中の人
その声の主は、声優でも余裕で務まりそうな透明感のある声音をしていた。
言葉が通じなくてもそれはわかる。
声優に必要な能力とは、きっと非言語的な性質のものなのだろう……って、そんなこと悠長に考えている場合じゃない!
我に返った俺から、
「いやぁぁ、見ないでぇっ!」
とエロゲーっぽい台詞が口をついて出てきた。
誠に遺憾である。
俺は弾かれたように正座すると、キノコの傘で前を隠した。
その結果は、まあ、何しろこれキノコですから。
赤黒い巨大な亀さんヘッド的なモノを股間に装着した人物に成り果てるのはこれ、必定であった。
見た目のいかがわしさ、倍率ドン更に倍である。
(すまん……我ながら例えが古過ぎる感が否めないのは自覚している)
こうなったらもはや、強化装甲服の中の人が、酸いも甘いも噛み分けた熟女であることを祈るばかりである。
これがもし年端もいかぬ美少女だったりしたら……もう自害しかない!
コシュウゥゥ……。
中の人が首もとに指を伸ばすと、圧搾空気の抜けるような音と共に、どことなくプレデター臭のするバイザーが後ろにずれた。
バイザーと胴体の隙間から、ファサリと髪が肩にこぼれた。
もうだめだ! 絶対若い女だ!!
いやいやいや。いい歳してロングヘアーの独身女性が俺の職場にもいたぞ。まだわからん。
バイザーの奥から現れたのは――
目を疑うほどの美少女だった。
こぶりな顔に、ある種の挑発的な光を宿した大きな目。
そして何よりその釘宮ヴォイス。
いや釘○ヴォイス。
……完璧なんですけど。
完璧すぎて近寄りづらいことこの上ないんですけど。
俺はますます縮こまって、キノコフェイクを股間におしつけた。
これでひんぬーだったら、俺、俺……。
やべえ!
超やべえ!
人生最大の危機がやってきたんですけど!
キノコの中で別種のキノコが、80年代後半の日本人のように浮かれ始めた。
――バブルである。
「あzsxdcfvgbhんjmk?」
俺はうつむいたままつぶやいた。
「あのーすみませんがー、言葉がわかりません」
日本語でおkです。
とにかく鎮まれい、俺。
「qzwぇcrvtbyぬm!?」
いきなり目の色を変えて、美少女が俺に腕を向けた。
そこにレーザー砲かなんかが仕込まれてるのは、すでに実演済みだ。
なんでキレてんの?
視線をたどってわかった。どうやら美少女は俺が腰に差しているイシキリに目をつけたらしい。
命が危ない局面だが、実のところ俺は銃口を向けられたことに、むしろ祈りたいほどの有難さを感じていた。
股間のバブルが弾け、デフレ局面に入ってくれたからだ。
黒ずんだ銃口を直視して申し出る。
「これ? 献上しますです。はいどうぞ」
剣を鞘ごと手もとに転がった石の上に置いた。
美少女は明らかに驚きの表情を浮かべていた。
「ぽいうytれwq?」
なに喋ってるんだかしらんが、いかに 美少女とはいえこんな危ない人物はノーサンキューだ。
とりあえず人差し指を一方の手で握り、いとまごいを申し出た。
「ではわたしはこれにてドロンさせて頂いて――」
いきなり足下の床が赤熱した。
「あっつ!」
レーザーで床を撃ったのだ。
いくらか遅れて、熱い空気が顔にふきつけた。
――もしや献上品が不足してたか!?
あわててリュックを下ろすと、美少女は警戒して、一歩距離を取る。
――警戒することないのになあ。爆弾とかじゃないよ?
自分の姿を見下ろした。
……無理もないか。
不審者だよなー、明白に。
リュックから新たな献上品を取り出す。
ナイフ。
全然興味がないようだ。
フレーク一袋。
鼻の付け根に皺を寄せて、嫌な顔をする。
これならどうだ。
タブレットPC。
これにはいくらか興味を示したが、液晶画面をいくらかつついて、それで興味を失った。
投げ捨てようとするのを慌てて押し留めた。
なにをするか、アマゾンマーケットプレ○スで9800円もした高級品ぞ。
リュックを掻き回した。
おお、そうだこれなら――。
プレートを手に取った。
ダンジョンの一部なのだし、珍しいかもしれない。
手に触れた瞬間、美少女の周りに白い矩形領域が出現した。
つまり、デスクトップ上でマウス左クリックでドラッグしたときのように、四角い枠ができたのだ。
プレートのサーチ機能だ。
これは……。
心の中で『分析』と命令した。
『機甲騎士
攻撃力 3019
防御力 2006
能力 発展型敏捷性 改良型光魔法 基本型武術 ノブレス・オブリージュ
6ダカット3ソルド』
これが美少女の能力か。
……攻撃力の端数19が生身の攻撃力だとしたら、俺より多いじゃん。
いきなりしょんぼりする事実を発見してしまった。
あ、でも防御力は12だもんね俺。
この子も倍もある……けど、ぜんぜん自慢にならねえな。
ところでこの、光魔法とか武術ってなんだ。
「弁明の機会を与えているのだけれど。それとも力ずくじゃないとだめかしら」
ん? 日本語!?
明らかに美少女の言葉の意味がわかった。
「言葉がわかった。これもプレートの力か」
いかつい強化装甲服が、難詰する少女のように腰に手の甲を当てる。
ちょっと滑稽な仕草だ。
通常、このボディランゲージは立腹や高圧的態度を暗示しているが……単刀直入に言って、かわいいです。
装甲服越しに可愛らしさを伝えてくるとは、たいしたもんだ。
「やっぱり喋れるんじゃない。反抗しても無駄よ」
「おお……」
会話が成立してるし。
……すげーな、プレート。双方向リアルタイム翻訳かよ。
たぶん例のゲシュタルト崩壊チックなユニバーサル・インターフェース・テクノロジーを使っているんだろうな。うん。
互いに自分の言語を喋っていつもりのに、自動翻訳されてしまうわけだ。
妙に納得した俺のことを、美少女は厳しい眼つきで見下ろした。
「その剣をどこで手に入れた?」
「どこでって、その……」
ごにょごにょと喋る俺に対して、瞬間的にイラッとしたのだろう。美少女は銃口を俺の額に向けた。
即答した。
「死体から頂戴しました!」
美少女はなぜか言葉に詰まった。
「……そう。ミステリーボックスから取ったんじゃないのね?」
ミステリーボックス? 宝箱みたいなものか?
「いや、死体のそばに転がってた……」
盗んだのか、と叱られるかと思ったが、彼女は納得したらしい。
腕を下げてくれたのでほっと胸を撫で下ろした。
レーザーの他に、どんな凶悪な武器が隠してあるのか知れたものではない。
「確かに、死んでいたのね」と念を押す。
少女の表情に戸惑いつつも、記憶をたどり正確にこたえた。
「2週間ちかく前に」
「そう……」
つぶやいて唇を噛む。
その悲しげでいて困ったような表情がまた、えもいわれぬ可愛らしさだった。
「あなた雇われサルベージね。ではこれは、わたし、ユニティ家が機甲騎士キンバリー・ユニティが預かる」
そうですか。騎士様ですか。
ご機嫌を損ねないうちに退散してくれるなら、剣くらい安いものだ。
俺はてのひらを上にして勧めた。
「どうぞどうぞ」
しかし、キンバリーちゃんは俺を見て、なぜか驚きの表情を浮かべた。
まるでダチョ○倶楽部の譲り芸をはじめて見た子供のように、ポカンと口を開けていた。
彼女は呆れたとでもいうように首を振った。
「……あなたサルベージでしょ。上層平民……というわけじゃなさそうだし」と言って俺を上から下まで眺めた。
そして独り言のように呟いた。
「上層でも平民は平民よね。でも、せっかくの獲物を恩賞の証文もなしで手放す平民がいるわけないし……」
平民平民て連呼するとは……ヴァリ○ール家の三女ですかあんた。
気がつくと、キンバリーちゃんは俺の顔を見ていた。
「名前はあるの?」
俺?
あるに決まってんだろ。
名前を告げると、キンバリーちゃんは改めて俺の顔を見た。
「それだけ?」
「それだけって?」
なにいってんだ?
「別にいいけど。それにしてもブスジーマっていった? 変わった響きね。階級は?」
さっき上層平民とか言ってたよな。
「上層、平民?」と適当に捏造してみる。
「そう、じゃあ騎士と一緒にいてもおかしくないわね。ついてらっしゃい、もうここから出るでしょ」
「ああ、うん」
「この剣がジュワユーズだってことは知ってるわね。テンプルナイツの聖遺物。それを盗んだ男の死に様を、証人として教会に報告しなさい。10ダカットくらい下賜金をくれるかもしれないわよ。たぶん」
「ふーん、10ダカットねえ。じゃあ一緒に行かせてもらっていい?」
俺の返事を聞いてキンバリーちゃんはクスクス笑った。
「あなた本当に平民らしくないわね。はしっこいところが全然ない。それに連中の軽薄で作り物っぽい敬語も使わないし」
なんだかわからないが、とりあえず誉めてくれたらしい。
プレートが伝えてくる彼女の言葉は、好意的な印象を帯びていた。
こんな美少女と喋ったこともなければ、お近づきになったこともない。
ちょっとドキドキした。
「よっと」
髪を器用に強化装甲服にたくしこむキンバリーちゃん。
首元をなでると、背中側に後退していたバイザーがせり出して、彼女の顔が隠れた。
カチリ、と小気味よい音がして密閉されたのがわかった。
それにしても個人用の強化装甲服に剣にレーザーに身分制度か。
いったいここはどういう世界なんだ?
キンバリーちゃんは、顎をつまんで考える俺の横顔を、しばし観察してから言った。
「ちょっと気になったんだけど。ヴスジーマ、腹話術ができるの?」
「え?」
ヴスジーマって。
――感動だ。
てぃーんえいじゃーに名字で呼ばれるなんて。
会社の連中にジョンイ○だの毒男だの言われ続けた俺には耳福です。
ニヤニヤしだした俺に、若干ひるんだ表情でキンバリーちゃんが言った。
「あなた喋るのと口の動きが合ってないわよ」
おや、ということは?
このプレートで翻訳していることに気づいてないのか?
手に持ったプレートに視線を落とした。
ダンジョンの壁のブロックにしか見えないからな。こんなもの切り取って持ち帰ったやつなんて、俺が史上初だったりして。
だとすると、プレートの使用法を知っているのは、俺の強みになるかもしれない。
とりあえず誤魔化さないと。
「そう。俺の故郷の村の人間はね――」
目頭を押さえ、早口で続ける。
「呪いのせいで腹話術しかできない星のもとに生まれているんだ」
嘘過ぎて話にならないが、最悪怒り始めたら冗談ってことで笑いに変え――られるといいな。
チラ。
指の間から、キンバリーちゃんの様子をのぞき見る。
キンバリーちゃんは嫌らしい虫を払うような動作をみせた。
な……に?
キモイ昆虫扱い!?
せっかく異世界にまで来たというのに、元の世界と同じ扱いですか?
女こえー。美少女こえーよ。
――イッキだ。これは一揆おこさねぇと。
などと、婚活失敗時の二の舞の心理状態になりかけたそのとき、キンバリーちゃんはしびれを切らしたように叫んだ。
「あのねえ……隠しなさいよソレ!」
彼女の指先が向いた方向に補助線を引くと……俺の股間を指していた。
――あ、キノコ支えるの忘れてた。
俺の股間は開放感溢れるフルオープン状態になっていた。
しかも、バブルの後遺症か、普段よりも若干見栄っ張りな状態になっていた、とここで付け加えておこう。
……誰か俺を殺してください。




