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ケージ

 スカウター……じゃなかったプレートがみせてくれる『分析』の値が変わった。

 オークスのそれが変化している。

 

 『冒険者/無法騎士

  攻撃力 1000

  防御力 11k

  能力 発展型敏捷性 発展型武術 攻撃力低下 防御力向上

  0ダカット』 

 

 防御力が下がった?

 しかし11って……。

 もしかして、11のあとについた「k」って……接頭辞の「キロ」?

 だとすると防御力1万1000ってことになるけど。


 防御力の高さはすぐに証明された。

 キムが放ったレーザーがオークスの前でかき消えたからだ。

 足首まで伸びた草に悠然と立つオークス。手前で赤い光は断ち切ったように消滅し、代わりに彼の周囲が赤く輝いた。


 「まぶしっ」

 輝きはあまりにも強く、瞬きする前に俺の網膜に残像を刻み付けた。

 何度かまばたきしても、強烈な光の痕が視野に焼きついていた。


 ――なんだったんだ、今の。


 ちらちらとまとわりつく残像がゆっくりと消えてゆく。

 偶然オークスの近くに居た聖兵たちは顔を抑えて地面にうずくまっていた。キムの父親も腕で目をかばっている。


 『拡大』


 求めに応じてオークスの姿がクローズアップされる。

 彼は何十年前の流行だよ、と思わずつっこみたくなるような、ダッサダサの黒縁メガネをかけていた。むしろ流行が一周して流行の最先端に返り咲きそうな勢いだ。


 中指でメガネの座りを直すと、オークスは何もない空間から変なものを取り出した。

 見た目は釣竿だ。

 竿の先から垂れたイチジク浣腸みたいな形をした赤と黒ストライプの物体は――玉浮き?


 あれもどこかのダンジョンでゲットしたシードなのか――それとも単につり道具なのか?


 オークスはやおら竿を振りかぶると、ビュンッと横からスロウした。

 手馴れた竿さばきだ。

 クンッと手首のスナップを効かせる。


 なぜか彼に立ち向かいつつあった男たちが、一斉に転んだ。

 いや、転んだというか、腰と胴体がセパレートしていた。

 力を失った足腰に支えられていた上半身が、ゴロゴロと地面に転がった。


 あーあ。

 酷いねこりゃ。


 あ。

 そういえばキムは!?

 スプライトの姿を探す。

 いた。

 最後に見たときよりも、オークスと距離をとって身構えている。


 あの釣竿が危険だと、一瞬で見破ったというのか。グッジョブだキム! もうお前に教えることは何もない。免許皆伝じゃ!

 何一つ教えたことないけどな!


 そのときオライオンに動きがあった。

 一本の銀色の棒。それがガシャコンと伸び、細い腕が生えて蜘蛛のような形に姿を変えた。

 キムは頭上の異変に気づいていない。


 「キム!」

 窓から身を乗り出して叫んだ。

 全然聞こえてないし!


 オライオンがそっと向きを変え、銀色の物体をキムたちに向けた。


 そんな危険地帯に飛び込んでいく一団があった。

 キムの父親に率いられたユニティ家の私兵たちだ。

 「キンバリィィィー! 私のかわいいかわいいキンバリーに触れるではない!!」

 その渋い声の主はキムパパだ。


 今のでわかった。

 親ばかだな、完全に。

 スプライトの中で、キムはどんな顔をしているんだろう。

 なんとなく想像できた。


 オライオンはというと、謎の物体の柄の所をいじって、首を傾げていた。

 ゆすぶったり叩いたりしている様子は、機械は叩けば治ると思い込んでいる機械音痴の行動そのものだ。

 謎の物体をぶんぶん振り回すと、切断された片手から再び勢いよく黒い液体が漏れた。


 なにやってんだあいつ。


 次の瞬間。

 人間の感覚では、捉えることも刻むこともできない速さで、銀色の蜘蛛から脚が伸び地面に刺さった。

 そして銀色の輝く半球が出現し――球体は急速に萎んで銀の円盤となって残った。


 異変を察知したオークスとキムは難を逃れたが、領主は別だった。

 全力疾走の姿勢のまま、クロームメッキの彫像と化している。

 数人の私兵もまきぞえに。


 キムが駆け寄って父親の彫像に触れた。

 人間の形をした鏡に、オライオンの姿が歪んで映った。


 「キム、危ない!」

 声など届かないとわかっていても、叫ばずにはいられなかった。

 

 キムの背後に立ったオライオンが振動斧を振り下ろした。

 斧はチェスの駒のように地面に立つ彫像にぶち当たった。

 ビイン、と猛烈な振動で空気が震えた。


 彫像に弾き返された斧がスプライトをかすめ、後ろに吹き飛ばれた。


 斧自体もオライオンの手からすっぽ抜け、草地に深々と突き刺さる。


 戦艦の装甲でもへしゃげそうな勢いで斧を叩きつけられたにも関わらず、彫像には変化がなかった。


 斧を拾おうと、かがむオライオン。

 片膝を地につき、手を伸ばした状態から、いきなり頭部がスライドして落下した。


 地面にめりこんだ頭部のかたわらに、すちゃ、と格好よくオークスが降り立った。

 オークスが釣竿チックなワイヤーで首をはねたのだ。

 


 ユニティ家の庭は激しい戦闘ですっかり耕されたようになっていた。

 こわごわと固まって屋敷の中から様子を見ていた使用人たちを押しのけ、俺は庭に飛び出した。


 決して戦いが一段落したと見て取ってからノコノコ出てきたわけではない。

 断じて違う。

 広く戦場を俯瞰する広い視野というものが、いつの時代でも必要なのです。


 ごめんなさい嘘です。

 だってこわいじゃん?

 殴り合いの喧嘩もしたことないのに、剣を持って戦うなんて無理無理。

 他人が怪我するのを見ただけで卒倒すると思うよ絶対。


 あちこちに淀む血溜まりを避け、切断された手足や臓物をまたぎ、ようやくキムのもとにたどり着いた。


 彼女は父親に呼びかけていた。

 「お父様、お父様っ」

 銀色の円盤から生えた彫像をゆさぶるキム。


 「なによこれ、こんなものっ」

 逆上したキムがレーザーの砲口を父親の彫像に向けて――躊躇したあげく、他の彫像に向けた。


 俺は制止しようと手を伸ばした。

 「それはやめた方が――」


 口を開けて走る男の彫像に、真紅のレーザーが直撃した。

 彫像の胸元に、ポツンと小さな赤い点が輝いていた。


 変化がない。


 キムは照射をやめた。

 「?」

 もう一度、さらに強烈な照射を行う。

 彫像に手ごたえはない。


 だが。

 俺は市街地に目を向けて驚愕した。


 「ねえキム。キムってば」


 キムはようやく俺に注意を向けた。

 「なによ」


 「あれ……」

 レーザー光は彫像で反射し、市街地をひと撫でしたらしい。火の手があがっていた。


 キムはレーザー照射をやめた。

 「……わたしのせい?」


 「うーむ。うん、きっとテンプルナイツの仕業じゃないか」


 「そうね……ええ、きっとそうよ!」


 本当にひどい連中だ、テンプルナイツという輩は。実にひどい。

 そのテンプルナイツたちは、仲間の死骸を放置してユニティ家の敷地から逃げていく。


 シグリクも敗北を悟ったらしい。

 オライオンのコクピットからシグリクが這い出してきた。 

 彼は自分がしでかしたことを目にして、動きを止めた。

 往年の力を失ったとはいえ、領主に危害を加えてしまったのだ。その事実の重さがこたえているのだろう。


 「なんということだ、領主がケージに……オークス、貴様の責任だぞ」

 シグリクはやおらオークスに責任転嫁しはじめた。

 「この悪魔め。次に会ったときこそ貴様の最期だ」


 物言わぬ彫像になってしまったキムの父親たちを残し、騒ぎの張本人たちは去った。


 キムはまだ父親の彫像と格闘している。

 スプライトの拳で叩いても、傷ひとつつかない。


 俺も自分の血の気が引いているのを自覚した。

 これ、呼吸もできなそうだし、もうだめなんじゃ……。


 「死なないでよお」


 半泣きの震え声に、俺の胸も締め付けられた。


 「死なない」

 断言したのはオークスだった。


 キムは彼を睨んだ。

 「あなたのせいでしょ、こんなことになったのは」


 オークスの表情に、悲しみの感情が一瞬だけ過ぎった――ような気がしたが気のせいかもしれない。

 彼は手近な彫像をノックした。

 「やはり振動凍結。あらゆる分子運動が座標に固定されている」と冷静に言った。


 キムの怒りが行き先を失って勢いを削がれた。

 「振動、凍結? それって――」


 オークスが短くこたえた。

 「鎮魂魔法」


 ようやくキムにも理解可能な単語がでてきたらしい。

 「封印されたってことね」

 いくらか安堵の表情をみせた。


 “封印”の言葉には、“生かしたまま”力を封じる、というニュアンスがあると思う。

 封印を解けば再会できる、とキムは解したわけだ。


 俺の考えを見透かしたかのように、オークスは俺にも小さくうなずいてみせた。


 「いずれにせよあなたにも責任があるわ。たくさんシードを持ってるんでしょ。この鎮魂魔法を破れないの?」とキム。


 そうか、オークスならそういう類のシードをどこかのダンジョンで手にしているかもしれない。

 “振動凍結”だと即座に断言したくらいだ。

 何らかの知識はあるはず。


 「持っていない」


 「信じろというの? 出しなさいよ、早く!」


 「今はない」


 「なによ、今は、って。どういうこと?」 


 「ダンジョンを攻略していけば、いつかはこのシードの性質に対応したペアを見つけられる可能性はある」


 「そんな……」


 ダンジョンの攻略はとんでもない難事業だといっていた。

 探すといっても、何年かかることか。

 もうキムの父親の封印を解くことはできないのか。


 「もしくは」と、オークスが言葉を継いだ。


 キムは顔を上げた。


 「既に教会がペアを持っているか」


 「そう……よね!」


 そのとき女の声が響いた。


 「持ってないわよぉー」


 オークスがさっと振り返った。


 その間延びした声はサラウンド効果を帯びて、周りじゅうから発せられたように感じられた。


 ヒュー、シュボンと、掃除機がティッシュを吸い込むような音がすると同時に、次のような物体が現れた。


 まず、それは明らかに人体である。

 足首には赤のリボンが揺れている。

 ガーターベルトで留められた黒タイツ。 

 そして水色のパンティー。

 そんな女の子の下半身が――空中から生えていた。

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