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Grrrr!

 もう、どうしろというのか。


 腰まで届く黒髪を揺らして俺の前を歩く人物は、あらぬ妄想を抱けと命令しているような体つきをした少女だった。


 しかも、少女の着衣は腕輪のみせるホログラムのボディーペインティング。

 考えてみると実際のところ全裸だ。


 靴と靴下は実物を履いているが、それも一種の引き立て役と化すことでエロさ100倍だ。

 だってほら、よくある全裸+ルーズソックスorパンストのエロ画像の破壊力ってすごいじゃん。

 そういうのって、若さを連想させる一種の偶像アイテムなんだろうな。


 って、そんな分析はさておいて。

 クールな表情を浮かべてはいるが、オークスの背中から放たれていた威圧感というか、怜悧な気配が失われていた。

 背丈も俺より若干小さくなっている。

 なによりこの肩幅では……威圧感などまとおうにも……。


 おっと、道を間違ってるし。

 「オークス……さん? 宿こっちだったと思うけど」


 「……ああ」


 振り返ったオークスの頬は、ピクピク震えていた。

 まるで、なにかを必死で堪えているような。大丈夫か?

 どこか浮き足立った歩き方は、まるで憧れの渋谷を初めて訪れた埼玉在住小6女児。


 「嬉しそうだな」


 「ん、そんなことない」


 凛とした雰囲気を維持しようと涙ぐましい努力をみせるも、すぐに内から笑みが押し寄せるらしく、またもや笑顔を浮かべた。


 「ごめんなさい」


 「なにが?」


 「こんなにニヤニヤしちゃって」


 「悪いことないだろ」

 全然悪いことなんかない。俺なんかさっきから心の中でニヤニヤ笑いっぱなしだぜ。


 オークスは自分のお腹に両手を当てた。

 「この感じ、女の子であるという感覚、忘れていた。しかも若い体」


 大きく手を振って、弾むように歩くオークス。

 「ウルザブルン最高。元の世界のトランスジェンドとは比べ物にならない。もう壊れかけの老化コントロールともおさらば」


 壊れかけ年老いた体から、人生で最高の時期の体に戻ったときの気持ちはよくわかる。

 彼も――違う、彼女もきっと、おどり出したい気分なのだろう。


 「毒島君、あなたは命の恩人


 オークスはためらいがちに俺の手に触れた。

 そしてギュムッと体ごと腕にひっついてきた。


 はっきりさせておこう。

 オークスはホロ・ボディペインティングで視覚的に偽装されてはいるが、ぶっちゃけ全裸。


 胸……胸ェ……やばいこれ、胸のドキドキとまらないよっ。


 「And I think to myself, what a wonderful world~♪」

 オークスが、いきなり調子外れなメロディを口ずさみはじめた。

 お次は「Pretty woman I don't believe you, you're not the truth~♪」ときたもんだ。


 「ちょ、オークス? 日本語でおkだけど」


 「Are you lonely just like me? Grrrr!」

 オークスは獣のように鉤爪をつくり、俺にむかってうなった。


 「……Grrrrぢゃねーよ。超ノリノリだな」

 と、冷静を装ってつっこんでみたものの、もうだめだ、冠状動脈が弾け飛ぶ。

 だってかわいいんだもん。

 いつもクールな女の子にだよ、自分にだけ本当の姿をさらけ出されたらどうするよ君。


 「どうしたの」

 オークスが上目遣いに俺を見上げていた。

 小悪魔的な微笑を浮かべて。


 ――い、いかん。目の奥が痛い。


 そうか、眼福な光景を俺のようなキモ男が2秒以上直視すると眼底出血するぞ、という体からの警告か。

 気をつけよう。

 放っておいたらミュージカルでもはじめそうなオークスから、視線をそらせた。


 おや、そういえばオークスのくせにちゃんと語尾が上がってたぞ。


 「珍しいな、いま語尾がちゃんと疑問形になってなかったか。もう一回言ってみなよ」


 オークスはすっと体を離した。

 「拒否する。日本語でうわついた喋り方をするなど、私のプライドが許さない」


 英語ならいいのかよ。

 まあ、わからんでもないけど。

 「そっか残念。まあゆっくりリハビリしなよ。あ、でもあと一回だけ『Grrrr!』ってやってもらえる?」


 「嫌」


 Grrrr=うにゃーん。

 かわいかったのに。

 まあ、オークスもはしゃぎたい気持ちよりも気恥ずかしさが勝っているのだろう。


 「毒島君」


 「ん?」


 「いま、実年齢70歳のハル婆さんのくせにウニャーンじゃねえ。ばっかじゃねーの。と思っただろう」


 「なんだべかその被害妄想。思ってないけど」

 気にしすぎだよ。

 もう見た目はキャッピキャピのティーンなんだから気にすんな。


 「というか俺も実際アラサーだからな。ウルザブルンで若返ったけど」


 「アラサーとは」


 「ああ、30代って意味だよ」


 「そうか……毒島君もウルザブルンを」


 俺は肩をすくめた。

 「ああ使ったよ」


 「君はいったいどうしてダンジョンの裏方のことを知ったの」

 屋台の呼び込みをほとんど無意識的に手で払いながら、オークスが質問した。


 「俺が元の世界から飛ばされたのがあの場所だった。プレートも偶然手に入れたんだ」


 不思議なことに、オークスはプレートに触れてもユニバーサル・インターフェースにアクセスできなかった。

 腕輪のアッシー君にスキャンさせても、プレートについてほとんどわかることはなかった。


 「『分析』という機能はおもしろい。敵の能力がわかるのは大きな利点だ。私は冒険者で無法騎士か。なるほど」


 俺はプレートを掲げてみせた。

 「こいつはスカウターみたいなもんだな」


 「スカウター」とオークスが繰り返す。


 ドラ○ンボール知らないのか。

 そりゃそうか、22世紀の人だもんなー。

 2世紀前に流行した文物を知ってるはずないか。


 「別になんでもない」


 考えてみると、オークスの腕輪はウェアラブル端末という意味ではスカウターに近い。

 俺の元の世界でも、ノートパソコン・PDA端末 → スマホ・タブレット端末 → ウェアラブル端末、というような進化の道筋をたどっていた。

 その未来形が、オークスの腕輪のように知能を持った端末だ。


 それにしても、日本が誇るマンガ文化は次の世紀ではどうなってんのかね。

 あとで聞いてみよう。


 「毒島君の『分析』結果は」


 「俺の? 超貧弱だったけど。能力『ひきこもり』だったし。能力ちがうじゃん。欠点じゃん」


 オークスはクスリと控え目に笑ってくれた。

 それだけでとても嬉しかった。


 「あと『升』とか。意味不明だよな」


 「升……もしかして」


 「わかるの?」


 オークスがうなずくと、前髪が揺れた。


 ――かわええなあ。

 キムにオークスにエリスだろ。

 髪の色のバリエーションも異なるし、性格も類型的なのが3セットそろった。

 こりゃいよいよハーレム化してきたんじゃね?

 ぐふふ。


 おっと、話に集中、集中。


 「たぶん、それはチート」


 「チート? そうか!」


 升=チートか。

 見たことある。どうして今まで気づかなかったのか不思議なくらいだ


 俺の持ってる能力――プレートのユニバーサル・インターフェースにアクセスする能力か?

 いや、プレートだけじゃないよな。

 ダンジョンの機能にアクセスする能力、きっとこれだ。


 神だか謎の存在だかが、授けてくれた能力。

 誰も持っていない能力が備わっているというのは、良い気分だった。


 オークスは空を見上げ、危なっかしく歩いていた。

 「ふんー、All the colors, all the colors, they dress up the countryside in springtime~♪」

 鼻歌を歌いながら。


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