手ブラ
それはそうと、部屋の壁際にはかなりの大荷物が積み上げてあった。
オークスのステイシス・ボックスがなかったらと思うとぞっとする量だ。
「ヴスジーマの装備も買っておいたから。フェアボーテンで入手できる魔力付与防具では最高級よ。着てみて」
生返事をして、それを手にとった。
ずしりと重い。
「これで物理攻撃系の魔法をある程度防げるわ。光魔法対策はメガネで完璧ね。この卵みたいなのは魔力通話器ね。10個組で一つの“バンド”になっていて、それぞれが目に見えない霊力波でつながっているの」
卵の上部を押すと、コクリとラバー感満載の感覚が走った。
サーッとホワイトノイズが卵からもれだした。
「あー、聞こえますか」
キムが卵に口を当てた。
俺も同じようにした。
「聞こえますよどーぞー」
……これ、完全にトランシーバーじゃん。
魔法関係ないじゃん。
キムは「んー」、と伸びをした。
「あー今日は買い物満喫しちゃった。今日一日で〆て1200ダカットも使ったわ。まあでも? このくらいの散財は普通だし? 慣れっこみたいな」
嘘こけ貧乏貴族。
キムがピッと人差し指を立てた。
「いい? ダンジョン攻略で大切なのは、水と食料よ」
「そりゃ、もっともな気がするな」
100層超の大規模ダンジョンを本気で攻略しようとすると、地元のよく慣れた冒険者ギルドから数百人雇い入れ、さらに荷役担当の雇われ人足が1000人は必要とするそうだ。
荷役担当が最前線とダンジョン外の物資集積ポイントの間を往復。
さらにその道々の護衛部隊が数百人。
そりゃ、ダンジョン内に町ができてしまうのも不思議はない。
「このリストにあるのはそろえたんだけど。ねえ、ちょっと聞いてるのオークス?」
「う、ああ」
うわの空のオークス。
キムの目が細くなった。
「あなたまさか……フェアボーテンの攻略なんかどうでもよくなってないわよね?」
「そんなことは――」
「どうだか。ずいぶん女の子っぽくなっちゃて」
「私はもともと女。もう自分を偽らない。毒島君と異性交遊する!」
「異性交遊?」と俺。
なんかものすごく頭悪い文章になってるけど、大丈夫かオークス。
おクスリ止めちゃダメじゃないか。って感じのカクンとした動作でオークスは俺を見据えた。
「そう。こういうふうに」
オークスは滑るような動作で傍らに急接近、おもむろに俺の手を自分の胸におしつけた。
――な、なにをするか!
見下ろすと、ぴったりと体を押し付け、俺をみつめるオークスがいた。
その肩があらわになっている。
曇り一つない肌色の皮膚が眩し――いや、いまはこの言い方は不適切なんだってな。白や黒の人もいるわけだし。
それはそうとオークスさん?
ボディーペインティング消えてるじゃん!
「このっ、離れなさい!」
キムは突如として全裸化したオークスを目撃して、怒りの声をあげた。
おいおい、男同士のときは絡みを期待してたくせに、なんでオークスが女だとだめなんだい、キム?
オークスも疑問に思ったらしい。こう尋ねた。
「なぜ」
「なぜじゃないでしょおっ。くっつくの止めなさい、変態超人」
ガスッ。
いってえ。肩を殴るなキム。
「なんで俺? どう見てもこいつが――」
抗議する俺とキムを交互に見比べて、オークスはひとこと。
「わかった」
そう言うやいなや、密着していた体を離そうとした。
無論、オークスが離れる瞬間を見逃すまいと、眼球がこぼれ落ちかねない勢いでクワッと目を見開いた。
キムが万力のように俺とオークスの背中を押した。
「やっぱり離れるんじゃない!」
「離れるのかくっついてるのか、どっちだよ」
「どっちもダメよ変態」
オークスは恍惚とした表情を浮かべ、肩を震わせた。
「これは……女側が原因でも、なぜか全責任が男に集中する、伝説のレディー免責現象。……すごい」
なに言ってるんですか、あなたも。
というか、「揉ませようとするな!」
「男はみんな狼……」
ちょっとイッちゃった感じの、無限遠に焦点を合わせた目つきで、俺の手を操って胸を揉ませるオークス。
これが世に言う手ブラです。
そんなことされたら――獣が、俺の中の獣がっ。
……解き放たれませんよ。
だって俺、密かに30代だもん。
童貞だけど。
リカバリで人生二周目ともなれば、少しはクレバーになってますって。
彼女いない歴=人生だけど。
キムが息を呑んだ。
「こ、このわたしが見ている前で、どうしてそんなことできるのよ、ブスジーマ!」
いや、勘違いもいい加減にしてくれ。
オークスはまったく感情のこもらない声で次のようなセリフを吐いた。
「クヤシイ、デモカンジチャウ」
このタイミングでそのセリフ?
Sだよ、あんたSだよ。
とりあえずこれだけは言えた。
「……馬鹿だろお前」
女子のセリフとして、とてつもなく特異だぞ。
それともこいつの世界では、そんなマイノリティー受けを狙った表現が一般化してるのか?
「ねえ毒島君」
改まった口調で切り出した。
「はい?」
聞いてねえな、こいつ。
オークスは俺に流し目をくれた。
「キムさんの目が届かないところに行く。それなら文句もないようだし」
「……うん」と俺は超素直にうなずいた。
「やめてぇぇぇ!」
キムが引きとめようとした。
オークスが俺の手をつかまえたまま踵を返し、そのままピタリと足を止めた。
顔からは表情が消え、ただ緊迫感だけが浮かんでいた。
「この音」
以前の怜悧な声音が戻っていた。
耳を澄ませると、押し殺した声と慌しい足音が耳に届いた。
外で騒ぎがまきおこっていた。




