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ハートマンズINNその2

 発光藻にもいろいろ種類があるらしい。

 宿の部屋にかかったボールは、青い光を放つ。

 それが室内を水槽の中のようにせみていた。


 幻想的である。


 室内を検分していたほんのわずかな間に、キムは正座の格好で眠っていた。

 緊張の糸が切れたのだろう。

 疲れていたんだな。


 「キムさ、ベッドで寝なよ」

 と声をかけるが、起きる気配はない。


 仕方なく背後からスプライトのわきの下に腕を差し込んで持ち上げようと試みたが、持ち上がるどころではなかった。

 スプライトを持ち上げるくらいなら、軽自動車の後輪の方がまだ持ち上がる可能性があると悟った。


 「エリス、手伝ってもらえるか」


 エリスは少し考える素振りをしてから、俺に手を貸した。

 オイ、命の恩人のちっぽけな頼みを、熟考してからでないと受け入れられんのか。

 ひどいよ最近の若者は。

 血も涙もないよ。


 まあ泣き言はこのくらいにして。 

 掛け声に合わせて力をこめた。

 「せーのっ」

 無理でした。

 二人がかりでもやっぱ持ち上がらないか。


 そのとき、ふと機甲鎧の襟にあたる部分の内側に目が止まった。


 おや?

 キムのぐらぐらする頭がのけぞった瞬間、機甲鎧の内部に隙間が開いた。


 おうふ……。

 見えた範囲だけで判断すると、キムは裸だった。

 少なくとも上半身は。

 きれいな鎖骨が見え隠れしている。

 鎖骨フェチの気持ち、いまならわかる気がするぞ。

 ちなみに鎖骨をデコルテというらしいよ。

 どうでもいいけど。


 「それじゃあエリス、もう一度やってみようか」と俺は猫なで声で誘った。


 「無理です。重すぎます」

 抗議するエリス。


 「いいからいいから。せーのっ」


 キムの体が背中側に寄った。

 がくりと首が後ろに倒れ、白い首筋とデコルテがあらわになる。

 俺は素早く隙間をのぞきこんだ。


 ほうほう。クク、俺の見立て通りじゃないか。


 貧乳こそ至高なり。

 そんな名セリフが天からのお告げのごとく降りてきた気さえした。

 どこで聞いたセリフだったかな?

 元の世界で見たんだよな確か。

 そうそう、痛車に貼ってあったステッカーだ。

 らき○すたのイラストがまばゆい、優れた痛車であったなあ。

 しみじみ。


 「ううん……」 

 キムがうめいた。

 上半身がゆっくりと元の位置に戻る。

 スプライトの中から押し出された空気は、キムの髪から香るのと同じ匂いがした。

 汗と皮脂の混じった匂いだ。

 あとたぶん何らかのフェロモンも少々。


 木に竹を接ぐような正義感が俺の中で暴走しはじめていた。


 キムの肌は俺が守る!

 汗でかぶれちゃったら大変。

 にしても、ええいこの強化服、どうやって脱がせればいいんだ。

 脱がせたい。

 否!

 断じて脱がせなければならない!

 「カルタゴは滅ぼさねばならない!」と叫んだマルクス・カトーのごとき固い決意を胸に秘めて、俺は機甲鎧を睨んだ。


 キムの左腕には見慣れぬ文字が表示されていた。


 そうか、プレート。

 もちろん今もベルトに差して、体に触れさせている。これを使えばいいじゃん。


 リカバリーユニットを操作できるなら、スプライトもできるはず。

 集中すると、新しい表示がぼんやりと浮かんできた。

 蜜なしの弱いRC遷移でもなんとかなりそうだ。


 『リンク確立中……』


 『強制リンク確立』

 

 次いで、メニューが現れた。

 その中に『射出』という表示があった。


 スプライトに手をかけ、一心不乱にみつめる俺のことを、エリスはベッドに腰かけて眺めている。


 俺は断固とした意思を込めてエリスに言った。

 「ちょっと隣に移ってくれないか」


 エリスは疑問を挟まずに移動した。


 ――かわいそうに。若い女の子が鎧の中で眠っちゃいけないよ。おじさんがベッドに寝させてあげるからね。

 そう心の中でつぶやき、思い切って『射出』をセレクトした。

 

 『生体認証が必要です』

 

 スプライトに拒絶された。

 やっぱだめか。


 メニューに視線を落とした。

 他には……。

 ん、これは?

 

 『排出』

 

 排出ってなんだ?

 よくわからんが試してみるか。

 セレクト。

 

 『本当にここで排出しますか?

  ←する/しない→』


 はいはい。

 『する』を選択しようとしたそのとき、キムが頭を上げた。


 焦点の定まらない瞳で間近から俺を見た。

 そしてはっとした表情で叫んだ。

 「だめ!」


 チッ、目覚めやがったか。


 俺は極上の微笑みを浮かべてキムの顔を見た。

 「やあ起きたのかい。寝苦しそうだったから、『排出』で脱がせようとしたけどできなかったよ」


 「な……はっ排出ですって? ……僕の分際で余計なことをしないでよ!」


 「下僕なんだ……俺って」

 従者じゃなかったっけ?


 しょんぼりした顔に罪悪感でも覚えたのか、キムが付け足した。

 「そんな顔しないでよ。こんなところで排出するなんてヴスジーマが言うから」


 「ごめん。知らないものをいじるべきじゃなかった」


 「その通りよ。排出はあとで自分でするから」

 キムは手でパタパタと顔をあおいだ。

 「恨めしそうに見ないで。とにかく余計なことしてくれなくていいの!」


 やおら、エリスが口を挟んだ。

 「機甲鎧の隙間から、キム様の胸を見ようと必死でした」


 ウボァ!?

 裏切ったなこいつ!

 命の恩人を売るとはとんでもない恩知らずだ。

 というか、こっちを指ささないで。お願い。


 キムは襟元を両手でつかんでわなわなと震えていた。

 「み、見たの? 見たのね」


 やばい、また目をやられる。

 腕で目をかばいつつ言い訳した。

 「見てないっ。スプライトの構造ってどうなってるのかなー、と純粋に技術的な好奇心から観察していただけであって、エリスが言うようなことは断じて。だから目だけはどうか――」


 「そう……」 

 釈然としない表情ながらも、キムは理解を示した。


 ――よかった、潔白を信じてくれた。

 日頃の行いのおかげか。神様ありがとう!


 「家に帰るわよ」

 はて、キム氏いまなんと?

 「え、みんなでここに泊まるんじゃないの?」


 「違うわよ。外泊なんてとんでもないわ」

 キムは当然のようにこたえた。

 「スプライトは館のスタンドに戻さないと霊気を蓄えられないの。スプライトなら、まだ門限に間に合う」


 昼間、スプライトがみせた機動力を思い出して納得した。


 「うちは郊外にあるのよ。以前は街の中心街にあったんだけどね……」


 「そっか……」

 門限あるのか。じゃー仕方ないな。

 お、となると、エリスちゃんと俺、二人きりってこと?


 振り返ると、ベッドは三つ。

 常識的には真ん中のベッドを空かせて両端のベッドを俺とエリスが使うことになろう。

 だが。

 ダンジョンの中で覚醒した俺は違うぞ。

 アグレッシヴに生きてやるのだ。


 「よっこらしょ。あー疲れた。俺ここ使うわ。あーしっくりくる」

 さりげなく真ん中のベッドの先有権を主張した。

 先手必勝だ。もはやこれでオセロに例えるなら四隅を押さえたも同義!


 「なに言ってるの? あんたは一緒に来るのよ」


 キムがよくわからないことを言い出した。


 「え、だって、三人分支払ったじゃん……」


 しょうがないわね、とため息をつくキム。

 「ここはいちおう拠点として押さえただけよ。わたしの家で余計なことは喋らないでよね。わたしがうまく丸め込むから。ヴスジーマは元ダンジョン・サルベージギルド員って設定ね。ジュワユーズを持っていくの忘れないで」


 なんだ、今夜は修学旅行の夜みたいになりそうで楽しみだったのに。

 あらゆるチャンスを活用して貪欲にラッキースケベ展開を拾っていくつもりだったのに。

 まあ、そうおいしい展開は待ってないか。


 「わかったよ」


 「ダンジョン攻略のために雇ったんだから、その格好じゃまずいわね。エリス、ヴスジーマと下に降りて平民の服をみつくろってきて。あと防寒着になるものも。スプライトの背中は寒いわよ」


 部屋を出た直後、ドアが再び開いてキムが顔を出した。


 「エリスもその格好はちょっとね。好きなのを見つくろってきていいわよ。ついでにゆっくり食事もとってくるといいわ。忘れ物取りに戻ってきたりしたら殺すから。わかった? 聞いてるのヴスジーマ」


 へいへい、わかりましたよ。

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