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地上

 並び立つ高層ビル。

 どこまでも伸びる喧騒に満ちた道路。

 そして活気に満ちた膨大な数の人々。

 それが異世界の社会だった。


 しかし、そこにある高層ビルは天を突く白亜の塔ではない。

 歪んだ木造建築である。

 危なっかしく隣の建物と押し合いへしあいしながら、辛うじて立っている高層木造建物だった。


 道路は建物から張り出したひさしや店先を占領する屋台のせいで蛇行し、人力車や馬車の御者が大声で怒鳴りながらたどたどしく動いていた。


 乗り物の車輪のそばを走りまわる大勢の小さな子供、中くらいの子供、そして大人と変わらないほど大きな子供たち。

 髪はぼさぼさで顔は薄汚れているが、なぜか子供たちが着る服だけは割と新しい。


 「おっと兄ちゃんごめんよ」

 一人のおっちゃんがゲートを通りぬけざまに肩にぶつかってきた。


 「ああ、いえ」

 反射的にそう答えていた。

 

 「ちょっとヴスジーマ! あなた――」

 驚愕に目を見開いたキンバリーが、俺の方に手を伸ばした。


 それを相図にしたかのように、ゲートの外側に座っていた大勢の子どもたちが俺の足下に押し寄せてきた。


 「この貝殻買っておくれよ」「配給クーポンちょうだい」「俺、おまえんちの子にしてくれていいぞ」

 どいつもこいつもバラバラのことをわめきながら、俺の足にしがみつく。


 「やめろ、靴引っ張るな。うおっ」

 小さな女の子が俺の股間を握って流し目をくれた。

 なんなんだこいつら。


 キンバリーちゃんが俺の腕をぐいと引いた。

 「馬鹿ねあなた。スリにあんな返事をしたからよ」

 

 ガキの一人など、俺が持つ剣の鞘に両手をかけて奪い取ろうとする。

 「これ俺んだ。俺が落したんだ!」

 鼻水を振り回して叫ぶクソガキ。


 「うそつけ。やめっ、汚ねえだろっ」

 これこれ麗しいお子様よ。鼻水つけようとしないでくれ。


 キンバリーちゃんが助け舟を出した。

 「従者ヴスジーマに命ずる。我が戦利品に手を出す者は貴族に手を出すも同じ。切り捨ててよい」 


 「はいっ」

 俺は素直に了解した。


 シュッ。

 ガキどもが瞬時に霧散した。


 ――元の世界の小学生より、どうみても素早さで10倍、生命力で100倍は上回っているな、ここのお子様どもは。


 「しっかりしなさい。情けない態度をとると、養民の子供にたかられるわよ」


 「ああ、よくわかりました」


 この世界では、どうやら貴族とか装甲騎士はおっかない存在らしい。

 ガキどもはキンバリーちゃんを警戒して、様子をうかがっていたのだろう。

 一瞬の油断も許されない社会みたいだな、ここは。


 それにしても、身分制度かよ。

 道の両サイドにそそり立つ木造建築、馬車、汚い道路……どう見ても技術文明とは縁もゆかりもない社会。

 個人用強化装甲服とのミスマッチ指数が半端ない値を示していますよ。


 と、次の瞬間、ミスマッチ指数は常識の天井を突き破って天に届いた。

 大通り沿いの大きな建物の曲がり角から、ドシンドシンと杭打ち機のような音を響かせ巨大ロボットが登場したからだ。


 白い金属の外殻には見慣れぬ模様が描かれている。

 肩には布――おそらく8畳間のカーペットくらいある――がかけられ、そこに木組みの板と荷物が載せられている。


 3秒に一歩のゆっくりしたペースで歩く巨大ロボットの、胸のあたりには、人が搭乗しているのが見て取れた。

 コクピットだ。

 あそこで操縦しているのか、うらやましい。

 巨大ロボットを動かせるなんて、全男子が抱く夢ではないか。


 ロボットの頭部までの高さは、地面から20メートル近いだろうか。

 建物の階数を数えると、7階建てと同じくらいの背丈だ。


 白のタスキをかけた男たちが地上から巨大ロボットを先導している。

 彼らは棒を振り回し、巨大ロボットの足下をウロチョロして歓声をあげる子供たちをぶっ叩いている。


 「ね、ねえ、あれ……」


 キンバリーちゃんは、振り向きざま、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 「あんな大きいだけのでくの坊! わたしのスプライトとは比較にもならないわよ」


 「え、じゃあキンバリーちゃんのスプライト? の方が、あのデカブツより強いんだ」


 キンバリーちゃんは胸を反らした。

 「もちろん。なんで知らないのよ。薄々察しなさいよスプライトの潜在的な強さくらい」


 わからねえよそんなもん。

 この世界の連中は見ただけで強さがわかるものなのか?


 とりあえず無知な田舎者を装っとくか。

 「いやあ、極度の田舎者でがんすから」


 「さっきと訛り変わってるわよ」


 「そうでがんすかね。いやあ、察しが悪くて申し訳ないけど、いまはっきりわかった。やっぱり全然違うわー。スプライトはこう、秘められた力みたいなものが内側で輝いているよね?」


 キンバリーちゃんの顔に微笑みが浮かんだ。

 「見る目あるじゃない。ヴスジーマの直観力も捨てたもんじゃないわよ。これはユニティ家に代々伝わる機甲鎧だもの。1000年前の降魔戦争のときに作られたのよ。ここ数世紀のマニュギアーの製品とは質が違うわ」


 彼女の説明によると、ここ1000年あまりの間に、マニュギアーという組織だか機械だかに作られた機甲鎧は、昔よりずっと大きくなっているらしい。


 もはや鎧というレベルのサイズではない。

 あんなに大きくては、むしろ周りの人間の命が危なそうだ。


 それに正直、骨董品のスプライトの方が遥かにクールなデザインだ。

 どちらかというと、巨大ロボットは70年代のロボットアニメから抜け出してきたような印象を受ける。


 「あれは機甲士修道会テンプルナイツの機甲鎧、オライオン。こんな田舎町にも配備するなんて、さすが教会ね」と皮肉っぽくつぶやくキンバリーちゃん。

 「それをあんな馬鹿に使わせるなんて、信じられない」


 視線の先をたどると、巨大ロボットが寿司折りぶら下げて千鳥足で帰宅する半世紀前のサラリーマンのような足どりでよろめいていた。


 ロボットの胸に描かれた文字みたいなものの正体がわかった。

 「オリオン座か」


 「なにが?」とキンバリーちゃん。


 俺はキンバリーちゃんを見上げた。

 「あの紋章。軍用機のノーズアートみたいなものかな」


 「オリオン座っていうの? あの模様。確か教会の聖紋の一つだったと思ったけど」


 「ふうん」

 異世界だから星座も違うのかな。

 まあいいや。


 キンバリーちゃんの声が厳しくなった。

 「危ないわね。あれじゃ――」


 そのとき、鋭い悲鳴が空気を切り裂いた。

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