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ハートマンズINN

 治療室の外にモンスターはいなかった。

 たぶんストックが底をついたのだろう。キムが皆殺しにしてしまったらしい。

 普段はないことだが、ワーカーたちはキノコや芋虫の死骸を片付けてすらいなかった。

 裏方を荒らされるたことで、ダンジョンが混乱のきたしたのだとしてもおかしくない。


 ダンジョン1階の終点では、男性のシルエットが落ち着かない様子で行ったり来たりしていた。

 どうやら、向こうにはこちらが見えないらしい。


 やがてキムの姿を認めた支配人は、あからさまに安堵した様子をみせた。

 「目的は達成できましたか。それはそれは、お喜び申し上げます。さ、もうお疲れでしょう」

 支配人は、背中を押さんばかりの勢いで俺たちをゲートの方に誘導した。


 早々に自分のテリトリーから、俺たち、特にキムを追い出したいらしい。


 ふと、支配人の顔に怪訝な表情が浮かんだ。

 彼は奇妙な衣服をまとったエリスのことを一瞥した。

 なにか言いたそうにキムを見上げ、結局は口をつぐんだ。

 どうやら彼は、プロの執事のごとき落ち着きぶりで、エリスのことは無視することにしたようだ。


 「……さきほどユニティ家の使いがこられました。領主様はあなた様のことをお探しです。お早くお戻りになられますよう」

 そう言って一礼した。


 キムが小さくうなずくと、エリスもごく自然に一礼した。

 俺も急いで頭を下げた。

 不自然なほど遅れはしなかったと思う。

 たぶんな。


 俺はキムに提案した。

 「なあ、機甲鎧脱いだらどうだ? それ目立つじゃん」


 なぜかキムは、焦ったような早口でささやいた。

 「いいの。あとで脱ぐから黙ってて」


 「ふーん……」


 こうして、俺は再びダンジョンの外に出た。

 今度はエリスという仲間を連れて。


 ゲートをくぐるときに背後を確認すると、デスクに両手をついた支配人がこちらを睨んでいた。

 


 外はすっかり夜になっていた。

 体感的には時間経過がよくわからない。

 リカバリーユニットで回復したから、まだ寝起き後2、3時間しか経っていない感じだ。

 三人の中で唯一、キムだけが疲労の色をみせていた。


 街中は意外なほどに明るく、昼と同じような賑わいをみせていた。

 人通りは肩を接するほどではないが、かなり多い。

 東京の山手線の駅前と同じ程度には混んでいた。


 ダンジョンの中にいる間に雨が降ったらしく、土の道路には水溜りができている。

 大きな水溜りを囲むようにチリトリのようなものを持った大勢の人が群がり、シャコーシャコーと水をかき出していた。

 ボランティアでやっていることだとは思えなかった。

 ダルそうな動作を見るに、見るからに義務として労働しているようにみえた。


 並び立つ建物の一階は、どれも雑多な商品を扱う商店だった。

 見慣れぬ文字が描かれた看板に視線を走らせると、プレートが自動翻訳してオーバーラップ表示してくれた。


 『水屋』『側溝清掃受付所』『燃物屋』『粉ひき本舗』『鍛冶屋』


 燃物屋とかいう店の前には、小枝の束や落葉が並び、それぞれに値札が置かれていた。


 どの店も明るく照明されて、店子が身振り手振りで必死に売っているのを照らしている。

 店先に吊るされた網にはボールが収められ、黄色っぽい光を放っていた。


 俺はエリスに声をかけた。

 「このボールはどういうマジックアイテムなんだ?」


 エリスは意味をつかみかねたらしく、一瞬きょとんとしてから、少し戸惑った様子で答えた。

 「……発光藻ですけど。藻がつまったガラスボールを日光に当てておくと光を蓄えます」


 「ふーん。便利なもんだ」


 エリスは既に俺に注意を向けていなかった。

 全神経をキムに向けているようだ。

 なんだよ、おしゃべりくらい付き合ってくれよエリス。


 そのときキムがエリスを呼んだ。

 「エリス」


 「は、ここに」

 キリッと気合を込めてエリスは返事をした。


 あっれー? 俺とキムでは態度がだいぶ違うんですけど。

 なんだか釈然としないが、黙ってエリスの様子をながめた。


 「この辺りで適当な宿を知らない? あまり高級じゃなくて、人目につかないようなところがいいんだけど」


 間髪入れずにエリスはすらすら答えた。

 「それなら心当たりがあります。この先の裏通りにある目立たない宿屋です。確か、一日二食付で一人4ソルドです」


 「的確な答えね。あなたならきっとウチのとっても厳しい家令の下でもやっていけるわよ」


 「過ぎたお言葉、幸甚の至りです」と言って目を伏せるエリス。

 エリスが伏せた目を上げたとき、鋭い眼つきでキムを一瞥した。

 俺が見ているのに気づいたエリスは、またたく間に顔から表情を消してキムの後を追った。


 ――俺の見間違えかな。命の恩人に披露できる表情じゃなかったぜ、あれ。

 まあいっか。

 触れないでおこう。

 女から秘密をとったら何も残らない。そんなことを言ってたし。テレビで。

 それに、秘めたものがある方が萌えるよね。


 エリスが先導して、ある交差点を折れた。

 その薄暗が幅の広い道は、表通りよりもさらにうらぶれた雰囲気を放っていた。

 建物のひさしに並んだ生物発光を行う藻類のボールが水溜りにゆらめき映り、まるで冥界に続く滑走路のように、果てしなく続いていた。

 一人でこんな道を歩けといわれても絶対にお断りだ。


 裏通りにはこんな時間にも関わらず、建物の壁に背を預けた男たちが大勢並んでぼんやりと虚ろな視線で俺たちをとらえた。

 側溝をのぞきこみ、杖でゴミをあさっている老人たちが、生者の声を聞いたゾンビの群れのように、一斉に俺たちの方を向いた。

 スプライトがいたのでは、人目を引かずにはいられない。


 唐突にエリスが立ち止まった。

 エリスは一つの建物を見上げていた。

 「ここです」


 そこには、爆撃にさらされて至近弾を2、3発食らったような建物がそびえていた。


 キムはエリスの肘をつかんだ。

 「ちょっとエリス、この宿は盗賊の本拠とかじゃないわよね?」


 エリスは真面目そのものの表情でうなずいた。

 「大丈夫です、知り合いが経営している宿ですから。わたしも何度か泊まりました」


 「そうなの? そういうことならいいけど……。わたしはここで待っているから、話をつけてきて」


 「一泊で良いですか?」


 キムは首を振った。

 「いいえ、とりあえず1週間分確保して。いくらかしら」


 「確かめてきます」

 躊躇もせず中に足を踏み入れたエリスは、慣れた様子で一直線にカウンターに向かった。


 「ヴスジーマ、あなたもついていきなさいよ」


 「え、俺も?」


 「そうよ。こんなところに女の子一人で行かせられないでしょ」


 それもそうか。

 イシキリを収めたリュックをキムに預けて、俺もエリスのあとを追った。


 ドアの前に立つと、木に鉄板を鋲止めした重厚なドアがギギギと音をたてて自動で開いた。

 自動ですか!?

 と思ったら、柱の影に小柄な人がうずくまって紐を引いていた。

 なにこいつ。ドアマン?


 中に入ったとたん、豪快に声をかけてくる軍服の男がいた。

 古今東西、文化の違いをこえて、軍服というものは一目でそれとわかるものなのだな、と妙なところで感心した。

 「安心のサービスと確かな守秘でおなじみ、ハートマンの宿によく来たな」


 悪役商会にでも所属すれば、一気に脇役界のスターダムめがけてまっしぐらの見てくれの男がいた。

 海賊の船長もしくは山賊の頭目にしか見えない。

 男はなぜか顔に走った傷を妙な具合に歪ませている。

 彼の唇の形から推測するに、どうやらそれは単なる傷の歪みではなく、営業スマイルのつもりらしい。


 うーむ。どう見ても、心に秘めた邪悪な企みを隠すためのダミー微笑です。本当にありがとうございました。


 完全に気圧された俺は、「は、はじめまして。命ばかりはどうか、その……」と挨拶した。


 「ガ、ハ、ハ、そう緊張するな」


 薄く開いた口の中に、サメのように尖った歯列がのぞいていた。

 えー。なにこれ魚人族ですか? 超こえー。

 よく見れば、いちおうフロントクラークのつもりなのか、軍服の襟元に蝶ネクタイを装着している。

 ぜんぜん気品らしきものは伝わってこないが。


 ところが驚いたことに、飢饉が訪れたら真っ先に人肉に手をつけそうな男を前にして、エリスは臆せず手短なやりとりをこなしてみせた。


 すげーな。

 俺は素直に感心した。


 「1週間分前払いなら、3人分で6ダカットでいいぜ」

 エリスは黙ってうなずいた。


 話がまとまったらしい。

 エリスは俺を無視して外で待つキムのもとに走った。


 俺はエリスの背中を見送りながら考えていた。

 確か一人一泊4ソルドだから、4×3で12ソルド。

 12ソルドは1ダカットだから、七泊で1ダカット値引きしてくれたらしい。

 うーむ、食事つき・七泊で一人2ダカットか。

 元の世界の貨幣価値に大体換算できそうだな。

 ビジネスホテルなんか、だいたい一泊5000円くらいからあるよな。だとすると、4ソルドが約5000円か。

 ってことは、1ダカットは1万5000円程度か。


 ダンジョン・ギルドで俺があっさり支払った金額は、この世界の月給相当だったらしい。

 落ちてた100円玉を巡って殺人でも起きかねないからな、この世界。そりゃキムも俺が何ダカットも持ってたら焦るわな。


 宿のエントランスに入ってきたキム――スプライトを見ても、鬼軍曹みたいなフロントクラークは眉毛一本動かさなかった。

 鬼軍曹はカウンターを回ってロビーに現れた。

 どうやら床のレベルが異なっていたようだ。

 カウンターから出てきた男は、驚いたことにスプライトと背丈が同じくらいだった。

 か弱い森の生物なら即死しかねない壮絶な営業スマイルを浮かべ、鬼軍曹は平然と言い放った。


 「どうぞこちらへ、ユニティ家のお嬢さん」


 完全に身元が割れていた。

 ――そりゃそうか、ユニティ家ってのはここの領主らしいからな。


 キムは下ろしていたバイザーを戻し、澄ました顔で会釈した。


 鬼軍曹は、おそろしく小さくみえる蝶ネクタイを両手で直した。

 「俺の口の利き方は我慢してくれ。昔とった杵柄の癖が抜けないんだ。これでも上層平民なんだぜ。もっとも名誉除隊でもらった一代平民だがね。ガ、ハ、ハ」


 誰も相槌をうたないものだから、俺が代表してあいまいに言った。

 「は、はあ……」


 「俺のことはコンシェルジェと呼んでくれ」


 俺はキムと目を見合わせた。


 キムの考えていることが、なぜか俺に伝わってきた。

 「似合ってない」

 そう思っている。間違いない。


 「冗談だ。124R6668119と呼んでくれよ」

 ハートマンと自己紹介はしなかった。


 左回りの狭い螺旋階段を昇った先の客室に案内された。

 広さだけはまずまずだった。


 「廊下の狭さと比べて、部屋は意外に大きいわね。天井は低いけど」


 確かに、スプライトは頭がぶつかりそうだった。


 鬼軍曹は得意げに胸を反らせた。

 「そうだろう。天井が低いのは、剣を振り上げにくいようにしてあるんだ。階段が左回りなのも、右利きの兵士が剣を揮いにくいようにしてるわけだ。通路が狭いのも、敵を一人ずつ相手にするためさ」


 宿に仕込まれた底知れぬミリタリーギミックっぷりを披露した鬼軍曹は、えらく自然にウインクしてみせた。


 俺に。


 って、なんで俺にウインクすんだよオイ。


 そんな恐ろしい疑問に答えを与えることなく、鬼軍曹は後ろ手にドアを閉めて出て行った。

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