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安さの秘密

 この世界では、食料もマニュギアーで作られている。

 食料生産を担うマニュギアー集団をフレーバーギルドという。

 衣服も同じく、クローズギルドが神の懐から“召喚”することで生産されているらしい。


 だからあんなに安かったのだ。

 生産コストはほぼゼロ。

 もともとタダのものに値札をつけているのだから、安いのは当たり前だ。


 無論、マニュギアーを生活の糧とする利権集団は、自分自身を養うためにタダで流通させたりはしない。

 さらに流通を専門とする、無数に細分化されたデリバリーギルドも存在する。

 マニュギアーを有する各ギルドの神殿から、消費者までの間を取り持つのがデリバリーギルド、というわけだ。

 中間業者や小売業者を含めると、膨大な数の労働者が流通に関わっているのだろう。


 かつて、江戸時代の日本では、人口の9割は農民だったという。

 それは日本以外の国家も同様で、産業化以前の社会において、労働者のほとんどは農業に従事していた。

 それなのに、この世界では農業というものが存在しないらしい。

 ごく少量の商用作物や観葉植物の栽培を除いて。


 人的資源の浪費の原因はこれだな。

 俺は宿の玄関を開け閉めしていた人のことを思い出していた。

 自動化などは人件費が高い社会の発想なのだ。


 不思議なことに、この世界の人はマニュギアーの存在を何の疑問もなく受け入れているらしい。

 アホの子かこいつら……とも思えるが、まあ、そんなものかもしれない。

 元の世界の人々も機械の作動原理なんて気にせず生きていたし。

 LEDの発光原理を知っている人がどれだけいただろう。


 もっと自然に根差した疑問についても、答えられないことは多い。

 どうして夕焼けは赤いのか?

 どうして海は青いのか?

 知らなくても生きていける。


 「具体的に召喚ってどうやるんだ?」 


 エリスは伏せ目がちだ。


 「俺の金――」


 エリスは溜息をついて口を開いた。

 「知りません。召喚の方法はそれぞれのギルドの最高機密です」

 当たり前だろ、というニュアンス満載ですな。


 わざとらしい溜息。

 こちらが喋りかけても、これみよがしな溜息をついて無視。

 俺の会社にも、こういう態度をとるやつはいた。

 もしくはフンと鼻で笑うか。

 どちらにしろ誉められた態度じゃない。

 いたなー、こういう態度をとる若作りのオバチャン社員。


 ――この世に悪い女などいない。いるのは悪い男と寂しい女の子だ。


 こんな念仏を唱えて、イジメに耐えた記憶があるね。

 なにが寂しい女の子だ。

 一説によるとウサちゃんは寂しいと死ぬらしいが、オバチャンは寂しいと職場のキモオタを苛めてウサ晴らしするらしい。


 俺の会社が限りなくブラックに近い灰色だったから、そういう人材が集中配備されてたわけじゃない。

 そういう人間はどこにでもいる。

 市役所に就職した大学時代の友人など、「仕事はヒマだけど人間関係が地獄だよ……ハンコ押してもらうたびに文句言われてさ……」と嘆いていた。

 彼は数年前に市役所を辞職し、今や生活保護をもらいつつ心療内科に通う日々だ。


 おそらく、どの職場でも同じ。

 理想郷などない。


 「エリス」

 俺が名前を口にすると、エリスはハッとした様子で俺を見た。


 どうしてそんなに頑なな態度なんだい?

 まるで――婚活に失敗してふて腐れたアラサー男みたいじゃん。


 黙って見つめること数瞬。

 エリスは気圧されたように目を伏せた。


 俺はほっとしていた。

 ――よかった。恥じてるんだな自分の態度を。

 やっぱり悪い娘じゃない。きっとね。


 それだけわかれば十分だ。

 俺はエリスへのプレッシャーを解いた。

 自分の半分しか人生経験を積んでいない女の子に、気まずい思いをさせるのは俺も辛い。


 話題を変えてみた。

 「君は怪我をする前はどうやって生活してたんだ?」


 「そんなこと」

 ――どうだっていいじゃない。

 唇は声にならない声でそう続けていた。


 エリスの目が泳いだ。

 「わたしは――」

 沈黙。


 言いたくないのね。

 まあいいけど。

 「にしても、テンプルナイツだっけ? 酷い連中だな。人を殺しかけて平然としてたぞ」


 「ええ、そうですね」

 彼女は淡々と答えた。


 「冷静だな。本当のところ君は――死にかけてた。キムが偶然あの場にいたから良かったけど」

 実質死んでいたことは伏せておいた。


 エリスはテーブルの上で拳を握っていた。

 「――じゃない」


 「え?」


 「冷静なわけないじゃない。わたし、あのとき後ろから押されました。避けていたのに」


 「そんな馬鹿な。誰がそんな真似を?」


 「誰でもです。平民は養民を憎んでいます。養民も同じです。だって、養民仲間が少ないほど貰いが増えるもの」

 エリスの唇がわなないた。


 「エリス……」

 自分でもどうすれば良いのかわからなかったが、エリスに手を伸ばした。


 「触らないで!」とエリスは鋭く遮った。


 俺は置き場のなくなった手をテーブルの上に戻す。


 「配給所番号で呼んでくださいよ……」

 服の袖で額を拭うついで――にみせかけて、エリスは目もとを拭った。

 そして、右手の指を強く噛んで、何度もまばたきした。

 喉が激しく上下している。

 エリスが泣きそうになるのを我慢しているのだとわかった。


 「わたしに優しくいないでください。お願いします」

 それは裏声になりかけの、高いかすれ声だった。


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