人間がいっぱい
いい歳したオッサンがお姫様抱っこされて宙を跳ねる。
着地、水平移動、跳躍、着地……。
このサイクルが延々と続いていた。
衝撃で背中が痛いですよキムさん。
――うーん、確かキムの家は郊外にあるって言ってたよな。
そろそろ疑問を感じて始めていた。
ぜんぜん郊外に近づいてる感じがしなかったからだ。
こんなイレギュラーなシチュエーションゆえ、自分の時間感覚など頼りにならないが、どう考えても半時間は移動し続けている。
俯瞰する大地の、スペースというスペースを埋め尽くす建物、建物、建物。
雑然とした建物の群れは、延々と地平線の果てまで続いていた。
ある建物の屋上には黄色い明りがともっていた。
飛び過ぎる際に目で追うと、それはキノコの群生に似た、みすぼらしい小屋の集合体だった。
屋上まで居住スペースに充てているのだ。
月でも出ていれば、まだ街並みをよく観察できただろうに残念だ。
今夜は新月なのか?
あの見慣れた月はどこにもない。
普通、異世界といえば馬鹿でかい月の2個や3個は天にかかっていてもよさそうなものだが。
振り仰いで夜空に視線を彷徨わせた。
やっぱり全天に月らしきものは見当たらない。
「キム、まだ着かないのか? 聞こえる?」
何度か繰り返して、ようやくキムは気づいてくれた。
キムは、ある建物の比較的平らな場所にひらりと着地した。
床に降ろしてもらったのは良いものの、膝がガクガクする。
困ったことに足腰に力が入らない。
理由はまったくもって不明だが、俺はリアル腰抜け野郎と化していた。
とりあえず疲れたふりをして床に座り込み、こんな情けない状態をキムの目からカムフラージュすることとする。
バイザーが開いた。
夜風を顔に受けて気持ち良さそうにするキム。
俺を見下ろして、呆れたように言った。
「そんなに疲れたの? だらしないわね」
キムの息は欠片も乱れていない。
「俺、別の世界から来たんだぜ? 異世界の驚異に触れたせいで、ひどく気疲れしていたとしてもおかしくないだろ?」
実際、気疲れしてるし。
「そう?」
「ちょっと休ませてくれればいいから。ところであとどれくらいで着きそうなんだ?」
「んー。半分は走破したかしらね」
これで半分?
俺は移動してきた方向を見ようと首を伸ばした。
何キロあんだよ。
時速60キロで半時間移動したと仮定すると、30キロも街並みが続いてるってことだぞ?
「フェアボーテンってこんなに大きな町だったのか……」
「別に大きくはないでしょ」
キムは風にあおられる髪をなでつけながら、空を見ていた。
「十分大きいよ。東京ですら都心から30キロも離れれば空き地が見えるぞ」
「トーキョー?」
「ああ、俺の国にあった大きな街だよ」
キムはクスリと笑った。
「空き地なんかあるわけないでしょ。そのまま隣の街まで切れ目なく市街地が続いてるもの。それにしても、フェアボーテンが大都市に見えるって、どういう田舎なのよトーキョーって。刑務所があるような文明国なんでしょ?」
なんとなく元の世界を馬鹿にされた気がした。
ファンタジーっぽい世界の分際で、科学が勝利を収めたハイテク世界の大都市をナメんな。
「田舎じゃねーよ東京は。1200万人も住民がいるんだぞ」
キムは失笑した。
「1200万? フェアボーテンの人口は6000万から8000万の間くらいだけど」
ろ、6000万……。マジで?
「棄民とか不法滞在者もいるから、だいたいしかわからないのよ」と言い訳するように付け足すキム。
「うちの屋敷も以前は街の中心にあったのよ。抵当にとられて流されちゃったけど。だから配給所番号は40って若い番号なの」
キムの番号は124C40だったな、確か。
ちょっと待てよ。124というのは街の番号だった。
人口6000万の都市が“大きくない”と評価される上に、最低でも124個はこういう都市があるってことは……。
戦慄を覚えつつ、キムに質した。
「この国の人口って、だいたいどのくらいなんだ?」
キムは笑った。
「そんなこと、どうして?」
「人間には好奇心があるのだよ。知らないのか?」
「本当に人間なの? ええとね、20億か40億か、そんなところだったと思うけど。違うかも」
えらくアバウトだな。間に中華人民共和国がすっぽり入るじゃん。
俺に対する認識もアバウト極まりない気もするし。
確実にヒューマンですよ?
キムは続けた。
「ヴィクトリー大陸全体だと、1000億くらいじゃない?」
「せんおく……ですか」
どうやら俺は、とんでもない人口過剰世界に来てしまったらしい。
キムは空の一角をじっとみつめていた。
不思議に思ってそちらに目をこらすが、俺には何も見えない。
「キム?」
どうしたんだ?
気もそぞろな様子だけど。
「キム??」
「うるさいわね! 集中できないでしょ!」
そう叫ぶと、まだなにか気にかかる様子で、キムは空を仰ぎ見た。
月のない惑星の夜を闇が支配する。
闇に潜む怪物の話を、この世界の子供たちはみな知っている。
母から子へと繰り返される口伝において、その怪物の姿はコウモリやトンボ、はたまたドラゴンに例えられる。
ダンジョンやモンスターが存在する世界では、子供も大人も怪物の存在を疑う者はいなかった。
確かにいた。
建物の屋上を疾る黒い影が。
大きな荷物を持って騒々しく移動する機甲鎧を、その影は音もなく追跡していった。




