【別ルート】オプション機能
性別転換別ルートです。
色々と怨念めいた言説がちりばめられているのはご容赦ください。
……あー、これアニメじゃなくて現実だったか。
次第にはっきり見えるようになってきた目をすがめて、キムたちを眺めた。
エリスはキムにすがりついている。
なにこれ、百合展開ですか?
どこにそんなフラグがあったんだよ。
ああ、俺が女だったらなあ。
女……。
おや?
そういえば。
ふと蘇った記憶が気になった俺は、記憶を頼りにリカバリーユニットのメニューの奥に潜っていった。
「おお……」
見つけたとき、思わず吐息が漏れた。
「おお……じゃないでしょ。あなた目をつぶって何をしてるのよ。ヴスジーマ、ねえ、恍惚としないでくれる?」
誰かが話しかけている。
ちょっと待ってくれ、いま集中しているんだ。
管理メニューのプロパティーの奥底。パソコンでいうならデバイスマネージャ的なところに、その機能は埋もれていた
。
『リカバリーユニット
詳細メニューリスト22/30
21←性別転換→23
自家遺伝子による標準的な予測フォーマット
フォーマット選択→
性別転換
←する/しない→
警告
変換途中の解除はできません』
そういえば、こんな機能もあったな。
以前、暇なときにリカバリーユニットの機能をいろいろ試した時期があった。
そのときに見かけた機能を探し出すのは、思ったより簡単だった。
性別転換『する』を選ぶだけで、俺が30有余年ぶら下げてきた45口径46センチ主砲(誇張あり)はお役御免になってし
まうわけか。おそろしや。
ひやりとした隙間風が吹いた気がして、無意識のうちに俺は股間をまさぐっていた。
すごすぎるぜ、リカバリーユニット。
そのとき、俺の中で乱れる想いの一部分だけが、言葉を成した。
「あー……すごい」
このときの俺は、さぞ恍惚とした表情を浮かべていたことと思う。
俺の傍らで全てを目撃しているキムが、戦慄の表情を浮かべていたとなど、つゆも知らずに。
「すごいってなによ。ちょっ、おまっ、どこをいじってるのよ!」
「(“する”を選択するだけで)女ぁ……(になっちまうのか)」
「ま、まさかあんた……こんなところで……」
動揺を貴族的な自制心で抑制しているが、キムの耳はほんのり赤くなっている。
「え!? なにをしているんですか!?」
意味がわからないエリスは、ますます怯えてキムにすり寄った。
キムが爆発した。
「婦人の前でなんてことするのよ、この変態が!!」
「うわっ」
刃物のような赤色レーザーが俺の鼻先をかすめた。
一撃で空気中の酸素がオゾン化し、独特の臭気を帯びた熱風が頬をかすめる。
そのときだった。
『性別転換
←する』
「やべっ」
押してしまった。
でもまだ大丈夫。
元の世界の工業製品と同じく、ちゃんとフェイルセーフ・ステップが挟んである。
あぶないあぶない。
『本当によろしいですか?
←はい/いいえ→』
よし、慎重に「いいえ」を押そう。
深呼吸して精神を統一した。
押し間違えたらおしまいだ。
そのとき、弱まり不安定になっていたRC遷移が、気まぐれに強まった気がした。
よっしゃ、今ならいける。
ぽちっとな。
『本当によろしいですか?
←はい』
「あっ」
◆
ゲームのような仮想世界では、何にでもなれる。
自キャラクターを作成できるゲーム世界において――現実世界でコンプレックスを抱える人間は往々に、自らの憧れや願望を仮想世界のキャラクターに仮託しようとする。
キャラの性別を変えるのは、まあ基本だわな。
俺?
無論女子を選びますがなにか?
では、キャラに願望を被せないのはどういう人なのか。
俺が思うに、プレイヤーキャラクターを現実世界の自分と同じできる人はナルシストだ。
まあ、単にテキトーにキャラ作成したら、妙にレベル上がっちゃって、もはや後に引けなくなった人もいるだろうけどな。
そういう人は除外して、世のリア充たちに言いたい。
俺みたいなメンズが女キャラを選択することを非難しないでほしい、と。
現実から遊離したプレイヤーキャラクターを作成する人をキモいキモいと馬鹿にしたり、人格攻撃に走るのは心無きわざである。
なぜなら実際のところ――馬鹿にする奴らも等しく、自分の憧れをキャラに仮託しているからだ。
男なのに女キャラでゲーム遊ぶ人がキモいならば、魔法使いジョブを選択する人は実際に魔法使えるのか?
剣士になれるほど剣術を体得しているのか。
勇者になれるほど勇気と人望があるのか。
エルフになれるほど耳が長いのか。
そういうこと。同じ穴のムジナだ。
他人の空想を批判する人は、あらゆる創作物に触れる資格がないのだ。
そもそも。
人は自己満足でしか幸福を感じることができない。
そう思わないか?
現実世界に生きるあらゆる人の、どれほどリアルな活動だとて、煎じ詰めれば自己満足の行為に過ぎない。
例えばの話だが、こういうことだ。
良い大学を出て一部上場企業社員や公務員になる。
高給を得て、その富がもたらす生活の安定の匂いを嗅ぎつけた異性と結婚して、子供をつくって年老いてゆく。
恋愛している俺はいない奴より上。
高学歴の俺は高卒より上。
公務員の俺はワプアどもより上。
かわいい嫁と子供がいる俺はおひとり様より上。
そういった種類の密かな優越感を隠し持つ人たちは、他人との比較優位に満足して“幸せ”と称している。
――そんな幸せは幻だと思う。
かわいい嫁は年老いていずれ老婆になるのにね。
子供たちが引き継いだ自分の遺伝子の痕跡も、数世代を経れば集団の遺伝子プールに飲み込まれて歴史と化すのにね。
そもそも人類という種族だって、いつまでも続くわけではない。
人の一生と同じく、種だとて年老いいずれは滅びる。
人生に何の意味がある?
勝ち組になることは重要なことか?
色即是空よ。
色即是空よのう。
最終的に敗北が決まった人生というゲームから、俺たちはログアウトすることができない。そこに見出せる意味は全て信仰と偏見の産物だ。
他人との比較のうちに満足を見出す俗物たちも、究極的には空虚なモノに勝手に価値を見出しては、俺スゲー俺スゲーと自己満足しているだけだ。
キャラに対して勝手に願望をオーバーライドする行為とどう違うのか。
金子みすずの詩を思い出してほしい。
「こだまでしょうか、いいえ、誰でも」
誰でも同じなんだよ。
空想に価値を見出しているという意味で。
旅は人生の一種のアナロジーだ。
旅をする者は目的地に到達することが楽しいのではなく、そこに至るまでのプロセスが楽しいものだ。
同じく、人が生きる意味は人生の過程そのものにある。
ならば人生のプロセスから、ささやかな自己満足を拾うことが悪いわけがない。
俺みたいな、熊五郎のごとき見てくれのメガネ野郎が、女キャラでゲームしてなにが悪いのか。
……俺はそう思っていた。
まーつまり、ヒネクレ者の屁理屈だ。
でもね、言霊でしょうかね、女キャラでなにが悪い! とか思ってたら本当に女になっちゃっいそうです。アハ。
えっと、神様は俺らの行いを見てるってことでおk?
青い粒のカーテンの向こうで、まだなにか抗議しているキムの顔を見た。
助けを求めようとした俺は、体の変化に気づいて声を失った。
痛くはない。
むしろ快感に近いムズムズ感が皮膚の下を走った。
はっと我に返った俺はユニットのインターフェースのイメージに手を伸ばしたが、それは指先でまたたいて消えた。
蜜の効果が切れかかっていた。
RC遷移は波のように強まっては弱まり、不安定極まりない。
それでも必死に意識を集中した。
もうちょっとだ。
RC遷移が強まった一瞬の隙を突いてメニューを呼び出した。
よしよしこれで――
『リカバリーユニット
性別転換―質量再配置中
進行度0%||| 100%
警告
変換途中の解除はできません』
なん……だと?
「解除できません」というフレーズが、頭蓋骨の中を跳ね回って何度もリフレインした。
がっくりとOTZしたいところだが、ふわふわ浮いているからリカバリーユニットの中では無理だった。
皮膚の下を這い回るムズムズは、今でははっきりと体の特定の部位を目指していた。
腹や背中から、胸とお尻へ。
こころなしか視線も低くなっている。
顔に触れると、あごに生えた短いヒゲが何の抵抗もなくポロポロと抜けて浮遊した。
股間に生じている変化など、おそろしくて確認する気にもなれない。
驚異的なスピードで髪が伸びはじめ、またたく間に背中まで届いた。
「キ、キム――」
唇からこぼれたのは、か細い高音だった。
慣れ親しんだ野太い声はどこかに消えた。
キムに視線をくれると、俺に生じつつある恐るべき変化に驚きもせずに――それどころか気づきもせずにエリスとおしゃべりに夢中。
……微妙にむかつくんですけど。
俺が大切に大切に守ってきた童貞が、失われることもなく潰えようとしているのに。
30年以上にわたって花よ珠よと慈しみ守ってきた、かわいそうな俺の童貞が楽になる瞬間くらい、一緒に見守ってくれないか、女子たちよ。
……ああ、理不尽な要求なのはわかってるよ。
股間に指先を伸ばして、ためらった。
無理! 恐ろしくて確認なんかできねーよ。
ああ、女子になったあかつきには、俺どうなってしまうんだ。
今は痩せてるけど、元は某国指導者とクリソツのカリアゲデブだぜ?
果たしてオナノコバージョンの俺は大丈夫なのか?
極めて痛々しいことになっちゃうんじゃないのか?
はたと気づいた。
あ、そうか、リカバリーユニットで元に戻せるか。
ははは、なんだ、いま流したばかりの清い涙を返してくれよ。
……いや、確かに頬は完全に乾いてるけど、心では泣いてたんだよ。
ほっとひと安心したそのとき、体を支えていた浮力が前触れもなく消失した。
膝からリカバリーユニットの台座に落ち、俺は声にならない悲鳴をあげた。
――皿がっ、膝の皿がっ。
うずくまる俺の顔に、長い黒髪がかかった。
俺の髪だった。
大学生の時分に勘違いロンゲにしたときも、これほど長く伸ばしたことはない。
――うう、痛い。いったいなにが起こったんだ?
痛みをこらえてリカバリーユニットの感触を探した。
だが、さきほどまで不安定にまたたきながらも灯っていたインターフェースのイメージは、ついに戻ってこなかった。
――まさか……ワーカーが治療室のパワーを落としたのか。
冷や汗がこめかみを伝った。
「マズイな」
これじゃしばらく男に戻れないぞ。
完全に女体化したのだろうか。
ワイシャツの上から自分の胸に触ってみた。
――うむ、これはなかなか良い手触りじゃわい。
いやいや、そうじゃなくて。
まったく、途中で強制終了なんかするなよな、ワーカーどもめ。おかしくなっちゃったらどーしてくれる。
リカバリーユニットが特有の光を放っていないのに気づいたキムが、俺に声をかけた。
「終わったの?」
すぐに俺の様子がおかしいことを悟ったらしい。
「どうし――」
キムが声を詰まらせた。
同志?
旧ソ連の共産党員ですか?
そんな軽口も出てこない。
俺はドキドキしてキムが近寄るのをみつめた。
「ヴスジーマ……よね?」
やだ、どうしよう。キムに見られるの、なんか恥かしい。
俺は台座にちょこんと正座してキムを見上げた。
「やあ、どうも」
キムは絵に描いたような驚きの表情を浮かべていた。
ごめんね、一日に何度も驚かせちゃって。テヘペロで許してね。
「誰よあんた?」
そうだよね。そう来るよね。
期待通りの反応だよ、キム。
さて、ここから軟着陸させるのは難しいぞ。
いまさら「実は女の子だったのだ!」「な、なんだってー!?」などという展開にむりやり路線変更できるはずもない。
羞恥の極み、エビ反りブリッジとドギースタイルで俺の全てをキムに見られてさえいなければ、主語が「オレ」の謎の男装美少女キャラで押し通せたかもしれないのに。
いまさら無理だよね?
どうだろ、暗くて俺のシークレットガーデン、良く見えてなかったかもしれんよ。
そもそもこいつ、男のモノをしっかり見た事なんかないだろ。
金持ちのご令嬢の場合、セクシャルなあれこれに驚くべき無知をさらすケース、ありがちじゃね?
逆のケースも考えられるが、キムみたいにウェポン振り回すような娘の場合はウブがデフォルトっしょ。
きっとそうだ。
まだ路線変更の可能性、あるね!
あるということにする!
俺は微笑みを浮かべた。
キムは息を呑んで俺を見つめている。
ククク、どうした?
謎の東洋系美少女登場で驚いたか?
というか、俺かわいい?
早く鏡見たいのだが。
そうだ、自分のニックネーム考えてみるか。
毒島正男……正子?
古色蒼然。だめだ。
ヴスジーマ……ヴス子?
いやいや。問題外だ。
それとも自然にニックネームが定まるのを待った方がいいかな。
「えー、ごほんっ」
なるたけプリチーな声になるように、のどに気合を入れた。
よし、準備OK。
大きく息を吸った。
「ごっめーん。あたし本当はオナノコだったの☆ よろしくねキム、エリス(はぁと)」
「…………え?」「…………え?」
「だから、あたしヴスジーマはオナノコなのでした(てへっ)」
「…………はぁ。え!?」「…………はぁ。え!?」
なんでこいつらさっきからシンクロしてんだよ。
「ねえヴスジーマ?」
「ん?」
「確かにヴスジーマの面影があるけど、本当にその――女の子なの?」
「もちろん。疑うのか? 証拠をみせてあげてもいいぞ。おっといけない。みせてあげてもいいわよ」
すかさず女言葉に直す。
「みせるって、まさか……」
俺はうなずいてベルトに手をかけた。
体が細くなったせいか、ベルトはかなりゆるくなっていた。スラックスの丈も余りまくって、殿中でござると化している。
ずり落ちそうになったプレートを手で支え、ズボンだけ足下に落とした。
上がくたびれたスーツ、下が男物のパンツという少女がダンジョンの中に降臨したわけだ。
宇宙じゅうくまなく探しても、この組み合わせはなかなかお目にかかれまい。
俺はクイと腰を突き出した。
「さあ、触ってみて」
別に女の子同士だし、問題ないよね。
「嫌よ。なんであなたのなんかを。そうだ」
キムはエリスを振り返った。
エリスはひきつった微笑みをみせた。
そして喉をごくりと動かしてから承知した。
「……わかりました」
うーん、なんかエリスがかわいそうかな。
ちょっとした憐憫の情を感じた。
まあ、これもサラリーマンの定めだ。諦めて俺の股間を触れ。
ふんぎりがつかないなら、手伝ってやろうかね。
俺は水の流れるような動作でエリスの手首をつかんだ。
「やっ」
エリスが悲鳴をあげた瞬間。
「ほれ」
俺はパンツにエリスの手を押し付けた。
「どう?」
「ひっ」
エリスが思いっきり手を引いた。
火傷したかのように手首を押さえ、エリスは叫んだ。
「お、男です、この人、男です」
「へ?」
自分の股間をのぞきこんで、目が点になった。
パンツの隙間から見え隠れするモノ。
ある。
あるね、あれが。
って、なんであるのー!?
性別転換が中途半端だったのか?
ぶるっ。
なぜか背筋が震えた。
目には見えないが、確かにある種のフォース、もしくは殺気のようなものを感じて、俺は上目遣いにキムを見た。
宇宙背景放射すら温かいといえるほどの冷たい視線とぶつかった。
「いや、違くて、これは――」
「この腐れ露出狂が」
キムは落ち着き払って傍らに控えるエリスに命じた。
「悪いけど、わたしの後ろに下がっていて。いいと言うまで目をつぶっていなさい」
「ちょっと待って、これは間違い、ねえ、聞いてる?」
「早く処刑しないと」とつぶやいてキムは腕を上げた。
「おい早まるな」
「雷の精霊よ……」
詠唱しないで。
「待って、光魔法待って。違うの。ほら、背も縮んだし、顔は女の子でしょ、ね? ほら声も」と割と必死の説得を試みた。
「……確かに」
不承不承といった感じでキムは腕を下げた。
「いいから早く服を着なさいよ」
「すみません」
すごすごとズボンを引き上げた。
うう、こんな体になってしまった。
なんでこんな残念な結果に。
――あれ、でもこれって世に言う男の娘ってやつじゃね?
やべ、萌えてきたんですけど。
キムは怒りのせいか、真っ赤な顔で脅した。
「一日に二度も、わたしに変態行為を働いた罪は重いわよ」
「はい……」
こうして見た目は女の子、頭脳は成人男性という、驚異の男の娘がこの世に降臨したのであった。
……いいのかこの展開。




