことではない。
「はぁはぁぁはぁ。ウッ」
のけぞった俺の正面に、なにかがいた。
「あ……」
微妙な表情を浮かべた、ザ・女神といった風情の人物が俺をのぞきこんでいた。




