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再エントリ

 俺たちは駆け足でゲートを再びくぐった。

 数十メートル先には、さっき脱出したばかりのフェアボーテン・ダンジョンが口を開いていた。


 先を急ごうとする俺たちの前に、中年男が立ちふさがった。

 「お客様、料金はお支払い済みですか」


 金かかるのかよ。

 現れたのは、慇懃だがどこか横柄な態度がにじむ男だった。

 着丈が異様に長い白の上着が、なぜか彼の態度にしっくりきている。

 俺には冷たい一瞥をくれたが、キムに対してだけは満面の笑みを浮かべて深々と会釈した。


 「おやこれはユニティ様。本日は数年ぶりにご来訪頂けたのに、一日に二度目の来訪をして頂けるとは」


 表向きは歓迎の表現だが、「一日に二度も来るな、空気読め」という言外の含みがあるように思えた。

 思えた、というのは不正確だった。

 確実に含みがある。


 薄い笑みを浮かべる男の後ろでは、大勢の男女が働いている。

 それはさっきと同じだが、なぜか今度は職員? の間に緊張の気配があった。


 「何か不都合でもございましたか?」


 男の柔和そうな表情は、いつわったものだと直感した。

 こっちだって、伊達にアラサーしてない。

 緊張のためか、男の口許の皮膚が張りつめているのがわかる。


 プレートに念じると、男の基本データが表示された。

 ふうん。ダンジョン・ギルドの支配人か。


 キムが進み出て彼を見下ろした。

 バイザーは外さない。

 支配人もキムが腕に抱えた少女に視線を合わせない。

 「ギルドの運営ご苦労様です。あなたがたの立派な仕事ぶりには文句のつけようもありません」


 支配人はうなずき、大人しく誉め言葉の続きを待っている。


 キムは続けた。

 「所用があります。再度エントリーします」

 

 支配人が小首をかしげた。

 「所用と申しますと……」


 「ダンジョンで確かめたいことがあります」


 支配人はスプライトが抱えた娘に視線を走らせた。

 「ははあ、なるほど。しかし、そちらの従者の方と……実験材料の方については別料金が必要になりますよ」


 実験材料とは、悪意のある表現だ。

 キムは押し黙った。


 「いやはや、大変申し上げにくいことですが、本ダンジョン・ギルドは株式会社ですので、いくらキー保有者のかたであっても正規の――」


 キムは男の言葉を遮った。

 「おちぶれた領主には特別待遇を用意する必要はないということね」


 支配人は、かみしめるようにゆったりと言った。

 まるで、俺たちがとてつもなく急いでいることを察しているかのように。


 「いや、そういうわけでは。ただ、わたくしどものような雇われ人には、社内規則を破ってまで人情を押し通す権利も力もございませんのでねえ。残念なことです」


 キムはかぶりをふった。

 「もはやユニティ家に所有権がないのはわかっています。ただ、はっきり申し上げて……いまは二人分の現金の持ち合わせがないのです」

 いまは、と強調するキム。


 そういえば‟分析”したときのキムの所持金は6ダカットくらいだった。


 にしても。

 このダンジョンを運営するギルド?

 それの所有権?

 没落貴族、ユニティ家か……。


 会話の端々が、なんかいろいろ俗世的な軋轢を暗示してるが、そんなことに関わってる時間はない。

 俺はリュックのサイドポケットからコインを取り出し、金貨を乗せたてのひらを差し出した。


 「!?」

 支配人が俺のてのひらを二度見した。

 「ダカット金貨!?」


 「どうぞ」


 支配人はキムに向かい、「ええと、こちらの従者の方がお持ちのようですが……」と言葉を濁す。


 俺はキムに目配せした。

 察しが良いことに、彼女は即わかってくれたらしい。

 仮に動揺していたのだとしても、それを見事に隠していた。


 「従者に預けていたのを失念してました。その金貨で支払います」と、キム。


 「では……4ダカットのお返しですね」


 いかにも出納係といった風情の痩せた男が小走りで支配人に近寄って、硬貨を渡した。


 支配人は銀貨を慎重に一枚ずつ数えながら、俺の手に戻した。

 そして例の作り笑いを浮かべ、彼は俺たちを送り出した。


 「天の恵みが常に御身をとりまき、御身のまわりにありますように。つつがなく魔を打ち払われんことをお祈りします」


 キムは無言でうなずいた。


 薄暗いトンネルに入ると、キムは目に見えて緊張をゆるめた。

 「わたしあの支配人のこと、子供の頃から苦手なのよね……」


 うん、見ててわかったよ。


 「ところで!」


 キムが発した突然の大声に、俺は屁が漏れるほど驚いた。

 驚かすのやめて、もうここダンジョンの中なんだからさ。

 「な、なに」


 「あなたね、そんな大金を持ち歩くなんて、殺してくださいってお願いしているようなものよ。自重しなさい」


 マジで?

 この世界はそんなに治安悪いのか。

 それともとんでもない大金なのか。


 それはともかく。

 今は、今だけは現実的な仕事に打ち込みたかった。

 スプライトの腕の中では、一人の人間が冷たくなりかけているのだから。

 立ち止まって冷静になったりしたら、もう恐怖に負けてしまうとわかっていた。


 「ああ、わかったよ。ダンジョン2階に急ごう」

 俺は短くこたえて先を急いだ。


 キムは、俺がなぜこんな大金を持っていたのか詮索したりはしなかった。


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