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ハートマンの正体

 「テンプルナイツ」

 目で確認したわけでもないのに、オークスが騒動の主犯格を断定した。


 「なんでよ。どうしてここが?」

 キムが唇を噛んだ。


 「可能性は常にある」


 「言っとくけどわたしは絶対につけられてなんかないわよ」

 キムは怒ったように部屋の鎧戸を薄く開けて外を確認した。


 テンプルナイツの黒い制服で、ハートマンズ・インの前は埋め尽くされていた。

 建物が揺れるほどの勢いで、正面扉が開け放たれた。


 「オークス、わたしのスプライトを出して」


 ステイシス・ボックスに収納されていたスプライトが、力なくうなだれた格好で出現した。


 キムが上着のボタンに手をかけた。 


 「あっち向いてなさいよ」


 「ああ、失礼」


 背後でゴソゴソ衣擦れの音が聞こえる。

 振り向きたい欲求は相当なものだ。

 だが命は惜しい。

 やがて、スプライトが起動したことを示す低いハム音と、バイザーが密閉する音がした。


 「毒島君はこの中へ」

 オークスがステイシス・ボックスを示した。


 「隠れろってか?」


 「そう。危険」


 喋り方が元に戻ったな、オークス。


 「そうよ危険なんだから、ヴスジーマは中に隠れて。その前にこれを――」

 キムは荷物の山を指差した。

 「――収納しておいて」


 「やだよ、女の子だけ戦わせて、俺は隠れてるなんて」


 キムが束の間驚いたような表情をみせると、一笑した。

 「せっかく買った荷物をつめる時間を稼ぐだけよ。そうでしょオークス」


 「そう。テンプルナイツと闘う意味などない」


 「でも……」


 「じゃーわかったわよ。ヴスジーマもさっきの防具をつけなさいよ。必要になるかもしれないし」

 オークスがつかつかと近寄ると、メガネを貸してくれた。

 「これ」


 「いいの? ありがとう」


 オークスは一つうなずいた。

 「死なないで」


 美少女に真顔で言われたいセリフの第何位か知らないが、言われた瞬間ぞくっときた。

 太古の昔から、無数の若者が同じことを言われて戦いにおもむいてきたんだろうな。

 誰の体にも、ゾクッとする遺伝子が組み込まれているのかもしれない。


 キムとオークスが相次いで部屋を出た。


 ベッドの上に目をとめると、黒い刀身の剣が残されていた。

 


 オークスが階段を降りてゆくと、逆に登ってくる気配を察知した。

 片手でキムを制すと歩みを止め息をつめた。


 オークスが使い勝手の良い剣――ジュワユーズを構えた。

 いつも使っている“見えざる剣”は部屋に置いてきた。

 毒島君ならば、うまく使うだろうとオークスは見込んでいた。


 “見えざる剣”というネーミングの由来は、その剣の薄さにあった。

 黒く細い刀身は、横から見ると長めの片手剣なのだが、厚さがゼロなのだ。

 どんな剣にも厚さがある――それが物質で作られている限りは。


 だが、この剣の刀身は2次元。

 刀身である厚さゼロの次元断層が、空間を引き裂くのだ。

 幅は10センチほどだが、厚みはゼロ。だから角度によっては本当にまったく刀身が見えない。


 超科学力が剣などというアナクロな武器に使われているのが、アンバランスこの上なかった。


 ただし、この剣にも問題があった。

 何でも切れる見えない剣を振り回されては、味方の身が危ない。

 味方と一緒に行動する上では、ジュワユーズの方が何かと便利だった。


 他にも火炎系や雷撃系、麻痺系の武器もあるにはあったが、この宿ごと燃やし尽くしてしまう危険は冒したくはない。


 来た。

 階段を昇ってきたのは、124R6668119――つまりハートマンだった。


 キムたちを発見するやいなや、困った表情を浮かべ両手を広げて訴えた。

 「あんたたちだろ、教会に目をつけられてるのは。テンプルナイツがいまにもここに来るぞ」


 下の方から、何かを壊すベリベリという音が伝わってきた。


 ハートマンが頭を抱えた。

 「俺の宿が壊されちまう。あんたたち早く出て行ってくれ」


 「それはちょっと困ったわね」


 キムが体の後ろに隠すように持った剣に、鬼軍曹は目を止めた。

 「戦争でもおっぱじめる気か。やめてくれ、この宿の改装には大金がかかってる。俺の宝だから、お願いだ」


 キムは首をかしげた。

 「こういうときのためにわざわざ改装したんでしょ? 天井が低いのは、敵が剣を振り上げにくいようにしてるんだって自慢してたじゃない」


 「それはそうだが、俺の人生をかけた作品をあんたらのせいで壊されちゃたまらん」


 キムは困惑して数回まばたきした。

 「作品?」


 鬼軍曹は泣き出す寸前のようなうわずった声を出した。

 「そうだ、ここは俺の城だ。細心の注意を払って難攻不落の宿屋を作り上げたんだからな」


 「なんでわざわざそんなこと……」


 「俺の趣味だからだよ!」


 ガヤガヤと階段を登る声がする。


 「しまった、来やがった」


 うぉぉ、クソッ、などという罵り声が響く。

 躓きの石にひっかかって転んでいるのだ。


 「あああ、やべえ。テンプルナイツを怒らせたくねえんだよ。大人しく降参してくれ。このとおりだ」


 「拝まれてもね……」とキム。


 「こんなに頼んでいるのに断るのか」

 鬼軍曹の声がにわかに険悪な響きを帯びた。


 オークスの剣先がピクリと揺れた。


 鬼軍曹の両肩からダークなオーラが立ち昇りはじめた。

 「じゃあこうするしかねえな」


 彼はすっと後退すると、鬼軍曹は電光石火の早業でしゃがんだ。

 岩のような筋肉の塊が両手の指先を折り目正しく膝先につく。


 そして。


 「この通りです、お願いですから早く出てってください。なんだったら靴先をおナメ致しますから、どうか、どうか……」

 スプライトの足に極太の腕が伸びる。


 「やめてよっ」


 飼い主に叱られたセントバーナード犬のように、鼻をクスンクスンさせてすがりつく鬼軍曹の姿があった。


 「お客様ぁ、お願いだからぁー」


 「軍隊を名誉除隊したって言ってたでしょ? その腕っ節であなたの大事な城を守ってみせなさいよ」


 「ぺーろぺーろ……」


 「無言でナメるのやめなさい!」


 足を振って突き放そうとするが、鬼軍曹は離そうとしない。

 ひと蹴りで建物の屋上まで飛び上がることができる、スプライトの強化された運動能力に耐える。


 「ひぃぃぃ、止めてくだたい、止めてくだたい」


 足にしがみつく巨体を呆れて見下ろすキム。

 「どういう力してんのよ。あなた本当に人間なの?」


 「その通りです、あなた様と比べればスカラベ以下のゴミ虫でございますから。名誉除隊どころか、軍隊に居たことすらないとお考えくださいぃぃ!」


 「嘘。そのガタイと面構えは山賊か百戦錬磨の軍曹以外の何者でもないわよ」


 鬼軍曹は揉み手するかのように、目の上に張り出した眉弓筋を動かした。

 大きな口には、愛想笑いだと思い込もうと努力すればそう見えなくもないものが浮かんでいる。

 仔猫にでもみせようものなら、ひとたまりもなく即死しそうな笑みであった。


 「とんでもございません、実際のところ武器のコレクションと家庭菜園をこよなく愛するナイスミドルでございますぅぅぅ!」


 キムが脱力した。


 「ただのミリオタ」とオークスが要約した。


 オークスがキムの前に出た。

 跪く鬼軍曹――っぽいオタクの横に片膝をつくと、その後頭部に手を回した。

 金色の腕輪がちょうど耳のあたりにくる。


 「え?」

 鬼軍曹はカッと目を見開くと、階段に突っ伏した。


 「なにをしたの?」


 オークスはキムを振り向いた。

 「眠らせた」


 「死んだんじゃないのね。よかった」


 オークスは問いかけるように眉を上げてキムを眺めた。


 「必要ないのに殺したりしない」


 オークスがどこか憮然とした表情をみせた直後、二人とも同時に天井を見上げた。

 上から届いた物音、それはブスジーマの切迫した悲鳴だった。

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