買い物
多くのギルド員が行き交うフェアボーテン・ダンジョンのゲート。
よく見る者がいれば、奇妙な空気の歪みがスススと通路を過ぎるのを確認できただろう。
歪みは迷うことなくダンジョンの入口をくぐって内部に侵入した。
わかってはいたけど、格好よくステイシス・ボックスから出てくるの無理。
猫でもない限り、眩暈と落下感覚に同時に襲われたらぶざまな結果になるのは仕方ないです。
しりもちをついた俺の視野にオークスの足がフレームインした。
「ここでいい」
以前より抑揚がでてきたとはいえ、オークスの喋り方が疑問文だか肯定文だかわかりにくいのは同じだった。
「ん、ああ、ここで合ってる」
薄暗い石壁の通路。
フェアボーテン・ダンジョンのある一角だった。
とても信じられないが、一昨日もここに来ている。
間違いなく1ヶ月は経っている気がするが、恐るべきことに本当に一昨日のことなのだ。
まったりとしたダンジョン寄生生活が恋しくなる忙しさだ。
ところでキムは別行動をとり、宿で留守番している。
俺とオークスが外出している間に、フェアボーテンの攻略に必要な装備を整えるのだという。
装備購入資金に関して問題はなかった。
ちなみに俺が払ったのではない。
オークスがステイシス・ボックスから無造作にざっくりとダカット金貨を取り出してみせたのだ。
物価が安いこの世界なら、つつましく生活すれば一生もつ金額だった。
ダンジョンに戻ってきた理由は言うまでもない。
リカバリーユニットでオークスの願いを叶えるためだ。
壁に顔を寄せると、オークスが気を利かせて体を発光させた。
「こんなこともできるんだ」
驚いた俺に、オークスがこたえる。
「動力源は生体電気。あまりもたない」
「じゃあ早く探さないと」
わたしの記憶が確かならばー……。
あった。
ココ↓
プレートに思考で命令した。
壁がふっと消え、頬を風がなでる。
「これが、裏方……本当にあった」
「驚いた? 君も知らなかったんだな」
うなずくオークス。
「ダンジョンの壁は破ることができないはず。表面の石は破壊できるが――芯の黒い素材は傷一つつかない」
そうなのか?
「何度か貫通を試みた。緋の山のシードですらできなかった」
建設者がつくった、破壊不可能な壁。
俺はその知識を心に留めた。
◆
ダンジョン最下層まで攻略するとすれば、その行程は1ヶ月に及ぶこともある。
攻略の進んだダンジョンの場合、比較的安全が確保された階層に小さな要塞を築き、物資補給や休憩の拠点としているケースもある。
フェアボーテンは歴代のユニティ家の意向もあって、ダンジョンの商業利用には消極的だった。
そのため、フェアボーテン・ダンジョン内部には城砦や集落がない。
だがこの数十年でユニティ家もかつての力を失い、ダンジョンの管理権限はギルドが握るようになっている。
その結果、フェアボーテンの上層は観光気分の冒険者にも解放された。
フェアボーテンは一般的な平地埋没型ダンジョンで、モンスター種別もごく普通の系統ばかりだ。
だが攻略階数は教会の支援を受けた駆除パーティーによる第21層が最深記録だった。
平地埋没型のダンジョンは得られるミステリーボックスのお宝も平凡なものが多い。
その割にモンスターの数が多く攻略側のダメージもかさむ。
そのうえユニティ家の伝統で攻略の歴史も浅い。
それらの条件が重なった結果、わずか21層しか攻略されていないのだった。
おそらくフェアボーテンの総階層数は100層を超えるだろう。
それをまともに攻略しようとすれば、大量の資材と千人規模の冒険者ギルド員の支援が必要だろう。
必要な金は天文学的だ。
いまのユニティ家にそんな大金はなかったし、時間をかける気などはじめからなかった。
金も時間もかけずにダンジョンを攻略する。
普通なら無理だ。
だがキムには最強手札のオークスがいる。
味方にすれば心強いことこの上ない。
ダンジョン潰しのオークスは、どうやってか知らないけど超短時間でダンジョンを攻略してのける。
フェアボーテンを何日で攻略できるかオークスに確認した。
回答、なんと2日。
オールマイティーに四大魔法を使えるオークスだからこそか。
対モンスター戦闘では、通常足手まとい要員でしかないキー1名を加えた総勢2名で攻略して2日。
普通なら到底信じられない数字だ。
キムはそこらのキーと違い武闘派だ。
伝家の宝物スプライトを駆れる分、攻略はもっと楽なはずだった。
「ええと、同化テントは必要ないのよね……」
買い物リストを眺めてキムはつぶやいた。
同化テントとは、対モンスター・ステルス機能を備えたマジックアイテム。
普通のパーティーなら同化テントは必須のはずだが、オークスは必要ないと断言した。
「まあ、オークスがそう言うなら必要ないんだろうけど」
どこにでもいる上層平民の町娘の格好で、キムはショッピングしていた。
誰が見ようが、あらかた貴族に仕えるメイドの買出しだと思い込んで、記憶に残らないだろう。
ある店先から次に移動すると、ポーターギルドの屈強な男たちがキムのあとをぞろぞろとついてくる。
ポーターたちが買い物客のあとをついて歩く光景は当たり前過ぎて、やはり誰の目にも止まらなかった。
大量に買い物を続けるキムの周りでは、新しくやってきたポーターと既に荷物を背負ったポーターたちが、価格競争を繰り広げていた。
ポーターギルドの荷役仲買人が大声で労働力の競売をする。
この競売が普通の競売と違うのは、安さを競っている点だ。
競り勝てば、競争者よりもより安い賃金で荷物を運ぶ権利を得る。
こういった競走がキムを煩わせることはない。仲買人が勝手に競走を煽ってくれるからだ。
仲買人に支払う仲介手数料と、仕事を手放したポーターに支払う引継ぎ手数料がかかるが、それでもキムが支払いを約束した荷運び料金が上回っている間は入札が相次いだ。
この仕事がどんなに金に困ったポーターにとってもぜんぜん魅力がなくなるまで、このデフレプロセスは続くのだ。
競り勝ったポーターの体に、仲買人は自分の仲買ギルド会員番号と受付番号を記す。
ちなみに記すのに使われる道具は、文房具ギルドが召喚する驚異のマジックアイテム、“油性マジック”だ。
キムが買った荷物が次から次へと異なるポーターの頭上に渡る。
知らない者がその光景を目にしたとしても、上半身裸の屈強な男どもがくるくると輪になって荷物を受け渡しあっているようにしか見えないだろう。
よく紛失しないものだ。
ゴワゴワの伸び散らかった髪に魚の背骨や枯れ草が絡まった男女が、口を半開きにしてポーターたちの競走を眺めていた。
棄民たちだ。
どの顔に浮かんだ表情も、もれなく精神的なところが欠けているために、みな同じ顔にしか見えない。
彼らに何世代にもわたって背中を預けられてきたために、建物の壁は浅く窪んでいる。
まるで建物の設計にはじめから考慮されたガーゴイル像のように、風景に溶け込んだ人間たちだ。
一人の棄民は自分の上に影が落ちたのに気がついた。
首を動かさずに目だけで見上げると、いかにも犯罪者御用達といった風情のフードつき外套の人物が通りの向こうをうかがっていた。
その人物は鋭い眼つきでポーターたちを――キムを追っていた。
「なんだこいつ。オラには関係ねえな」
棄民が言葉にもならない思考を巡らせ、それっきり怪しい人物への関心を失った。
そして、体育座りした自分の足の間をさまよう蟻に、視線を戻した。




