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死者の支配力

 「すまない、気が遠くなってしまった」

 フーフーと荒い鼻息の合間にオークスは釈明した。 

 それから待ちきれない様子で腕輪に指を当て、すぐにひきつるように肩を震わせた。


 「……ぉぁ」

 さらには小さくあえいだりしている。


 オークス。アタマ、

 「大丈夫なのか」


 ちょいと前置きを省くだけで、親身になって相手を心配している善良な大人の発言に聞こえるのが不思議です。


 オークスは夢見心地でつぶやいた。

 「何度繰り返してもイイ。これで10年は戦える……」


 一方、オークスとは全く別の理由で肩を震わせている少女がいた。

 「殺してって言ってるのに無視しないでください。失礼です」

 そして、もだえるオークスにも厳しい視線を向ける。

 「それに、あなたが腑抜けないでください!」


 俺はひそかに同情した。

 えーっと……君が許せない気持ちはわかるよ。

 「エリスごめんね、こいつ――」

 親指でオークスを示してから、声をひそめて続けた。

 「――レディーファースト・フェチなんだ」


 「なんですかそれ!?」


 「わからないよなー。男女平等が行き過ぎた社会の反動と申しますか……」


 「幸せそうですね」

 エリスは憎々しげに俺を見た。


 「そう?」


 「ゆるすまじ」


 「なんでそうなるんだよ。平和主義万歳。事なかれ主義万歳。そう思うよね。ね?」


 エリスは片膝を立てた。

 こぶしを握り、肩を傾け、身構えるように直立する。


 「もう、いいです。あなたたちが招いたことですからね」


 意識にぽっかりと【警告】の文字が浮かんだ。

 プレートがメッセージを発していた。


 『【警告】

  高次時空連続体に異常を探知』


 時空に異常?

 まさか、またクロスウィンドか?

 あのゴス猫が収まっているはずのポーチは、オークスが持っている。

 見た感じ、特に異常はないようだ。

 なら、この警報は……。


 不意に肌がざわついた。

 まるで無数のネコジャラシの穂が肌をかすめたかのように。

 いまや第1マイホームの空気はぴりぴりとした刺激物と化していた。


 「!」

 まただ。

 こんどは戦慄に近い感覚が背骨を走った。

 理由はわからないが、原因は難なくわかる。

 エリスだ。

 彼女の衣服のすそが風に揺れていた。

 この密閉空間で風が吹くわけがないのだが。

 目に見えない強大なパワーが集結しつつあるのだけは、本能的に理解できた。


 いつの間にか起き上ったオークスが俺の横に並んでいた。

 そして、「まずい、こんなところで……」と苦々しげに言った。


 「どゆこと?」


 「緋の山から得たシードはメガネだけではなかった。ダンジョンの宝は冒険者とキーの双方に与えられる。エリスが得たのは、“時の力”――建設者がのこした最強レベルの兵器」


 エリスの放つフォースみたいなものが勢いを増した。

 俺たちは壁際に後退した。


 「なによこれ!」とキムがうろたえて叫ぶ。

 「その兵器をエリスが持ってるの? どこに――あっ、もしかしてエリス自身が最終兵器になっちゃったってこと?」


 「違う。本来“時の力”はメガネとセットになったときに真の力を発揮する。だから“時の力”はエリスの右目の中に宿っている」


 俺は驚愕した。


 マジかよ。

 右目にそんなもんが宿ってるなんて……なんかすげー恥ずかしくね?


 オークスは続けた。

 「“時の力”によって、彼女はモノを“見る”だけで対象物に陽子崩壊を引き起こす。崩壊生成物は陽電子とパイ中間子。それが対象物を内側から加熱する」


 いまや第1マイホームの中は暴風が吹き荒れていた。


 「加熱って、どのくらいの?」


 「メガネの確率操作がなければ大したことない。TNT火薬換算で1キロの爆発に相当」


 「えっとー、仮にここが木造2階建てアパートの6畳間だとして、その中で爆薬が1キロ爆発したら?」


 オークスは即答した。

 「アパート全壊」


 「やっぱり?」


 にしても、せっかく俺が心の祭壇に祭り上げて大切にしてきた信仰を告白したってのに、むしろ俺たちを皆殺しにするってどゆこと?

 超こっぱずかしいセリフ言い損じゃんかよ。

 勘弁してくれよなエリス。

 というか殺さないでお願い。


 オークスはメガネを装着し俺に約束した。

 「大丈夫。これは本来“時の力”を増幅させるためのシードだけど、逆に弱める働きもある……はず」


 そうか、よかった。

 最後に付け足した「はず」ってワードが黒く光り過ぎだが、まあとりあえずよかった。

 死なずに済みそうだな。


 ――いや、でも待てよ。


 「エリスの目玉の中に武器があるんだろ? 爆発を弱めたとしても、エリスはどうなる?」


 「この狭い空間で“時の力”を用いれば――メガネで偏向した確率はエリスに逆流する」


 気が立っていた俺は、手荒に聞き返した。

 「つまりどういうことだよ!」


 相変わらずオークスの物言いは淡々としたものだ。

 「エリスの眼球内で爆発。死」


 バッドエンドじゃん。

 完全にレーティングR18の残虐さじゃん。

 どうすればいい?

 困ったことに、キムもオークスも助けを求めるように俺を見ていた。


 不意に、背中を押す時の流れを感じた。

 死の方へ、死の方へと。

 この世界に来てから何度も危険な目にあってきた。

 その度にそこはかとなく心に兆した感覚だった。

 妙にはっきりと思い出した。

 そうだ、圧倒的な混乱と焦燥の底に、この感触は常にあった。


 “死”は近づいてくるものじゃない。

 この世には――いわば、あらゆる生命にとっての基底状態に向かって押しやる、運命のストリームのようなものがあるのではないか。

 俺たちは糖蜜のようにからみつくその力によって、“死”の方においやられているのだ。

 どういうわけか、今回はそれを明確に認識できた。

 もしかして、今度こそ本当にヤバイのかもしれない。

 本能がそう警告しているのだろうか。

 死が近づいてくる。

 時間がない。


 考えろ。

 考え――そうだ、この部屋から出てしまえばいい。

 壁の材質は破壊不能の黒い素材だ。

 そしてエリスには壁の開け方がわからない。

 第1マイホームの中で十分に頭を冷やさせる。

 ダンジョンの壁を壊せないのはエリスも知っているはずだ。


 オークスは以前、緋の山のシードでも壁の素材を破壊できなかったと言っていた。

 そしてメガネはただ“確率”に干渉するシードだ。

 ということは、オークスはエリスのシードの能力をダンジョン内で使ったことがあるのだろう。


 しかし、閉じ込められたと知ったエリスは、破れかぶれでシードを使うのではないか?

 プレートが教えてくれたエリスの分析結果は、こんな感じだったはずだ。


 『養民

  攻撃力 11k

  防御力 8

  能力 初期型武術 捨て身 攻撃力向上 防御力低下 

  0ダカット』


 攻撃力11キロね。

 つまり、メガネなしで1万1000。

 キムのスプライトの攻撃力をもはるかに上回っている。


 能力“捨て身”が問題だ。

 何をしでかすかわかったもんじゃない。


 エリスははじめから命を捨てて、世界に復讐しようとしていた。

 常に死を覚悟し、死を生きていた。

 彼女自分も、近々その仲間になることを夢見ながら。


 エリスは一種のテロリストだ。

 テロリストに生者の法や道徳は無意味になる。

 死を自ら選んだ者は、それらの規範を超えた場所に立つからだ。

 現世の金・地位・権力といった価値はもはや実質を持たず、死者の特権を侵すことはできない。

 ただ決意と死だけが、死を生きる者にとっての確固たる現実となる。


 俺はさきほどこう思った。

 「はっきり言って、この世には信念以上に重要なものがあるだろうか?」と。

 そう、信念は力だ。

 もし信念に自らの命全部をかければ、とてつもない力を発揮する。

 胴体にプラスチック爆弾を巻いた一人の人間が、誰かを殺そうと決意すれば、それを食い止めるのは難しい。

 そういった人間の気迫は、立ち向うもの全てを粉砕するだろう。

 それが死者の支配力だった。


 エリスは両目をつぶっている。

 その目が開いたとき、俺たちは滅びるだろう。


 死者の支配を打ち破る方法。

 あるといえばある。

 俺の信念ではエリスを救えなかったけど、信念はもう一つある。


 ――エリスの中に。


 それを変えるしかない。

 死者の支配力を崩すもの、それはただひとつ――希望だけだ。

 希望は死者の自由を奪い、生者の支配に屈服させるだろう。


 でも、それは詐欺なのではないか?

 見果てぬ幻をみせるだけではないか?


 ――いや、それでもいい。

 俺が責任を持とう。

 エリスの命を救った時点で、少なからず背負うべき何らかの責任が生まれているはずだ。


 俺は死者の気迫にもせまる勢いで叫んだ。

 「エリス! 君の家族を、生き返らせてやる!!」

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