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ハル・オークス

 見えない何者かは、正体を悟られたことで動揺したのかもしれない。剣がごろりと完全な姿を現した。


 剣の周りをちらちらとノイズが走る。

 まるでデジタル処理が粗くなったかのように。


 「これってひょっとして――光学迷彩?」


 「……」


 おっと?

 いまなにか聞こえた。

 おそらく人間の声。

 絶対、第三者がこの部屋にいる。

 なのに俺全裸。

 隠すものといえばプレートのみ。

 無防備過ぎだ。


 何もアクションを起こせない。

 空気が凍り付いたような時間が流れた。


 最初に動いたのは、透明人間だった。

 「驚かずに聞いて」


 男の声だった。


 その声と重なるように、意味はわからないが聞きなれた外国語が続いた。

 この世界の言語だ。

 とても流暢だがわずかに機械的な響きを帯びていて、声に奥行きが乏しい。そんな印象を受けた。


 俺は直感した。


 ――これは、同時翻訳。


 まさか、透明人間も俺のと同じプレートを持っているのか。

 でも、プレートの翻訳はもっと――。


 「私はハル・オークス。聞いたことは」


 「ハル?」


 「あるいは“変幻のオークス”または“ダンジョン潰しのオークス”とも」


 「知ってる……ハル・オークス、有名なダンジョン攻略者、あるいは教会が追う悪魔憑き」とキム。


 「もしかして有名人?」と俺。


 キムは早口で、「そうよ。この前“緋の山”ダンジョンを潰したのもハル・オークスなのよ。それにダンジョンの宝をたくさん持ってる」


 「お宝? 金持ちなのか」


 「違う、そういう意味じゃないわ。シードを持ってるってことよ、それも幾つもね」


 「なんだよシードって」


 「ああもう! ダンジョンが崩壊するときに開くミステリーボックスからしか手に入らない、レアなお宝のことよ。各ダンジョン固有のね」


 ラスボスを倒すともらえる宝みたいなものか?


 「オークスは世界各地のダンジョンを攻略しては、金目のものには目もくれずにシードだけ集め続けてきたという話よ」


 キムは目を大きく見開き、見えないものの気配を見ようとしていた。


 「シードは一つだけでも価値は数万ダカットにはなるわ。だから金持ちにはちがいないけど……オークスが有名なのは、その活動期間のせいなのよ」

 キムの声が、“敬虔”とでも表現すべき響きを帯びた。

 「少なくとも、過去50年」


 「50年? じゃあもうジイ様じゃん」


 「爺さんではない」

 また、あの声だ。


 「姿を現すけど、逃げないでくれ」


 「あ、ああ」


 中腰で身構える俺の正面に、おぼろに人の姿が浮かび上がった。

 そして空気から切り出されたかのように、ハル・オークスが姿を現した。


 整った顔は表情が乏しい。イケメンには違いないのだが、人を寄せ付けない印象を受けた。

 はたと理由に思い当たった。

 彼の顔は完璧に均整が取れすぎているのだ。それはもう、憎々しいほどに。


 キムが、「うう、なんでまた?」とうめいた。

 驚いたことに、オークスは全裸だった。

 

 ――をい。

 露出症か? 

 女性の前にいきなり全裸で登場するとは。恥を知りなさい。


 彼は不意に近寄ると、俺が反応する間もなく――

 「同胞よ……」

 いきなり抱きついてきた。


 「うおおっ!?」


 俺はハル・オークスの傍若無人ぶりに眉をひそめた。

 なぜに同胞だ。

 あんたと俺に共通項などないぞ。


 ――あるね、共通点。一つだけ。


 …………いや、やんごとなき理由があって裸なのかも。

 むやみに人を非難するのは良くないよね。


 多少批判の舌鋒をトーンダウンさせたところで、気を落ち着けてオークスを観察してみた。

 一糸まとわぬ彼の体は、いわゆる細マッチョ体型で、張りのある肌の下に筋肉がうねっていた。

 どう見てもジジイじゃない。


 顔のつくりは中性的で、女装させれば女でも十分通りそうだ。

 スネ毛も腕毛もほとんどない。髪の毛以外はほぼ無毛だ。

 髪は漆黒。目許の感じも、どちからというと東洋人に近い。

 身長は俺と同じくらいだった。


 オークスは両腕をクロスさせる形で胸を隠した。

 「……」

 しかも無言で。


 えー、そこですか? 

 それより前に隠すところあるだろーよ。


 オークスはうつむいたまま、

 「あなたは日本人」といきなり俺の出身地を断定してきた。

 「君で三人目。元の世界の人間に会ったのは」


 「三人だって?」


 キムが及び腰に口を挟んだ。

 「ヴスジーマの……同類?」


 オークスが片眉を上げてキムを見た。

 「彼女は」


 「ここの領主の娘さんで、キンバリー・ユニティだよ。俺を拾ってくれたんだ」


 「そう」


 おもむろにオークスは片手を突き出してキムに近寄った。

 俺も手を引っ張られてキムの前に連れ出される。


 「うぉっ、いやちょっと、オークスさんなにを――」


 「ひぃっ」

 キムが逃げようとするが、そこは扉とは反対側の壁。逃げ場なし。

 躓くものなどないと思うのだが、キムはいきなり足を取られて転んだ。


 全裸の若い男二人に囲まれ壁際に追い詰められたキムは、壁に背を預けたままぺたんと床に座ってしまった。

 当然ながら、座った結果、アレと目線が合うはめに。

 キムは顔を覆って半泣きだ。


 虚ろな目が指の間から見え隠れした。

 「うあぁ……。ふ、ふふ、はは。貴族の身にこんなこと起こるはずないわ。これはただの夢、ただの悪夢だから……」


 ……完璧に現実逃避ですやん。

 

 ふと隣を見ると。


 無邪気な様子を漂わせ、オークスは質問した。

 「どうして」


 疑問文なのだろうが、まるで平叙文のように聞こえた。

 

 彼は自分のモノを見下ろして、それを右手の人差し指と親指でつまんだ。

 「これのせい」


 ――だめだこいつ、変態だ。重度の変態だ。絶対わざとだろオイ。


 呆れた俺を見て、オークスは首をかしげた。

 「彼女は異性の裸が恥かしいのかもしれない」


 なんで「かもしれない」なの!?

 そこに疑問持つなよ、ふつう恥かしがるだろ。

 俺も恥かしいよいくら30代とはいえ。


 「君は恥かしがらない。だから同じ時代の人」と、オークス。


 いや、だから恥かしいけどね。

 だいぶ慣れたけど。

 慣れちゃいけないけど。


 「同じ時代ってどういう――?」


 「ここに来たのは」

 またもやオークスはクエスチョンなしで質問してきた。


 「ああ、俺はひと月ちょいしか経ってないけど」


 「違う、出身時代。君はたぶん22世紀」


 なんだそりゃ。

 俺は未来の世界の猫型ロボットじゃねーぞ。


 オークスはこともなげに言い放った。

 「ボクがこの世界に来たのは2112年――恒和15年」


 「マジで22世紀?」


 オークスはうなずいた。


 「ここには俺とあんたのほかにも、元の世界の人が来ているのか?」


 首を振るオークス。

 遠い記憶を探っているのか、しばし遠くを見る目つきで空を見つめていた。


 「かつて。23世紀の貨物船船長、25世紀のヒキコモリの精神アップロード体と知り合った。前者は前方トロヤ共和国人、後者は量子イルミナティ団人。日本人は君がはじめて」


 そのときキムが耐え切れずに叫んだ。

 「うーー、なんなのよもう、当たり前みたいな顔して。恥かしくないのあなたたち!? ……それとも、もしかしておかしいのはわたし? わたしなの?」 


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