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秩序と献身の再教育プログラム

 視線を転じて、まだ浮遊している娘を見た。

 リカバリーユニットの表示は、100%のまま動かない。

 娘の意識が戻らないから安全装置みたいなものが働いて、保護されているのかもしれない。

 もしくは全然違う理由からかもしれない。

 わかるものか、こんなオーパーツめいた装置のことなんか。


 そういえば、この娘は何者なんだろう。

 誰かが養民だと言ってた気がするが。


 プレートのサーチ機能を起動した。

 分析コマンドで娘をセレクトしてみた。

 

 『養民

  攻撃力 11k

  防御力 8

  能力 初期型武術 捨て身 攻撃力向上 防御力低下 

  0ダカット』


 確かに養民だ。

 分析したところで、娘の固有名詞まではわからない。


 リカバリーする前に乱れていた髪は、艶やかな本来の姿を取り戻していた。

 赤っぽい色の髪は、リカバリーユニットの青白い光のもとでは紫色を帯びて目に映った。

 眠っているからかもしれないが、優しそうな女の子だ。

 長いまつげの下で、目がキョロキョロと動いている。

 レム睡眠期?

 悪い夢でも見ているのか。


 改めてよく見ると、年齢は最初に見たときよりも幼く見えた。

 足の欠損をカバーするには質量が足りなくて、年齢を巻き戻して不足分を補ったのかもしれない。

 

 「また見てる」

 呆れたような声音で俺をとがめるキム。


 「違う、回復を確認してただけなんですけど」


 世に言うジト目というやつを披露するキム。

 「裸を見てたんでしょ、どうしようもないわねヴスジーマは」


 裸、というキーワードでなにかを思い出したらしく、キムは顔を赤らめた。

 そして、怒りの表情で俺をキッと見た。というか睨んだ。

 「まったく、聖職者のようにエロいんだから」


 こっちはオッサンだぜ。

 エロくて当たり前だろうが。

 ん? 

 聖職者?

 なにいってんだこいつ。

 対偶ぞ。

 聖職者とエロは、一般的に対偶関係ぞ?


 「なんで聖職者がエロいんだよ」


 「は? 当たり前じゃない。ヴスジーマーの故郷では違うの?」


 「うーん、違うと思う」

 たぶんな。


 キムは一瞬言葉に詰まった。

 「それは……素晴らしいところね」


 「別にそれが普通だったけど、俺の国じゃ」


 「あなた外国人だったのね。そういえば、ちょっと変わった顔のつくりをしてるものね。どこなの?」


 えーっと。

 腹話術が盛んって設定だったよな。

 「パ、パペッティア。パペッティア国!」


 「ヴィクトリー大陸にそんな国あったかしらね。どこにあるの?」とキムは首をかしげる。


 ここ、ヴィクトリー大陸ってのか。

 それはおいといて、とにかく誤魔化さないと。


 「超辺鄙な田舎中のド田舎なんだよ、俺の国」


 「その国、海はあるの?」


 「ないない。パペッティア国のサイターマ地方。特産物はフカヤネギな」

 嘘のリアリティを補強するために、細かな知識を織り交ぜてみた。


 「そう。で、自称田舎者のヴスジーマが、どうしてわざわざこの国に来たのよ」


 「うーんと、ダンジョンにね……その……」


 俺の様子から、キムが勝手に早とちりしてくれた。

 「フェアボーテン・ダンジョンを見に来たのね? この国でも有数のダンジョンだものね。それとも南の“緋の山”ダンジョンかしら。でもあそこは先日クリアされたって噂だけど」


 「う、うん。フェアボーテンを見にね。観光だよ」


 「やっぱりね」


 キムの表情はよく動いた。

 こうして喋っていると、元の世界の女の子と何も変わらない。

 「でもツアーだったら1層目までしか許されてないわよ」


 「ツアーで迷っちゃった」


 「嘘でしょ、それ」

 俺の内心を透かしみるように、キムは目を細めた。

 「最初はサルベージの仕事だと思ってたのよね、わたし。でも違う。あなたはもしかして――元キー保有者じゃない?」


 「キー?」


 ダンジョン・ギルドの支配人も、確かキーとか言っていた。

 なんだキーって?


 「それにあなた、意外とお金持ちでしょ。あっさり大金払ってくれたし。そんなお金は持ち歩いちゃだめよ。あなたの素性が知れたら、スリの元締めの聖職者に目をつけられるわよ」


 え、今度は聖職者がスリの元締めですか。

 この世界では、聖職者って単語は、神に仕える者ではなくゴロツキを意味してるのか?


 「あのさ、聖職者ってどういうやつらなんだ、ここでは。なんか酷い言われようだけど」


 キムは溜息をひとつついた。

 「教区住民は教会税を払うでしょ。払えない平民や養民もいるわ」


 ……。

 説明終り?

 「え、もっと説明してよ」


 キムは眉を上げた。

 「鈍いわね。逆に聞くけど、あなたの国では教区税払えない人はどうしてるのよ」


 それは、所得税払えない人、みたいなものか?

 サラリーマンは給料天引きになってるし、累進課税だから滞納者はあまりいないと思うが。


 「税金払えなければ……最悪、刑務所行きかな。わかんないけど」


 キムはのけぞるほど驚いた。

 「刑務所なんてお優しいものがあるの!? 意外と文明国ね」


 いや、どう考えても刑務所はお優しい場所じゃないと思うが。


 「ここではね、教会税を払えなければ、女の子なら街頭で働くか、男の子なら地道に奉公に出るか。才能がある男の子なら、詐欺やスリの養成所に振り分けられるわね。聖職者はその元締めとして、そういった人たちを管理するのが通例ね」


 「街頭で働くって……」

 女の子が?

 税金払えないから大人の代わりに支払う?

 なにそれ人身売買?


 日本でも昭和恐慌あたりまで、小作料が払えなくて娘を遊郭に身請けしたりすることはあったらしいが。

 しかし、本来は民衆を精神面で支えるはずの宗教がそれに関わってるとなると……。

 「マジで言ってんのか、それ」


 「なんで疑うのよ。嘘じゃないわよ。家族が人質になっているかぎり、女の子たちは逃げたりしないから……」

 彼女は影を含んだ表情で、まるでうなだれているかのようだ。


 えーっと。

 とりあえず、この世界を一言で表現する言葉を見つけたよ。


 地獄。


 聖職者が家族を人質にして、いたいけな少女に売春させるって……完全に地獄絵図じゃん。


 「あいつらはそれを“秩序と献身の再教育プログラム”と呼んでいるの」


 「……偽善過ぎてむしろ笑えるネーミングだね」


 強張っていたキムの頬が少し緩んだ。

 「ヴスジーマ。他人の前で教会を批判するなんて、やっぱり勇気があるじゃない。まるで――」

 続く言葉は躊躇の中で消えた。

 これでおしまい、と強調するかのように、彼女は両手をガジンと閉じた。


 しばし沈黙が流れて、唐突にキムが聞いてきた。

 「いつまでここに滞在するの?」


 「え?」


 キムはこちらを見ず不機嫌そうに言う。

 「この町によ!」


 「ああ、そうだなあ。特に決めてないけど」


 「そうなの」

 一瞬だけキムの声が弾んだ。 

 だが、俺が持ったイシキリに目をやると笑みがしおれた。


 うーむ、なにを考えているのか知らんが、若い頃ってこんなにコロコロと表情が変わったかな。

 ……覚えてねーや。


 「あなたの故郷のダンジョンはなんていうの?」


 「なんだって?」


 キムは俺を指さして断言した。

 「あなたは元キー保有者。違うの?」


 「だからなんだよ、キーって」


 「知らないわけないでしょ。じゃなかったら、どうしてウルザブルンを使えたの? どうしてダンジョンにこんな場所があることを知っているの?」


 「わからないよ。信じられないかもしれないけど、俺のことは記憶喪失者だと思ってくれ。だからこの世界の常識も知らない」


 「記憶喪失なの?」


 「いや、違うけど」


 キムは吹きだした。

 「なによ、違うんじゃない」


 困ったな。どうせ本当の事を明かしたところで信じてくれるはずもない。

 ならば……。

 逆に信じがたいほどの嘘をつくまでよ。

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