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メシマズ

今回は日常的風景の描写に重点を置いてみました。

 第2マイホームの開口部にオークスが現れた。


 「ただいま」

 

 部屋の隅には簡素な木箱が並び、キッチンとして使われていた。

 エリスはキッチンで作業しながら、背を向けたまま指図した。

 「おかえりなさい。そこに置いてもらえますか」

 

 オークスは黙ってうなずく。

 このところ、エリスとオークスの関係は驚くほど改善していた。

 まるで過去の確執などなかったかのように。

 女同士(オークスについては未だ違和感があるのだが)で何らかの落としどころを見つけたのだと思う。


 オークスがポシェットに似たステイシス・ボックスを操作した。

 すると、両手に手提げ鞄を持ったキムが部屋の隅の壁際に出現した。

 

 ひきつった笑みを浮かべ、キムはゆっくりと振り返った。

 「……オークス、いきなり壁の前に放り出すのやめてって言ったでしょ。わたしのことを至近距離で壁を見つめる


心が病んだ人にしたいの?」

  

 「失礼」

 全然すまなくなさそうにオークスは謝罪した。

 「お詫びに相談していい」


 キムは戸惑い気味に繰り返した。

 「お、お詫び?」


 「炭化した失敗手料理を喜び勇び文句も言わずにモリモリ食す毒島君の様子をわたしは見たい」


 「そうなの……あなたはいまいちお詫びの意味を理解してない気がするけど……」


 キムのツッコミを意に介さず、オークスはつづけた。

 「よって、料理を意図せず炭化させるコツを知りたい」


 「それ、わたしのクッキング・スキルに対する皮肉? 遠回しな言い方しないでよ」


 オークスは真顔で言い放った。

 「わかった言い直す。どうやったら、ことごとくメシをマズくできる」


 「ダイレクト過ぎよ! それに全部マズいわけじゃないわよ。こないだの卵焼きのことを念頭に置いてるんなら、


あれはたまたま――」


 「ちょっと……本人のいる前でマズい料理を食わせる相談しないでほしいんだけど」

 なぜか存在感ゼロ扱いされているのだが、しっかり第2マイホームに存在してますから俺。

  

 「なによ、ヴスジーマですらあの卵焼きがマズかったっていうの? ひどい。あなたごときに食され唾液まみれに


なったあげく、トロトロに消化されてゆく卵の気持ちを考えなさいよ。消化の末路、それは――」


 「みなまで言うな!」

 というか、なぜに心情的にタマゴ寄りの発言だ、キム?


 「はいこれ」

 キムがネギ的な野菜が突き出した手提げバッグを俺に手渡した。

 受け渡される瞬間、キムの瞳に殺意がきらめいた気がした。


 「全力で否定しなさいよ」


 「え、なにが?」


 「だから、マズかったってところよ!」


 こわっ。

 やめてキム、ときおり女性のダークサイド垣間見せるのやめて。


 「いや、おいしかったよ。尊い生命の犠牲に感謝しつつ、おいしく頂いたよ」

 昆虫のテンプラよりはたぶんおいしかったよ!

 そんなもん食ったことないから知らないけど。

 ん、これじゃ昆虫を主食にしている人に失礼か。

 噂によるとタガメのテンプラっておいしいらしいよ。

 これでフォローになったか?

 なったよね?



 ここ第2マイホームは、いつの間にか食堂のような場所としての地位を確立していた。

 また、うすら寒い石造の部屋の環境は、こたつの出現によって大きく改善されていた。

 先日、ウッデンファーニチャー・ギルドから買ってきたダイニングテーブルを加工してつくったのだ。


 毛織物のコタツ布団の内側は暖かい。

 内部にセッティングされた木炭火鉢が熱源だ。

 木炭入れに使っている火鉢はマニュギアーで召喚されない品物らしく、結構値が張った。

 この世界の“本物の”手工芸品は、どれも驚くほど高価なのだ。


 みな適当な部屋を勝手に自分の部屋として占有し、それぞれが工夫をこらして住環境の改善に努めていた。

 今のところは俺のダンジョン干渉能力がないと出入り口の開閉すらできない。

 勝手に閉じないように、たいまつの束が開口部に安置してあったりする。


 それじゃー女の子たちに夜這いし放題じゃん、と思われるかもしれないが――実際のところ我らフェアボーテン・


チート・パーティ最弱のメンバーである俺に何ができよう?

 彼女たちのマイホームの前の、うすら寒い廊下で手をこすり合わせ、漏れ伝わるキャッハウフフという声に耳を傾


けるのが関の山だった。

 

 「地上の様子はどうだった?」

 どうやらコタツが気に入ったらしく、帰宅早々コタツにすっぽり収まっているオークスにたずねた。


 「変化ない。犯人捜しが進行中。おおぜい串刺し」


 詳細は不明だが、フェアボーテン教会で何者かが爆弾テロを敢行したようなのだ。

 そのせいで通りの角々にはテンプルナイツの歩哨が立ち、不審者狩りが横行していた。

 この二日で近隣一円の教会からも数十万人の応援が駆けつけ、街じゅうで問題を引き起こしていた。

 市民はテンプルナイツの暴行や略奪に怯え、無数の棄民たちの姿も魔法のように消え失せた。

 若い女性の一人歩きなどは自殺行為だ。


 オークスの外見を光学的に変化させる能力はこんなとき心強い。

 テンプルナイツやコワモテの大男に化けることで、首尾よくフレーバーギルドから食料を買い込むことができるの


だ。

 

 ところで、キッチンの前で仁王立ちになり、

 「今日はわたしが料理当番なんだからどいて。そしてそこで見ていなさい」などと居丈高にエリスを追い出してい


るのはキムだ。

 毎日エリスの料理でいいのに、残念ながら今日はキムの出番なのだ。


 エリスは遠慮がちに申し出た。

 「いいんですか? よければわたしが作りますけど」

 

 「フフ、いいのよエリス。貴族だから当然だけど、いままでは料理ごときがわたしの手を煩わす機会などなかった


。だから失敗しちゃうのね。わたしは歴代最高のシードの使い手にして戦技の天才。もう大丈夫、十分観察してエリ


スの料理技術を会得させてもらったわ」


 エリスは疑わしげな視線をキムに注いでいる。

 その懸念はもっともだ。


 あれがイマイチ……か?

 卵焼きは石炭と化し、皿は溶けて沸騰してたぞ。


 「いや、料理にレーザー使う時点でね……」


 キムは若干むきになって言い訳する。

 「だってしょうがないじゃない。料理があんなに時間がかかるものだなんて、知らなかったもの。わたしを苛立た


せた卵側の責任ね。それになに、あれ。白身と黄身のほかに、変なクニュクニュした白いものが交じってて気持ち悪


かったし」

 

 こいつ、卵が料理になるプロセスぜんぜん知らなかったのかよ。

 いつも呼び鈴をチリンと鳴らすだけで料理が出てきていたんだろうな。貴族めが。

 それはさておき、クニュクニュした白いゲル状のねっとりした液体?

 そこをもっとkwsk!


 「あらその顔。はいはいヴスジーマ、変態思考はやめてね」とキムが半笑いで俺の妄想を制した。

 

 ……なんでわかったんだよ。

 俺の思考を読むとは恐ろしいやつ。

 「変態いうな、俺は超スタンダード常識人ですから。いまキムが言った、卵に入っているドロリとした白色のケフ


ィア的なタンパク質の塊を、カラザと呼ぶんだよ」


 「そうなの。……なんか微妙に変態的な方向に誘導しようとしてない?」


 俺は無視してつづけた。

 「カラザには、卵黄が卵の中で動いて壊れないように、固定する役割があるらしい」と俺。

 

 「やけに卵に詳しいわね。つまりそれ、食べられるのよね?」


 「もちろん。むかし、カラザは目になる部分だから取り除くって人もいたけど、迷信だから」

 

 「目!? なに、目って」


 「え、いや、カラザがヒヨコの目になるって俗説があったんだよ。この世界ではどうだか知らないけど」


 「ヒヨコ? ヒヨコって?」


 俺はキムの顔をまじまじとみつめた。

 そして、エリスも聞き耳を立てているのに気が付いた。


 「ヒヨコはヒヨコだよ。ニワトリとか、鳥の子供」


 キムは首をかしげた。

 「にわとり?」


 ここでオークスの助けが入った。


 「鳥類は大昔に絶滅している」とオークス。


 「マジで? この世界って鳥類全体が絶滅してるのか」


 オークスはお婆ちゃんのように背中を丸め、コクリとうなずいた。

 コタツから一歩たりとも動く気はなさそうだ。


 「卵も天から与えられてるわけか。親鳥がいないのに卵だけはフレーバーギルドで提供されてるって……なんか不


適切な匂いがぷんぷんするな」


 「建設者は気にしない」


 卵が先か、鶏が先か。

 この世界では答えは決まっているようだ。

 マニュギアーが先なのだな。


 「ニワトリってのは動物の一種で、それの子供が卵なんだよ」


 キムは眉間にしわを寄せた。


 「卵が動物の子供ですって!? そんなこと聞いたこともないわよ。それに第一、手も足もないのにどうやって動


くのよ、そのニワトリっていうのは」


 「違う、卵のまま大きくなるんじゃなくて、あれから足と羽が生えたヒヨコが出てきて、それが成長し――」

 

 いきなり、こたつの上にドン、と土鍋が置かれた。

 エリスだった。


 「できました」


 ふたを取ると蒸気が立ちのぼり、良い香りが鼻をくすぐった。

 

 「魚介のリゾットです」

 エビっぽい物体やホタテの貝柱的な食材の合間に、黄色く色づいたお米が隠れていた。

 ちなみに食材は微妙に地球の食用生物と見た目が異なる。

 5億年前のバージェス動物群から抜け出してきたような……というとマニアックだが、食材はどこか形状的にちょっ


とアレな感が滲み出しているのだ。

 それでも、エリスの手にかかるとバージェス食材の奇怪さもだいぶ気にならなくなるから不思議だ。

 一方、キムの場合は――言わぬが花だろう。

 

 キムが腰を浮かせた。

 「今日はわたしが当番なのにっ」


 オークスも腰を浮かせた。

 「マズいメシの作り方を盗みたかったのにっ」

 

 いやいやオークス、努力して作るものじゃないだろそれ。


 エリスはすました顔でリゾットを皿に盛っている。

 「なら早くマズいメシを作ればよかったじゃないですか。白濁タンパク質の話などに興じているから出遅れるので


す」


 「わたしのマズいメシが……って、マズくないわよ!」

 びしっ。


 「痛っ。おい、セルフ・ノリツッコミで俺を叩くなよ」

 俺は額を押さえてキムに抗議した。

 顔はやめて、お願い。


 ――それにしても。


 俺は素直に感嘆していた。

 コタツに座り、小皿に盛られたリゾットの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


 「今日のもうまそうだねエリス」


 スプーンをくわえたキムが顔をあげた。

 「本当においしい……おかしい……」

 半ば放心するキム。

 その背中は普段以上に小さかった。


 なにがおかしいんだよ。

 人間性が料理に出てるんじゃないか?

 エリスは実のところ素直で真面目だぜ。

 もう毎日エリスが作ってほしいのだが。

 

 俺の物欲しげな目つきをとがめて、キムが文句を言った。

 「エリスの料理運がバカヅキしてただけよ。運が良かったわね。わたしだってこのくらい――」

 

 「はいはい」

 

 適当にあしらう俺に、キムは頬を膨らませて抗議した。


 「わたしならこのレベルに安住はしない。更なる高みを目指してやるわ。スプライトの光魔法の加減はもうわかっ


てるもの。次こそ見ていなさい」

 

 「いや、スプライトを使うという発想をやめろよ」


 キムは聞こえていないのか、ごっそりすくい取ったリゾットを口に含んだ。



 翌日。


 こたつの上にフレークが載っていた。

 何気なく一つつまんで口に放りこんで――吐いた。

 

 「ぺっ、なんだこれ。マズ。マッズ」


 マズいと連呼するほどの苦味とえぐみが口の中に残り、塩ビパイプを野焼きしたようなえもいわれぬ臭気が鼻に残


った。

 よく見ると、ダンジョンが供給してくれるフレークとはちょっと違った。

 いや、相当違う。

 ひとつかみ手に乗せ、仔細に眺めた。

 なぜか目がしみて涙がにじむ。

 そのうえ、手の皮膚がチリチリと焼けるような感触を伝えてくる。

 反射的に手を払った。

 謎の物質はこたつの上に散らばる。

 

 「なんだよこれ。毒? モンスター毒殺用の兵器か?」

 こんなところに置くなよ。ちょっと食べちゃったじゃん。


 そのとき、戸口にキムが姿を現した。

 俺とこたつの上に散った謎物質を見比べて、ははあ、と顔を輝かせた。


 「そんなに散らかして。がっつくほど美味しかった?」 


 「……キムが作ったのか」


 キムは力をこめて否定した。

 「違うわよ! 別に、ただ作りすぎたから置いていただけよ」

 

 やっぱりお前じゃねーか。

 それに言語がおかしいよ。プレートすら翻訳しきれてねーよ。

 

 「卵焼きの比じゃないなこれ」


 「そ、そう? 仕方ないわね。また作ってあげるわよ。感謝しなさいよね」


 ツ、ツンデレ……。

 くそ、ツンデレのためなら仕方ないか。

 俺はうっかりキムに告げてしまった。


 「ああ、頼む」


 ん?

 しまった!

 断るなら今だぞマサオ。

 おい、マサオ、早く!

 

 「あ、ごめん、やっぱり――」


 断ろうとした刹那、俺は言葉を飲んだ。

 キムがこの上なく晴れやかで、一つまみのはにかみを含んだ笑みを浮かべていたからだ。


 「食べてくれるのねヴスジーマ。よかった。わたしママがいないから、そういうの苦手で……えへへ」


 「おう、そうか。まかせとけって」

 俺はそう言うと、キムの料理をわしづかみにした。

 そして、勢いに任せて口に押しこんだのだった。

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