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枕投げ?

 ぼふ。


 顔に何か当たった。

 枕だった。


 お、おお、これはもしや枕投げか。

 修学旅行! 修学旅行! 修学旅行!

 何を学んで修めてるのか知らんが、修学旅行!

 女子の部屋に男子が忍びこんでするおしゃべりの楽しさ。

 クラスメートの浴衣やパジャマ姿の新鮮さ。

 青春よのう。


 リアル中高生の頃の修学旅行ではみそっかすばかりの班に放り込まれて、その中ですら差別されてきたアタクシ毒島正男にも、アラサーになってついに本当の修学旅行が到来しましたよ。

 すごい、夢がいっぱいだ。


 まあそれはおいといて。

 なんで枕投げた、キム?

 

 ――違った。


 枕を投げた動作のまま、ハァハァとはっきり聞こえるほど荒い息遣いで肩を上下させているのは、オークスだった。

 どうした、過呼吸か?


 オークスはベッドを手でバシバシと叩きながら言った。

 「そうだ、私が間違ってた。ずっとずっと、女の子に戻りたいと願って、願い続けて――元の世界で性別をとっかえひっかえしていた人たちよりも、私の方が肉体の枠に囚われていた。恋愛は精神同士でするものだというのに……」


 「う、うん。そうだね」

 というか、ずいぶん口数増えたねオークス。


 まるで肩にくいこむ超重量級の荷物から解放された奴隷のように、オークスの顔に晴れ晴れとした表情が兆していた。

 オークスの変化を目にしてはじめて、「あれ、なんか妙な空気だな……」と察した。

 察しが悪いと言われても仕方ない。


 彼はベッド越しに素早く手を伸ばした。

 反射的に逃げようとするも、既に腕をつかまれていた。 


 俺をみつめてオークスは告白した。

 「君だ」


 「……は?」


 はて、なんのことだ?

 君というのは、密かに拾ったキムの髪の毛を数本財布に忍ばせているヤツのことか?

 それなら確かに俺だが。

 どうしてわかった?

 なぜばれた?


 「いまなら言えます。私と――」

 首をひねる俺をそのキラキラした瞳に映し、オークスは言い募った。

 「私とつきあってください」


 キターッ……って、お前は男だろうが。

 いくら女にモテないとはいえ、そこまで落ちぶれてはいないぞ。


 ――いや、でも。


 オークスの男にしては白い肌と、無駄毛など皆無の手足、そして中性的な顔を眺めた。


 ――男同士でもやれること、あるよな……。


 はっ。俺はなんてことを考えているんだ。


 誘惑を振り払い、断りを入れた。

 「いや、それは勘弁してくれ」


 唐突にデレ期に突入したオークスは手強かった。

 「ん」と唇をつきだして目をつぶる。

 ――いや、「ん」と促されましてもね、あなた。


 唐突なことの成り行きに言葉もなかったキムだったが、とりあえずフリーズ状態からステータス回復したらしい。

 「やだ……」

 とか口元を隠しつつも、興味津々たる面持ちで先行きを見守っていた。


 なんだよこれ。異世界まで来ておいてなぜに男同志でこんなことせにゃならんのか。

 心は女、体は男。人呼んで変幻のオークス。


 「ごめん、なんかごめん、体が男なら俺の守備範囲外なんだよ」


 半泣きで拒絶するも、オークスは諦めない。

 腕輪に視線を走らせると、次の瞬間にはオークスの胸にスイカ大の哺乳類の証が現れた。

 この感嘆すべき大きさ、我ら哺乳類の鑑といえよう――って、違う。

 オークスの呼吸に合わせてたゆたゆと揺れてはいるが、どう見ても光学迷彩ですホログラムです。本当にありがとうございました。


 「いや、そういう問題じゃないから」


 オークスのはにかむ笑顔に悲嘆の色が混じった。


 ――う。なんか罪悪感。


 「正男君……さっき変態でもいいって……」


 正男って言うな。

 せめてカタカナ表記でマサオにしてくれ。


 「了解した。では毒島君」


 「どうも。他人の価値観に合わせる必要はないけど、他人にも自分の意見を押し付けちゃだめだよ。それをやっちゃうとダブルスタンダードだから。ね」


 「やはり……男では不満」

 真顔でオークスが訊く。


 「いや、そういうわけでは……でも、その心の準備というか……」


 オークスには、そんな歯切れの悪い言い訳だけで十分だったようだ。


 「わかった」

 決意のこもった硬い声で、オークスは続けて言った。

 「この命が尽きるまで探し続ける」


 「うーん、その言い方だと、元の世界に帰してくれるシードの発見を半ば諦めてる印象を受けるけど」


 オークスは軽く首を振る。

 「諦めてない。可能性は低いがゼロではないから」


 やっぱり、そんなシードを生きているうちに見つけられる可能性はほとんどないと考えているようだ。


 「それより、ありがとう」


 「え、ありがとうって?」


 オークスは悲壮に微笑んだ。

 「実はそろそろ面倒になってきていた。再び生きる目標をくれて、ありがとう。これで、がんばれる」


 「……」


 健気過ぎるだろオークス。

 ああ、これで女の子だったらどれだけこいつのこと好きになっていただろう。 


 俺は精神的な愛だけで満足できるような聖人ではない。

 正確を期せば、俺の口の端に載せられた聖人の方が「汚らわしい!」と迷惑に思うほど、聖人からはほど遠い。

 それでも、肉体を超越した恋愛の雰囲気というか、気分のようなものが、ごくうっすらと理解できた。


 ……この俺にそのような超越した体験をもたらしてくれるとは……オークス恐るべし。

 そして、タイムリーにオークスの抱える問題を全解決できる術を知っている俺スゲー。


 狭き門より入れ、ということわざもあるけどさ……俺は思う。

 狭いなら強引に拡張しちゃえばいいじゃない。

 そうだよね、マリー?


 オークスの手の甲にてのひらをジェントルに載せ、耳元でささやいた。

 「……」


 顔色が変わる瞬間を目撃した。

 ただし、良い方に。


 オークスは俺の顔をまじまじと見つめた。

 1等前後賞5億円の当選者なら浮かべるかもしれないな、というような驚愕と不信の入り混じった歓喜の表情だった。


 オークスは辛うじてこれだけ言った。

 「行く」


 キムは拍子抜けしたように俺たちを交互に見比べた。

 「どうしたのよ。絡みはまだ?」


 なにを期待してんだよお前……。

 俺たちの全裸には戸惑ってたくせに、ファンタジーホール抜き挿しには抵抗がない腐女子様ですか?


 気がつかないうちに、俺は世に言うジト目をしていたらしい。


 キムは「なによその目は。変態下僕のくせに!」と、きまり悪そうに言った。


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