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雑魚敵

 ダンジョン1階に出没するモンスターは、“ハンド”というらしい。

 魔物の中でも最弱の呼び声高い、ウルトラ雑魚敵。

 キング・オブ・雑魚。

 らしいよ。


 どんなやつかと想像を巡らす間もなく、ハンドが現れた。

 ピョンピョンと飛び跳ねる、緑色のボール――それがハンドだった。

 大きな赤い単眼が体の中央部を占領し、敵意に満ちた目つきで俺たちを睨む。

 ……実にチープな造形だ。


 頭のてっぺんからはにょっきり腕が生えて、槍のようなものを握っていた。

 それが10体ほども湧いてきたのだ。

 ハンドのサイズは大きめのスイカ程度だ。

 小さいとはいえ、鋭い槍は恐ろしげに見えた。


 俺みたいなスーツにネクタイのリーマン装備では、こんなモンスターの攻撃でも、あっさり致命傷を負いかねない。


 でも、傷ついた娘を抱えているキムは応戦できないからなあ。

 ――俺がやるしかないか。


 一歩踏み出したそのとき、キムが「止まって」と俺を制した。


 スプライトの片足が後ろに持ち上がり――猛烈な勢いで蹴り出された。

 ドンッ。

 足下に転がっていた石のブロックが一撃で粉々になった。


 石のカケラは弾丸のように飛び散り、一部はハンドに一直線に向かった。

 また他のカケラは通路の壁で跳ね返って、小さな火花を散らした。


 一瞬でけりがついていた。

 ハンドたちは平らに潰れた残骸と化していた。


 俺はどろりとした体液を踏まないように、ハンドの上をまたいだ。

 キムも難なくひょいと飛び越える。

 こんなに暗いのに、危なげない動きだった。

 バイザーにナイトビジョンでも装備されているのかもしれない。


 俺はちょっと止まるようにキムに声をかけた。

 そして素早くLEDライトを準備した。


 「でけでけーん。LEDらいとー」

 とドラ○もんチックにキムにみせてやりたいという欲求は、さすがにこの状況では実行する勇気がなかった。

 機を見て為さざるは勇なきなりとは言うが、人の命がかかってるからな。

 さすがに不謹慎の謗りは免れまいて。

 ……うむ。

 改めて思う。

 ゆとり教育世代にカケラもかすってない世代のくせして、我ながらゆとりの素質すげーな。


 ライトを目撃しても、キムはこれといって反応を示さなかった。


 ――あれ、もしかして人工照明、この世界にもあるのか?


 そう疑問が頭をもたげた刹那。

 いきなり通路が昼間のように明るく照らされた。

 スプライトのバイザー上部から、強烈な光が投じられていた。


 ぜんぜん珍しくなのであった。


 大航海時代のヨーロッパ人が、原住民にタダ同然のガラス玉プレゼントして土地強奪しようとしたら、原住民が苦笑いしてクリスタル・スカルをお返しにくれるようなものだ。

 ありがたいけど、なんか恥かしい。


 「その十字路を真直ぐ」と、キム。


 「おう」


 ハンドは無駄死にしたくないのか、それ以後現れない。

 階段を下って、懐かしいダンジョン2階に突入した。


 わずかな時間しか離れていないけど、なんとなく我家に帰ってきた感さえある。

 とはいえ、キノコや芋虫がノーフェイクの俺を発見して、手加減するはずはない。

 気を引き締めてかかろう。


 「キム、最初に俺と会った場所に戻るぞ」


 彼女は返事もせずに先に進む。

 俺はついていくだけで精一杯だ。


 やがてガレキの山――すなわち、俺が恥辱の頂点・ドギースタイルでキムに初対面のご挨拶した場所――についた。


 「ここからどうするの?」とキム。


 肩で息をしつつ、俺は暗い通路の奥を指差した。

 「こっちだ」


 「おかしいわね。モンスターがぜんぜん姿を見せない」


 「キムが強すぎるからスルー決め込んでんじゃないか?」


 キムは首をかしげた。

 「そんな話、聞いた事もないけど」


 「別にいいじゃん。出てこないならさ」


 モンスターが現れないのをいいことに、ずんずん進んでいった。

 そして、ある袋小路で止まった。


 キムがぐるりと見渡した。

 「こんなところに誘い込んで、いったいなにが――」

 言いかけて、彼女は俺の方をじっと見た。


 ――あれ、なんか俺にあらぬ疑惑持ってね?

 そういう視線、敏感に察知するよ俺。

 疑ったね、疑ったよね?


 会社帰の夜道を歩いて帰宅するとき――前を歩いているOL風の女性が警戒してさっと振り返ったり、走り去ったりすること、あるよね。

 元の世界の男子学生やリーマン諸君ならわかってくれると思う。

 ひどいケースだと、はたと立ち止まり、ハンドバッグを楯のように抱え、俺が通り過ぎるのをじっと目で追いかけたり。


 どんだけ変質者オーラかもし出してんだよ俺。

 失敬な。

 襲わねーよ。

 いくら深夜とはいえ住宅街みたいな人目の多いところで!


 というと語弊があるが、キムよ……信用しようよ、他人を。

 社会は他人への信用で成り立ってるんだからさ。

 信用できなくなった人間は、一歩も家の外に出れなくなるんだよ。

 疑心暗鬼の末路は餓死なんだよ。

 水や食べ物も、多かれ少なかれ他人を信用しているからこそ体にとりこめる。

 日常利用するものに罠があるんじゃないかと疑いだしたら、とても生活できない。


 しかし、単に利益だけをあげたいなら、他人を騙し利用すればいい。

 それが最適解だ。


 ――あくまで短期的には。


 自分だけ得をしたい欲求を我慢して、他人の利益も導く。

 この互恵関係があるからこそ、社会は維持されている。

 他人が他人を信用する――その心の動きこそが、人間に社会を、経済を、技術を、力をもたらしているのだ。


 ……おお、いま俺いいこと言った!

 意外と賢者気質あるんじゃね?

 俺のジョブ適性も方向性が定まってきたようだな。

 伝説の賢者毒島!

 かっこいいじゃん。


 そのとき、スプライトの腕に抱かれた娘が、ひとつ大きく喘いで――ぐったりと力を失った。


 キムが「いやあ!」と叫んだ。


 ――おいおいキム君。この世には慌てたり騒いだりするようなことなど、何一つないのだよ。


 ガンジーのごとく瞳の上に静かな叡智をたたえた(気になっている)俺に、キムは悲痛な声で言った。


 「死んじゃった」


 ……。


 「ええええええ!?」


 俺は驚愕の悲鳴をあげた。

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