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光魔法?

 若さは快活さだ。

 負うべき荷もなく身軽な体。

 可能性を見切れないことからくる楽観。


 リカバリーユニットで体が全快したときのハイな精神状態は、例えるなら――軽く特殊ハーブを嗅いだりすることで、スピリチュアルなワールドにトリップした状態に比肩する。


 ……いや、特殊ハーブの効用については想像だけどね、あくまで。


 このナチュラルハイを、他にどう説明すればいいのだろう。

 リカバリーユニットがなければ、俺はあのままダンジョンの小部屋で灰色の生活を続けていたんじゃないか。

 そんなあり得たかもしれない世界線が垣間見える気がした。


 気分が良ければポジティブで、なぜか気分が悪ければネガティブなことを考える。

 人間なんてそんなもんだ。


 ――だとすると、俺に訪れた感情と人生観のパラダイム変換もこいつのおかげかもしれないな。


 青い蛍光を放つ円盤を眺めた。

 機械がもたらしてくれた若さのおかげか。

 自分の自由意思が機械の影響を受けてるかもしれないってのはなんか不快だ。


 とはいえ、人間の精神状態ってやつは、どこまでが自分の意思でどこからが外部の影響かなど、区別できないと思う。

 酒やコーヒー、タバコだって、人間の精神活動に影響する。

 ならば、機械のおかげで人生が変わっても、別に良くね?

 うーん、まあ、考えたら負けな気がするから忘れることにするか。

 ないなーい。ないなーい。


 治療室の壁を向いて、手首だけで小さく手を振る俺を、心配そうにみつめる少女がいた。

 キムである。


 「……だいじょうぶ?」 


 超美少女のくせして、真顔で俺のこと心配してくれるのか。

 ありがとうな、キム。


 「ああ。足の傷もすっかり良くなったよ」と、アキレス腱を伸ばしてみせた。


 キムの表情がますます曇った。

 「あの、足じゃなくてね……」


 「ん?」


 「まあいいけど。まだ時間がかかりそう?」とキムは治療中の娘を示した。


 「わからないなあ。早く終わるといいけど」


 ここでワーカーの大群に切り刻まれるのはごめんだ。できるならさっさと終わりにしたい。

 でも大丈夫かな。妙に脳に損傷とか残っていたら、俺たちどうすりゃいいんだろ。

 フェードアウトするしかないのか。


 「いい方法を思いついたんだけど」

 ヒューンと伸びやかな音をたてて、キムは手近なメンテ穴を指さした。

 「あれを塞ぐのよ」


 できんのか?

 「ちょっとやってみ?」


 「目をつぶってて」

 バイザーを下ろし、キムは腕を壁に向けた。


 「え、おい」

 提案から行動まではええよ。

 慌てて目をきつく閉じた。


 レーザーの発射音とほぼ同時に、むき出しの顔に熱を感じた。

 次いで、焼けた石の放つ金属的な匂いと、からりと乾いた熱風が吹き抜けた。


 「いいわよ」


 顔を覆った指を細く開けて、外をのぞいた。

 メンテ穴のあった場所は、溶け崩れた石がふさいでいた。

 その暗赤色の溶岩は、赤外線ヒーターのように熱を放っていた。


 「すげえ。レーザー……じゃなくて光魔法の力すげえ」


 キムはバイザーをずらした。

 「ふう、やっぱり連続して光魔法を使うと暑いわね」

 そう言って俺に顔を向ける。

 キムは額にうっすら汗をかいていた。


 「驚いた? これこそ、わたしが編み出した応用光魔法なのよ」

 得意げに胸を反らせて言う。

 「まず前提として、スプライトは雷の精を使って魔法を実現しているの。そして、雷の精は光の一形態。だから光魔法に分類されるのよ。スプライトの動力筒に宿った雷の精が銅の伝達路を移動して、この――」

 彼女は腕を示した。

 「――中で魔法光を生み出すの。ミッションを果たした雷の精は、力を失って動力筒に戻る。わたしみたいな術者が“真なる祈り”を捧げることで、スプライトにさまざまな“直なる光”を放たせられる。“目に見えない光”さえもね」


 「目に見えない光?」


 かすかにドヤ顔をみせるキム。

 「ほら、焚き火の光は弱いけど、その代わりとても温かいでしょ? わたしの応用光魔法は、焚き火が凍える人に温かさを伝えるように、“熱だけを伝える光”を放つことができるの。こないだ魔法学会の会報で読んだんだけどね、聖都ランドフィルの自然哲学者たちは、これを“熱光線”と呼んでるそうよ」


 自然哲学者か。

 この世界にもやはり、物事の成り立ちや真理に目を向ける変人がいるんだな。元の世界の科学者みたいなものか。


 キムは続けた。

 「小さき粒の内奥に雷素はたゆたう。そして、雷素が仕事をすると雷素の霊力ポテンシャルが弱まって、下の霊力階列に落ちる。その階列の落差は霊力量――つまり魔法力に等しい」


 「へー。ちゃんと理論的な背景があるんだな」


 「魔法学校にはあまり行けなかったけど、ある程度は学んだわ。といっても、わたしがいくらかでも魔法を使えるのは、ご先祖様が残してくれたスプライトのおかげ」


 「魔法だけじゃない。君はすごいな本当に。俺が勝手にこの娘を救おうとしただけなのに、なにも聞かずに協力してくれただろ。普通はできないよ。ありがとう」

 感謝の言葉が素直に出た。


 誉められるのに慣れていないのか、キムは戸惑ったように口ごもった。

 「な、なに言ってるのよいまさら」

 キムは急に手の置き場所がわからなくなったかのように、あたふたと妙な動きをみせた。

。わたしみたいな貴族が弱き者を救うのは当然でしょ」


 「そうなのか?」


 「そうよ。少なくとも500――そうね、1000年前はそうだったのよ。最近の、自分だけが良ければ良いという風潮だけが全てだと思わないで」


 おいおい、1000年前に廃れた習慣を未だに持ってる方が異常だろ、世間的には。

 見ると、キムは顔を掻こうとして、スプライトの太い指に戸惑ったりしている。

 落ち着け。

 かわいい奴だな。


 それにしても、そういう世間スタンダードと違った生き方は辛いだろうな。

 ノブレス・オブリージュか。

 キムを分析したときに――表示されていた“能力”。


 ――ああ。


 感じたのは、星に手を伸ばしてつかもうとするのに似た、切ない憧れと諦め。

 心の中で溜息をついた。

 人生という建物のレンガを、共に一つ一つ積み上げてゆける同志、か。

 キムなら100点満点なんだがなあ。

 まあ、どう考えても、俺がそんな感情を抱くこと自体が社会倫理的にどうなのよ? という感じだよな。


 ――医学的には13歳以下に対する性的嗜好をペドフィリアって呼ぶんダヨー。


 おいおい、誰だお前。

 心の中の小悪魔ちゃんか?

 誘惑するなよ。


 とりあえず俺はキムの横顔を眺めて、目立たないように小さく首を振った。

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