表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/65

ウルザブルン

 うそーん。 

 せっかく登場した少女があっさり逝くって……。


 いや、逝ってない。認めないよ俺。

 悪魔の名を口にすると、悪魔が来るっていうじゃん。

 言霊には気をつけないとだめじゃないか、キム。


 キムが娘を床に降ろそうとするのを、手で制した。


 娘の頚動脈を探る。

 ――脈なしです。


 顔色は?

 ――チアノーゼ引きました!

 でも病的な白さを呈しています! 

 死相ですこれ。

 だめじゃん。


 でも体はまだ温かい。

 そうだ、まだ間に合う。

 古来よりヒーローやヒロインはピンチに陥るのがセオリーだ。

 この苦労を乗り越えた先にカタルシスが待っているのだ。

 そういうことにする!


 俺はおもむろにライトで壁を照らした。

 石の表面に顔を寄せる。

 ないないないないっ。

 どこにいった? 

 記しがあるはずだ。

 あった!


 ココ↓

 

 正方形の石――プレートだ。


 「キム、こっち来て」と手招きした。


 彼女は疲れたのか、それとも失望のあまりか、片膝ついてロダン化していた。


 「……もう、死んでしまったのよ」と、諭すように言った。


 「いいから!」


 プレートに命じて、裏方との連絡口を開いた。

 気圧差があるのか、さあっと懐かしい匂いが通り過ぎる。


 キムは腰を浮かせた。

 「ちょっ……ええっ!? ヴスジーマなにをしたのよ」


 「後で教えるから。その子を連れてきて」


 イシキリを構え、片目だけで慎重に裏方内部をのぞいた。

 ワーカーもキノコもいない。

 通路の中は静まりかえっていた。


 キムも続いて裏方に足を踏み入れた。

 「うそ、第2層に隠しダンジョンがあるなんて。フェアボーテン攻略史にもそんなこと書いてない」

 その声はかすかに震えていた。


 「キム、ライト消して!」


 スプライトの広い肩がビクリと跳ねた。

 「え、あ……うん」と、キム。


 ちょっと声が厳しすぎたかね。

 ごめんキム。

 でも、通路を照らすたいまつの光と比べて、スプライトの放つ光は異質だ。

 ワーカーたちの注意を引く。

 それは避けたい。


 待機室の手前で、足音をひそめて通路の奥をうかがう。

 モンスターの気配はなかった。

 続く霊安室にも、食堂にもいない。


 まあ、いないなら好都合だ。

 いくらか警戒を解いて疾走する。

 少し後ろを、キムが余裕でついてくる。

 もうすこし、あの角の先だ。


 飛び出してから悟った。

 ダンジョン侵入者と戦ったあと、モンスターがやるはずのことを。

 そう、治療だ。 

 傷を負いはしたが、命に別状のないモンスターは治療室に集まる。

 そしていま、治療室の出入口から溢れたモンスターが列をつくっているところに、俺たちは出くわしたのだ。


 キムとの激しい戦い――というか一方的虐殺――のせいで、生き残ったモンスターのほとんどが、治療室に押し寄せたと考えていいだろう。


 こんな当たり前のことに、どうして気づかなかったんだ?

 つい数秒前までの自分が恨めしい。


 キムに警告しようとしたそのとき、傷ついた娘のぐったりした体が飛んできた。

 意識もなく、ぐにゃぐにゃしたその体は、“人間”というよりも、単なる“肉”に近い。

 数十キロの肉がぶつかった衝撃で、俺の肺から空気が叩き出された。


 「うげぇっ」

 みぞおちにめりこんだ娘の頭を押さえ、辛うじて支えた。

 なんてことしやがる。

 気が遠くなりかけたぞ。


 なんとか踏みこたえた俺の横を、黒い影がモンスターめがけて突進した。

 スプライトの突進は、その脚力ゆえ床に対してほぼ平行飛行だ。

 高層建築の屋上まで、助走なしのワンモーションで飛び上がれるほどだから当然だ。


 モンスターの列を薙ぎ倒して着地したスプライトの腕から、赤色レーザーが走る。

 直撃したキノコや芋虫が、無事に見せかけて一拍置いて爆散した。

 腕を振り、扇状の広域レーザーがモンスターを焼き滅ぼす。

 その眩しい輝きは、まぶたを閉じてもはっきりと見えるほどだ。


 俺の背後に回りこむキノコがいた。

 それに気づいて身構えたときには、すでにキムがバク転で接近していた。

 スト、とキノコの前に着地すると、スプライトはバスケのピボットターンのような動きで振り向く。

 風きり音と同時に、キノコの傘と胴体がセパレートした。

 鋭い蹴りが決まったのだ。


 落ちた傘は俺の足下にまで転がってきた。

 助かった、という思いよりも、スプライトの戦い方に戦慄を覚えた。

 とりあえず、あのスピードで運動をコントロールできるキムすげえ。


 続いて彼女は、モンスターがみっしり詰まった治療室に乱入する。

 まるで近寄るもの全てを粉砕する竜巻だ。

 ズガガガ、と奥歯を揺らす打撃音が治療室に轟いた。

 出入口から肉片がシャワーのように通路に飛び散る。


 ズ、ガ、ガンガン……。


 静かになった。

 娘の死た――間違えた。

 娘の体を抱え、戸口に立った。


 ――あーあ。


 モンスターたちは根こそぎ死滅していた。

 ついでにリカバリーユニットのうち数台も、土台が欠けたり、酷いものは床ごと消失している。

 キム、恐ろしい子!

 どんだけの破壊力だよ。

 リカバリーユニット全滅してたらアウトだぞ。


 そんな心配をよそに、キムは気の抜けた声を出す。

 「疲れたー」

 さもひと仕事終えた、とでもいうように、腕でバイザーを拭う仕草をみせるスプライト。


 血みどろの床にリュックを置いて、ワーカー直搾りの蜜を手探りする。

 リカバリーユニットの操作は、けっこう強めの意識遷移状態――つまりトリップが必要だ。


 時間がない。

 震える手で小瓶を傾けた。

 思った以上にたくさん口に含んでしまう。

 やべ、少し返納しないと。

 ごくん。

 あ、飲んじゃった。

 と、思ったら。

 キターッ。

 いきなりキタ。

 「ヲヲヲヲ……」

 強烈なRC遷移がやって参りましたよ。

 

 リカバリーユニットの上に浮かぶデータ表示に視線を走らせる。

 故障中。

 起動準備中。

 故障中。

 作動中。これだ。

 

 娘をヨタヨタと運び、円盤の上に放り投げるようにして安置した。

 というか、ありていに言うと放り投げた。

 そのくらい焦っていたのだ。


 データ表示が変化する。

 ――診断中。

 ええい、診断なんか省略しておしまい!

 ON/OFF のイメージのON側を思考でズダダダダ、と連打した。


 ふわり……。

 傷だらけの娘の体が浮かんだ。

 すぐに円盤から青い光の粒が立ちのぼりはじめる。


 もう両膝から力が抜けそうだった。

 床に手をついて、誰にともなく言った。


 「これでよし」


 あとは祈るだけだ。


 人間も含めて、あらゆる生き物の基本状態は死、なのだと俺は思う。

 生きている方が不思議なんだ。

 空気や水がなければすぐ死ぬし、ちょっとした衝撃や病気でもすぐ命の炎は消えてしまう。

 続いているだけで奇跡、そんな儚いものが、命。


 そして、生と死の境界線はあいまいだ。

 生命維持装置につながれて、境界線の上をうろうろ行ったり来たりする人も、元の世界の病院なんかには大勢いただろう。


 命の境界線の太さは、医学の進歩に従ってどんどん大きくなっていく。

 もし、リカバリーユニットが驚異的な科学の産物なら、命の境界線の太さはどれほどのものか?

 俺はそれに賭けた。


 「ブスジーマ」

 バイザーを上げたキムが、リカバリーユニットにこわごわと近づいてきた。

 「これは……?」


 説明してもわかるまい。

 ここの人たちは、ダンジョンを裏から支える驚異的な技の存在を知らない。

 強いて言えば、理解するだけの基礎的な知識もなさそうだ。

 そう判断するのは、街中で電気を使った機械を一つとして見かけなかったからだ。


 まあ、機甲鎧は別として。


 妙な具合に超ハイテクと産業革命以前の生活が混在していた。

 なぜそんなことになっているのかはわからないが。

 

 俺はこう説明した。

 「怪我を治療する魔法装置だよ」


 キムは小さく息を呑んだ。

 そして、ほとんど敬虔ともとれるささやきをもらした。

 「これは……伝説にあるウルザブルン……」


 「なんだって?」


 キムは俺の顔を見た。

 「永久の泉、ウルザブルンよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ