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死は時を要す

 ウルザブルン……?

 いかにもって感じの、伝説的アイテムっぽい名前だな。


 キムはリカバリーユニットから一歩距離をとって、一心に眺めていた。

 そして、「魂をギアー神のもとから取り戻すことができる、マニュギアーってわけね……」と、感慨深げにつぶやいた。


 まあ、そう思ってくれてもいいけど。

 気まぐれに考えを口に出した。

 「心臓が止まったあとも、本当に死ぬには時間がかかるんだ」


 瞬間的にウツな考えがひらめいた。

 ――まあ、心臓が動いていても、生きているとはいえない人生もあるがな。


 世の中を恨んで、それを糧に生きる連中。

 極端な利己主義に走る連中。

 正義や権威をかさに着て、他人を叩くことを喜びとする連中。

 どうして俺は疑問もなくそういうことができる人間に生まれつかなかったんだろうな。


 キムは信じられない、というように首を振った。

 「心臓が止まっても生きている?」


 「ああ。時間切れになる前ならね。心臓が止まってもしばらくは生きてる」

 

 「ふうん……なんかよくわかんないけど、ギアー神の御業のうちってことかしら。そういうこと? そういうことよね」


 「いや、まあ、ウルブルマとかいうのを神様が作ったんだとしたらな」

 いや、ウルザブルンか。

 ブルマ売るんじゃブルセラだもんな。

 というか、いまどきブルマはないか。

 俺が中学の頃はまだ使ってたぞ。うらやましいだろ。

 まれにブルマがずれてボンレスハムみたいにケツ肉はみ出してる子とかいてね。あれはフル勃起モノだったな。

 ……まあちょっとばかり脱線したが、いずれにしても、脳内でお手軽に御業認定してそれっきり忘れようとしているなこいつ。


 彼女は自分の中を見つめている者特有の、ゆっくりとした口調で喋った。

 「大昔は、死んだ人の魂をつなぎとめて、石の中に閉じ込めることができるマニュギアーもあったらしいけど。雷の精、巡る薄石(チップ)……」


 「チップ? 雷の精?」


 そのとき、キムが小さく驚きの声をあげるのを耳にした。

 リカバリーユニットに浮かぶ娘に、変化が生じていた。


 光の粒が前例のないスピードで大量に湧き出し、なかば娘の姿を隠すほどだ。

 その泡は膝の切断面にではなく、頭に集中して引き寄せられていた。

 そこを通過した泡は、黄色でも赤褐色でもなく、真っ赤に変色して頭上に流れ去ってゆく。

 ヴィジュアル的には、頭から大量出血している感じだ。


 「この泡が傷に触れると、体が治癒する代わりに赤や黄色に変色するんだ」


 「そうなの」

 目の前の現象に心を奪われ、うわの空で返事するキム。


 娘の半開きになった口の、白い歯の間にも粒子が入り込む。

 いきなり娘の背筋がビグンとエビ反り、唐突に口から赤い粒子を吐き出した。

 荒い呼吸に合わせて、新鮮な青い粒子が口や鼻から出入りする。


 「よかった、呼吸してる」


 「だなー……」


 ぼろぼろになった衣服をまとった娘が、本当の自分の娘のように愛おしく感じた。

 人命救助――これほど社会の役に立つことがあるか?

 異世界の社会に役立てた。

 達成感と自信が、心の奥に熱く浸みてくるのを感じる。


 そのとき、右手側でかすかな音を捉えた。

 さっとそちらをむくと、床に開いたメンテ穴から触覚が突き出している。


 ワーカーが密かにこっちをうかがってるんですけど……。


 空気中のなにかの微量成分を察知しようとするかのように、触覚がゆっくり左右に揺れていた。


 「キム」

 俺はキムに手振りでメンテ穴を示した。


 キムは無言でバイザーをかぶる。

 素早くメンテ穴に腕を向け――いない。

 攻撃の気配を察知して、ワーカーは速攻で逃げたのだ。


 キムに警戒を促す。

 「あのワーカーが仲間を連れてくるかもしれない」


 「ワーカーっていうの? あんな蜘蛛みたいなやつ、フェアボーテン・モンスター大図鑑でも見たことないわよ」


 「ダンジョンの保守点検担当モンスターだよ」


 キムは首をかしげた。

 「どういうモンスターなの?」


 いやだから、保守点検担当だって。

 「脚でひっかいたり、口にくわえた刃物で切りつけたり。そんな感じのやつらだよ」


 ふうむ、とうなって腕を組むキム。

 「そういう物理攻撃ならスプライトには歯がたたないから対処しやすいわね。ワーカーが現れたら、わたしが光魔法で攻撃するから。ヴスジーマはそっちを見張ってて」

 キムはリカバリーユニットの放つ光で照らされた方向を指差した。


 「わかった」


 ……って、おい。

 光魔法って、腕のレーザーのことじゃねーだろうな。

 完璧に赤色レーザーだぜあれ。


 治療室の薄暗い一角に去ってゆくスプライトの背中をみつめた。

 艶消しマット加工のおかげか、スプライトは速やかに闇にまぎれた。


 「暗くても大丈夫。スプライトは、熱に浮き上がる相手の形をみせてくれるから」と、闇の奥でキムが説明した。


 それより――。

 俺はキムが配置につくと同時に、さっきから気になっていた方向に視線を移した。

 うほっ。

 リカバリーユニットがグッジョブなんですけど。


 キムが俺に背中を向けていることを密かに確認してから、リカバリーユニットに視線を戻す。

 胎児のように体を丸めて水中に浮かぶ娘の服が……分解しかけていた。

 「ほうほう」

 はためく服の裾から、ふとももが見え隠れしている。


 ふくよかだった娘の体は、ちょっと目を離したすきにいくらか痩せていた。

 もとの女の子らしい健康な丸みもいいけど、スレンダーなのもいいねえ。

 目の保養だ。

 まあ、足をあえて見ないようにすれば、だが。


 気のせいでなければ――膝から下に小ぶりな新しい足が生えてきている。

 半透明のゼリーのような肉の中心を走っている白い筋は、おそらく骨。

 若干グロです。

 どういう仕組みなのか知らんが、服の素材まで分解して足の材料にしているようだ。


 ん、ちょっと待て。

 足をごく一部再生するだけで痩せてしまってるってことは?

 娘の顔をのぞくと、頬がこけはじめている。

 いかん、これ以上やせなくていいから。


 元の世界では、適当な雑誌を手にとって裏表紙をめくれば、約50%の確率でダイエット商品か開運ブレスレットの広告が載っていた。

 それだけ痩せたい人が多かったってことだね(ついでに金持ちになりたい人も多かったってことだね)。

 だが、骨と皮ばかりに痩せこけた人というのは、見ていて恐ろしい。

 これは本当だ。

 俺のじいちゃんは、俺が大学生のころ末期ガンで最期を迎えたからだ。


 まあ、ついこの間まで、あんだけ太りさらばえていたお前がダイエットを否定するな、というご指摘はもっともだが。

 別に否定していない、やり過ぎは良くないということだ。


 ……試してみるか。

 思いついたら即実行。

 アメリカン・スタイルの生き様は、アグレッシヴで素敵だよね。


 リュックの口を広げ、底の方からビニール袋を取り出す。

 丸々と膨らんだビニール袋を小脇に抱え、風神スタイルでリカバリーユニットに少しずつ投入してみた。


 落下しかけたフレークは、すぐにふわりと宙を舞った。

 下から立ちのぼる光の粒に弾かれてクルクル回るフレークもあれば、左右にフラフラしているフレークもある。

 またあるフレークはリカバリーユニットの力による庇護を失ったらしく、床に空しく落下した。


 ……うーむ。

 このようなフレークの末路には……なぜか人生を感じるね。

 さしずめ俺なんかは床に落ちたやつか。


 でも、人生なにが幸いするかわからない。

 リカバリーユニットの力が及ぶ範囲にいたフレークたちは、少しずつ形を失い、溶けていく。

 成功だ。


 「なにをしてるのよ」


 いきなり耳元で詰問された俺は、袋を取り落とした。

 「あっ」

 袋ごと全部入っちゃったよ……。

 ま、まあいいか。


 キムに非難の眼差しを向けた。

 「驚かせないでくれよ。栄養補給してやっただけだって」


 「え?」

 バイザーの奥からリカバリーユニットを眺めるキム。

 「本当ね。だんだんムギミールが小さくなってる……」


 あ、これムギミールっていうの? そーなんだ。


 娘の周りを舞う栄養源は次第に薄くなってゆく。

 そしてムギミールの雲の中から、全裸の娘が姿を現した。 

 体育座りの格好で足を抱えている。

 そして――ふとももに押し付けられたせいで行き場を失ったバストの肉が、上腕の下で溢れかえっていた。


 グーーレイトォ!

 心の中で喝采の雄叫びをあげる。


 俺の隣では、なぜか娘の胸と、スプライトのごつい金属の胸を交互に見比べるキムの姿があった気もするが、幻ということで片付けることにする。

 そうすることに決めた。


 いきなり、リカバリーユニットから俺を押しのけるキム。

 「やめなさい、眠っている隙に女の子の裸を見るなんて最低……。嫌らしい目で見るなっ」


 「なんだよ別にいいだろ。キムの裸じゃないんだから」


 キムは片腕でスプライトの胸部を隠すような動作を示した。

 「変なこと言わないでよ!」


 むちゃくちゃいうな、キムよ。

 変じゃないんだよ?

 俺ぜんぜん変じゃない。

 俺の中身は、もうアラサーもいいところのオッサンなのだから。


 さーて、今週の回想シーンは?


 子供の頃、毎年新年の挨拶をしに俺の実家に顔を出していた、親戚のおじさん。

 ビールでほろ酔い気分になると、おもむろにエロ話をはじめてたっけなあ。

 俺はもう、あの下品にガハガハ笑う、デリカシーのカケラもなかったオッサンの年齢に近い。

 オッサンが若い娘にセクハラして何が悪い。 

 エロネタでからかってなにが悪い。

 それは極めて正常なこと。


 俺はこういう人間だ。

 これ以上のものでもないし、これ以下でもない。

 ……最後なんだかどこかで聞いたような台詞回しになってしまって大変遺憾だが、そういうことだ。


 「お、もう終わるってさ」

 ユニットに表示されたゲージが、それを教えてくれた。

 

 キムは俺をじっと見つめた。

 「ヴスジーマ……ウルザブルンを使いこなすって、あなた本当はいったい何者なのよ」


 腹話術師って設定を忘れたかキムよ。

 俺は肩をすくめながら、口をパペット的にパクパク開け閉めして言った。

 「音が――遅れて――きこえるよ――」


 ゴスッ。


 「うごぉっ」

 拳がめりこむ激痛が、肋骨に走った。


 ときどき短気すぎるぞキム。

 ああそうだ、俺もあちこち怪我してるし、いい機会だからリカバリしよっと。

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