変と変を集めて
もう夜も更けていた。
いまや敵から同盟者に転じたオークスは、ベッドの上で小さくあくびをかいた。
さりげなく口元を手で隠すあたりが、本来のオークスがどういう性格を隠しているのかを暗示している。
緊張の糸が切れたのか、それとも告白して疲れたのか、眠そうだ。
午前中に矛を交えた相手と同じ部屋でも緊張を解けるオークスに、キムは「さすがは変幻のオークスね」と感服した様子だった。
キムも十分にリラックスしている気もしたが。
その後、スプライトから“射出”されたキムは、部屋に残されていたエリスの服を着た。
小一時間ばかり仮眠をとったオークスを交えて全員がベッドの上で枕を抱え、何も手につかない就寝前のエアスポット的な時間が生じた。
つまり恋愛談義をはじめる準備が整ったわけだ。
俺の気のせいかもしれないが……いつの間にか、修学旅行の夜っぽい状態になっていた。
俺はオークスに話を振った。
「なあ、元の世界に帰らないと、どうなるんだ?」
不老不死のサポートが終了したとしても、普通に齢をとるようになるだけなのでは?
と思ったからだ。
だが、どうやらそう都合よくはいかないらしい。
「いちど加齢に手を加えたら途中で止められない。止めると――」
オークスは口ごもった。
それは言いにくいからではなく、知らないからだった。
「不死が実現したのは1世代前から。元の世界からここに来た時点では、まだサポート期限を迎えたユーザーはいなかった。おそらくいきなり死ぬことはないと思う」
と、まるで自分が死ぬことなど二義的な問題に過ぎないかのように、淡々と語った。
言葉につまったのは、むしろ他のところだった。
「死ぬ前に元の世界で本来の体に戻って……できるなら、その」
オークスは俺からキムに視線を移した。そしてまた俺へ。
唇を噛み、それから蚊の鳴くような声を押し出した。
「……い、異性恋愛をしてから死にたい。それだけ」
まさか、半世紀にわたってダンジョンを攻略し続けた理由はそこか。
そんなたわいもない理由で?
膝の上でぎゅっとこぶしを握ったオークスは、(現時点で体は男でも)抱きしめてしまいたいほどのいじましさだ。
抱いてもいい……とすら思えてくる。
――男同士だけど。
あれ、俺って無自覚な全性愛者だったりするのか?
まさか。
「変態だと笑え――って言うけど、あなたは別に変態じゃないわよ」
キムの言葉にオークスは首を振る。
「異性愛が普通の世界で生まれ育ったから、そう思うだけ」
きっぱり断言されてキムが一瞬、言いよどむ。
しかしすぐに、オークスを上回る気迫を再充填して反論した。
「簡単に自分を変態だなんて思わないで。どうせ本物の変態を見たこともないんでしょ」
オークスは黙ったままキムを見つめた。
「――本物の変態はね、全裸で巨大キノコを頭上に戴いて人前を練り歩いたりするのよ」
おっと。完全に俺じゃんそれ。俺を念頭に置いての発言じゃん。
オークスは眉をひそめた。
「そんなものがいるはずない。冗談はやめてほしい」
「いいえ、間違いなく現実にあったことだけど。誰とはいわないけど」
あれー。オークスがからかわれてると即座に判断しちゃうくらい、俺の格好ってあり得ざるレベルのものでしたか?
というか、俺を変態性の尺度に使うな。
謝罪と賠償を要求するぞ。
謝れキム!
あら、とキムは口元を押さえた。
「ごめんなさい、さすがにここまで言っちゃ悪かったわね。変態は言い過ぎたかも」
ごめんなさい! このタイミングで謝らないでくださいお願いします!
って、ああ、オークスが疑惑の目でこっち見てるよ。
とりあえずしらばっくれるしかない。
「なんのことですかな?」
オークスが俺をまじまじとみつめた。
「君のことだったの」
「いや、その……」
ばれてるよ完全に。
キムが微妙にフォローになっていないフォローを続けた。
「全裸キノコ程度では変態ではないのかも。きっと本当の変態というものは想像を絶するようなものだと思う。人の想像力を超えてはじめて、ホンモノじゃないかしら」
とうとうやってくれたなキム!
さりげなく俺にダメージ食らわせやがって。
しかも俺の十八番の説教タイムを横取りしてるし。
キィィィ、くやしい!
「人の想像力を超えてはじめて、ホンモノ」だなんて、なんかカッコイイじゃない。
ハンカチが手元にあれば、とりあえず歯も折れんばかりに引っ張りたいくらいザマスよ。
あ、とろこで有閑夫人のステレオタイプでよくある「ざあます言葉」ってやつは、江戸時代の吉原で遊女が使ってた言葉だから。
ごめんね、スネ夫のママ。これからも気にしないで使ってね。
「人の想像力を超えた」とオークスが繰り返した。
「そうよ。もう光景を想像することもできないようなこと。そうね、極端な例だけど、人がモンスターに興味を持って、その――交尾したりとか。なによヴスジーマ」
「……いや、なんでもないです」
キムはなぜか、少し得意げな様子だ。
「フフン、さしもの上級変態魔人ヴスジーマといえど驚いたようね。想像を絶した極端な例だって前もって断ったでしょ?」
「ああ、うん」と俺はあいまいにうなずいた。
「こんな下品な例え、フェアボーテンの貴族のお嬢様がたが聞いたら卒倒するわね」と、キムは含み笑いをもらした。
「ははは、そうか」
俺は乾いた笑いで追従した。
違う違う、そうじゃ、そうじゃない。
あれは断じて交尾じゃない。
ぐおお、キムめ。俺の十八番を奪うばかりか、いますぐ記憶からえぐり取りたい黒歴史をネタに追加ダメージまで負わせてくるとは。
こいつ、俺の記憶を透視するシードでも持ってるのか?
まさかな。
俺はぐっと拳に力を加えて心理ダメージを克服した。
17歳の小娘に屁理屈で負けてたまるか。
キム理論を上回る毒島理論でオークスを説得してやる。
多少の捏造がコンタミしたとしても、キムが俺を本気にさせたせいだからな。俺のせいじゃないぞ。
ぶっちゃけ口惜しかっただけなのだが、これからやろうとしていることを自分の中で勝手に自己正当化してからオークスに挑んだ。
「こだわりを持ったっていいじゃないか」
とりあえず“変態”は表現的に強すぎるから、“こだわり”と言い換えてみました。
「こだわりのない人間なんてこの世にいないよ。むしろ、それなしじゃ生きていけないと思う」
こだわりがなければ歯車でできた機械と同じ。
こだわりは一見無駄かもしれないが、究極的には無駄こそが文化、無駄こそが生きる意味だ。
そして無駄がなければ、生きていても楽しくない。
無駄を省くことに血道をあげた先にあるのは、虚無だけだ。だって、人間が生きていること自体が無駄なんだから。
無駄をどう受け止めるかが、人生の意味を決めるのだと思う。
「誰にでも優しい人間は誰にも優しくない」という。
誰にでも優しいやつは、周囲との摩擦を避けて、自分だけぬくぬくしていたいだけの人間だ。
大切なものに対する“特別”が、“その他大勢”と大切なものを分ける。
特別があるから他を差別する。
特別へのこだわりがあるから、もっともっと生きたいと願う。
逆に言うと、そういった盲目的なこだわりなしじゃ、生きていけないんだよ。
「オークス、君は自分の命が尽きても構わないと思ってるつもりかもしれないけど――間違ってるよ。異性恋愛をしてから死にたいってのは、そのこだわりのために生きたいってのと同じことだ。つまり君は生きたいんだよ」
オークスの目がわずかに大きく見開かれた。
「この世の全ては相対的。そうでしょ。誰かにとっての普通は誰かの変だよ。だから変態でもいいじゃねーか。変態万歳。ビバ変態。変になれば楽しくなるんだよ。変と変を集めてもっと変にしましょうよ!」
と、どこかの80年代アニメのEDっぽいことを言い放ってみた。
キムをチラ見すると、俺の屁理屈にうなずく仕草をしていたので嬉しくなった。
へへーんだ、俺の勝利だな。
この屁理屈マスターに挑もうとするなど、10年早いぞキム。
まあ、とりあえずセルフ勝利認定したとはいえ、我ながら実に痛いオッサンだとは思うよ。
無駄こそが人生だ! なんてクドクド話しかけてくる上司がいたら絶対避けたいもん。
激ウザだよどう考えても。
でも、俺が語ったことはたぶん真実。
知ってるでしょ?
人は自己満足でしか幸福を感じられないって。
ぼふ。
顔に何か当たった。
枕だった。




