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キムの実家

 「ここにあったのか」

 俺はベッドの下に脱ぎすてられていた、衣服を素早くかき集めた。

 ズボンに足を通そうとして、裾を踏んで転んだのは別にドジっ子演出ではない。

 ところで、例えばキムが転んだなら萌え要素なのに男が転んだら「バーカ」というのは男女差別なのではないか?


 オークスはというと、腕輪を軽く撫でるだけで衣服が出現した――というか、衣服の映像が皮膚の上に現れた、というのが正しい。

 たぶんホログラムだ。


 キムは目を丸くした。

 「すごい。それもダンジョンで手に入れたシードなの?」


 オークスは微妙な間を挟んでこたえた。


 「そう」

 

 たぶん元の世界から持ってきたガジェットだろうが、シードということにしておくのが吉だ。

 俺もオークスの立場ならそうするだろう。だって説明面倒だし。


 寝室の一角に設置された、簡素だが丈夫で長持ちしそうな応接セットに腰を下ろした。

 テーブルに置いたイシキリは、間に合わせの鞘に収まっている。


 うーむ。

 こうやって見ると、キムとオークスはお似合いの美男美女だ。

 オークスなんかはいかにも女ウケしそうな中性的容貌をしている。


 なんか面白くなかった。

 キムがご機嫌でしゃべっているのも面白くない。


 キム、そんなに嬉しそうに喋らなくていいだろ。忘れてないか、そいつイシキリを勝手にもってこうとしたんだぞ。

 そう警告しようとしては、何度もぐっと口をつぐんだ。


 間もなくわかったこと。

 オークスは基本的におしゃべりではない。

 いくらキムが話しかけても、返事は長くて1行だった。

 そんな彼の世慣れない態度に、ほっとしている自分がいた。


 自分の心の動きがどういうものかはわかる。

 信じたくないけど。

 心の中で苦笑した。


 ――俺、オークスに嫉妬しているみたいだな。


 よくいる漫画やアニメの主人公みたいに、徹底的に鈍感なキャラ設定なら、自分の無意識の態度に気づかなかっただろう。 

 でも、俺もう30代だもの。

 もうちょっとで人生折り返し点だもの。マサオ。

 わかるよそりゃ。

 少しはね……。


 おっと、話が核心に近づいてきたぞ。

 俺はキムたちの会話に耳を傾けた。


 「なぜあなたはダンジョンのお宝を集めているの? もう何十も持っているじゃない。そのうえジュワユーズを奪おうとしたのはなぜ?」


 当然の疑問だった。


 「教会に渡さないため」

 その理由はシンプルだった。


 「どうしてよ。ジュワユーズはもともと教会が持っていた聖遺物でしょ」


 「そう。ボクにはそれを教会から持ち出す力がない。でも、教会内部の関係者が持ち出してくれた。だからチャンスを狙っていた」


 教会内部の関係者。

 ルウィンのことか。

 何度かキムとの会話の中で聞いたことがある。 


 沈黙したオークスにキムが文句を言った。

 「教会に渡したくないって……それだけ? 答えになってないわよ」


 「あるものを探している。それを手に入れるまで、ダンジョンを攻略し続ける」


 「そのへんにある武具ギルドのウェポンギヤーが作る武器じゃ、満足できないのね」


 「そう」


 キムの表情が曇った。

 「もしかして、この街にあなたが来たのは――フェアボーテン・ダンジョンを攻略するためじゃないでしょうね」


 「……」


 「このまえ緋の山を攻略して、もううちのに目をつけたの? ふつう、ダンジョン攻略なんて冒険者や攻略グループが一生かけてやっとできるとなのに。フェアボーテン攻略のために何世代もかけている家系の人もいるのよ」


 ダンジョン攻略に全てを賭けている人々が少なからずいるわけだ。

 そういった人たちから見れば、オークスは煙たい相手、というだけじゃ済まないだろう。

 横取り野郎はもっとも忌むべき者に違いない。

 隙あらばオークスを亡き者にしたいと考える連中が、あちこちにいるに違いない。


 オークスは疲れたかのように、フーと息を吐いて椅子に沈みこんだ。

 「わかっている。でももう時間がない」


 「時間が?」


 「そう。だからこの剣は――ボクがもらう」

 

 オークスがきっぱりと言った。

 その瞬間、空気が帯電したかのように緊張をはらんだ。


 キムがゆっくりと言う。


 「わたしにそんなことを言うんだ? どのダンジョンでも、攻略を果たすためには、必ずパーティーにダンジョンマスター、つまりキーの同伴が必要でしょ」


 オークスは真顔で言った。

 「ついてきてもらう」


 「じゃあ噂は本当なのね……あなたはキーをさらって、たった一人でダンジョンを攻略してしまう」


 俺はキムとオークスの顔を見比べた。

 キー? ダンジョンマスター? なんだそりゃ。


 そのとき、窓から悲鳴が飛び込んできた。

 すぐに悲鳴は幾つも重なって、聞く者の心をかき乱す叫喚になった。


 キムが窓辺に駆け寄って苦々しげにはき捨てた。

 「テンプルナイツ!」


 屋敷を囲む緑地――この世界では、個人で緑地を持てるのは金持ちだけだ――の向こうから、黒い軍服に白のタスキをかけた男たちが一列になって近づいていた。


 灰色の街並みの向こうに、巨大な機甲鎧の頭が見え隠れしている。

 空気を震わせる足音が、遠くから重々しく響くいてきた。


 あの足下では、平民たちの屋台とか、あらゆる種類の違法建築物が潰されているだろう。


 「お嬢様!」

 太ったおばちゃんが寝室のドアに現れた。

 「領主様がお呼びです。剣を持ってくるようにと」


 キムがばあやと呼んでいる女性だ。

 俺のことはもう知っている。

 彼女には、俺のことを同じ平民だと紹介したらしいが、どうも嫌われたらしい。俺のことは無視するか、煙たげに鼻に皺をよせて睨むか、どちらかだった。

 

 「わかったわ」

 振り返ると、キムの表情が変わった。

 「剣は? ジュワユーズがない」


 テーブルの上に剣はなかった。

 そして、オークスの姿も消えていた。



 機甲鎧の一歩ごとに、寝室の花瓶がカタカタと鳴る。

 その足音が止んだとき、テンプルナイツの機甲鎧は屋敷の正面に立っていた。

 ツタの絡んだ鉄柵をひとまたぎし、庭園に侵入する。


 テンプルナイツたちは総勢100人くらいだろうか。

 整列した様はかなりの威圧感だった。


 機甲鎧から横柄な声が降ってきた。

 「聖務である。主人はおられるか」


 その声は聞き覚えがあった。


 キムは渋柿をかじったように顔をしかめた。

 「昨日のあいつよ。忘れもしない、テンプルナイツの、ええと……」


 「シグリク」


 「そう、そいつ!」


 「……」


 間もなく、一人の壮年男性がテンプルナイツの前に進み出るのが窓から見えた。


 「お父様……」

  

 あ、やっぱりあの人、キムのお父さんか。

 キムとはおそろしく似ていない男だった。


 シグリクが先に切り出した。

 「先日より行方不明になっていた教会の聖遺物が、ユニティ家の手に渡ったようですな。返却願いましょうか」


 領主が返答する。


 「我が娘がダンジョンより持ち帰った聖遺物のことを、既にご存知とは恐れ入った。これより教会に返納しようとしておった矢先、先手回しさせてしまったようだ。足労を取らせたな」


 さすが領主様、教会相手でも下手に出た言い方はしないようだった。


 「お父様が時間稼ぎしてくれてる」

 キムは両手を広げて室内を見渡した。

 「オークス、お願い出てきて。剣を返してよ。それがないと教会になにをされるかわからないの。オークス!」


 静寂が部屋を満たす。

 耳を澄ませても、物音一つしない。


 「お嬢様、お急ぎください」

 ばあやはスカートを握ってやきもきしていた。

 しかし、誰もいない空間にオークス、オークスと呼びかけるキムに、ばあやは心配そうな視線を投げかけはじめた。


 屋敷の庭における、テンプルナイツとキムの父親のやりとりが次第にとげとげしくなってきていた。


 シグリクは鼻で笑うような音を付け加えた。

 「フン、なるほど。もったいぶるのも教会から褒賞が欲しいからだと考えれば当然ですかな。さすがはこのような僻地に贅沢な敷地をお持ちなだけある。我が教会は質素を旨にしておりますから、下民しか有難がらぬ程度の褒賞しかご用意できませんぞ」


 対するテンプルナイツへの返答も実にスパイシーだ。


 「斜陽とはいえ2000年の星霜を経たユニティ家だ。そなたのようなにわか騎士ごときにまで当家の台所事情に心を配られるとは、我が不徳の致すところ……」


 「我が家名への侮辱はテンプルナイツへの、ひいては教会への侮辱とみなすぞ!」とシグリクが怒鳴ると、テンプルナイツの聖兵たちが一斉に剣の柄に手をかけた。


 俺は窓辺から振り返った。

 「やばいよ、なんかもう一触即発な感じになってる」


 「わかってるわ。あなたもオークスに呼びかけなさいよ!」


 そのとき、テンプルナイツに動きがあった。


 窓辺から見下ろすと、聖兵たちが上を見上げていた。

 俺よりも上、屋根に注目している。


 窓から身を乗り出してみて、ようやく何に騒いでいるのかわかった。

 屋根にいたのは、抜き身の剣を手にしたオークスだった。

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