おそとの世界が見えてきた
無人の廃墟というものは、物陰から何者かがこちらを凝視している気がするものだ。
薄汚れているせいだろうか、表方は裏方よりもその感覚を強く感じる。
元の世界からもってきたスーツに着替えているさなかにも、見られている気がした。
せっかくだからネクタイも締めてから、キンバリーちゃんを振り返った。
「着替えた」
キンバリーちゃんが俺の着替えシーンをガン見していた。
あんたか視線の源は。
彼女はささやき程度の動作音をさせて腕を組みかえると、俺をバイザー越しに見下ろした。
「なによそれ。変な服ね」
「俺の故郷では普通の格好だったんだけど……」
「ふうん、まあいいわ。地上に戻るから、ついてきなさい。ほら、従者らしく剣を鞘に入れて両手で持ちなさいよ」
さも当然のように命令するキンバリーちゃん。
見た感じ14、5の小娘に命令されては、アラサーの威厳台無しである。
まあ、リカバリーユニットのおかげで若返っているし、タメ口でも全然おかしくはないのだが。
よーし、そっちがその気なら、タメ口会話するぞ。
俺、かなり重度の女の子苦手スキルのホルダーだけど、これから克服していこうじゃないか。
中・高・大学と、ぜんぜんできなかった女子とのナチュラルトークを堪能してやる。
反撃の狼煙はもうあがっているぞ。
マインドコントロール開始。
俺、女子と目を合わせられる。
俺、女子と超ふつーに会話できる。
俺、女子と仲良くなれる。
ブランニュー俺ならできる。
社会復帰するって決めた。人の間で生きようと決めたんだ。
できる、お前にはできる、イエス ユー キャン!
「命令形ですか。俺の方が年上だと思うけど。キンバリーちゃんいくつなの。14? 15?」
素早く振り返って、俺の顔をまじまじとみつめた。そして、素っ気無く言う。
「16」
「俺の方が年上じゃん」
「そんなの関係ないでしょ。わたしの方が身分が上なんだから」
そうかー身分かー。
まあ、抗議しても無駄そうだ。
両手がふさがっているとプレートに触れられないから、ベルトの内側にたくしこんで、腹とプレートを密着させる。
物理的に接触していれば、体のどこに触れていてもプレートとのアクセスに問題はない。
キンバリーちゃんのあとを歩きながら、俺は表方の通路が裏方のどの部屋や通路と隣接しているのかを、頭の中でつきあわせた。
表方の方が、むしろ裏方より面積的に狭いようだ。
ダンジョン中心部に向かうにつれて、表方の破壊ぶりは徹底していた。
しかし、戦い敗れたはずのモンスターの姿はすっかり片付いていた。
「キンバリーちゃん」
先を歩く彼女に声をかけた。
「……なに」
「モンスターの死体があったはずだけど、あいつらってどこに消えるの?」
「は? サルベージのくせして知らないの?」
俺は頭をかいて答えた。
「いやあ、本業は腹話術の方だったりするので……」
「ふうん」と興味なさそうに相槌をうつキンバリーちゃん。
「モンスターはどこからともなく自然に現れて、死んだらどこかに消えるのよ。それがどこかなんて知らないわよ」
知らないくせしてなぜ上から目線?
「人間も同じなのかな」
「モンスターみたいに消えるかってこと? そうね、パーティーの脱落者はモンスターと同じようにいつの間にか消えてしまうわね。ある冒険者は、死体が壁に呑みこまれたと話していたけど」
「そうなのか」
なんだ、この世界の連中は裏方をことを知らないのか。
焼け焦げやひび割れの目立つ通路は、ダンジョンの中央部で上下に抜ける階段につながっていた。
俺は壁に近づいて、何気なく指の関節で石を叩いた。
この真裏が霊安室だと思う。
数十センチの石を挟んだところに裏方の世界が広がっているのかと思うと、妙に郷愁というか、愛着のようなものを感じている自分に驚いた。
無言で階段をのぼるキンバリーちゃんの後を追う。
もうダンジョン1階に入ったはずだ。
心の中の弱い部分が、1ヵ月以上に及んだニート生活を懐かしんでいた。
強く首を振って、迷いを断ち切った。
俺はもう、社会から奪おうなんて思わない。自分以外の何かのために生きよう。
キンバリーちゃんのために生きるのもいいかもしれない。
探していた剣を俺が持っていたというのも、何かの縁だ。
そう思って彼女のゴツゴツした装甲で覆われた背中を見た。
すると、唐突に彼女の輪郭が眩しく輝いた。
違う、外の光だ。
それはダンジョン1階の入口だった。
そこをくぐると、高く広くくり抜かれた洞窟に光が差し込んでいた。
まだ正午の勢いを失っていない陽の光は、薄暗がりに慣れた目に痛かった。
目を細め、キンバリーちゃん以外の異世界人を眺めた。
小さな机と木のキャビネットが洞窟の壁沿いに並び、20人ほどの男女が働いていた。
衣服は丈の短い上着――チュニックというのだろうか――を羽織り、簡素だが真新しい白のスラックスを身につけていた。
全体に衣服には無頓着な印象を受ける。皆おなじような大量生産品を着ていた。
住民はみな西洋人風の容貌なのかと思ったが、髪は黒く肌も浅黒い人が多い。
大きな目をしたエキゾチックな顔立ちの女性を観察した。
ダンジョンから生還した俺たちに、ほんのわずかでも注意を向ける者はいなかった。
誰も彼も、わき目もふらずに働いている。
洞窟の天井にはいくつか穴があいており、陽射しが差し込んでいた。
木枠で支えられた大きなゲートに目を止めた。
洞窟と外界とを仕切っているそれは、とても頑丈そうだ。
にしても、木って。
強化装甲服があるのに、木造ですか。
よく見れば、洞窟内部に人工照明らしきものはどこにもない。
それに、何かが決定的に足りない。なんだろう。
はたと思い当たった。
パソコンがない。
地面を這うケーブルやディスプレイもない。
どうなってんだ、この世界。
目につくもの全てが原始的過ぎる。
――おかしい。
心の中で疑問が膨らんでゆく。
歩幅がえらく大きい強化装甲服の歩みは速い。
走ってキンバリーの背中を追いかけ――木造ゲートをくぐった。
はじめ、目の前は明るい日差しに白く塗りつぶされた。
やがて目が慣れると……外には俺の想像を超えた光景が広がっていた。




