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強制退去

 リュックに荷物をつめていると、小学校の遠足を思い出す。

 あれこれと必要なものに思いを巡らせるのは楽しいものだ。


 その感情は大人になっても健在で、現にフレークや拾い物を隙間なく詰め込みたくなる。

 そんな俺だから、もちろん落ち物系パズルゲームが好きだったりする。


 靴や衣服も残らずリュックにつめた。

 ライオンキ○グのポスターは置いていくことにする。

 過去の自分との決別、そのシンボルとして。

 今日まで、この殺風景な石の小部屋に彩りを添えてくれてありがとうな。


 ワーカーに引っかかれた手の傷は、ガムテープをはりつけて応急処置をした。

 これはあとで治療室で治すとして、その前に第2マイホームに隠してあるカネをとってくるか。


 手元には金貨5、6枚しかない。

 だいたい70ダカットくらいか。

 日本円換算で1ダカットがいくらかはわからないが、これたぶん黄金だし、相当な価値があるのだろう。

 当座の生活資金として、とりあえず50枚くらいは持っていくことに決めた。


 全裸にベルトと鞘を装着し、イシキリを差す。

 武器を装備するとモンスターの警戒を招くが、この時間帯ならモンスターと出会わずに済むかもしれない。


 たいまつの一つを手にとる。

 忘れ物はないだろうか。


 傘をかぶって、狭いマイホームを最後に振り返った。

 ゴミだらけの汚部屋だが、汚すことで自分の持ち物だと実感できるという側面があると思う。

 今ではこの部屋に愛着がわいていた。


 外の世界、か。

 断片的な情報から漠然としたイメージを築いてはいた。

 欧州風世界観の中世的社会。

 魔法あり。

 たぶん身分制あり。

 いろいろな社会的矛盾やあからさまなな差別といった問題もあるだろう。

 人間の目をそむけたくなるような汚い一面を何度も見せつけられるに違いない。


 それでもかまわない。

 社会の一員として、生きていきたい。

 人類はその誕生のときから、社会に労働力を供給して生きてきた。

 働くことができないと、人間は次第に狂ってしまうと思う。

 

 さて、出発しよう。

 霊安室からダンジョンの表方にアクセスできると思う。

 うん、プレートがあればきっと大丈夫だ。

 

 と、そのとき物音に気づいた。

 ごと、ごと、と何かを動かす音。

 足の裏でも振動を感じた。振動は次第に高まり、不安が心に兆した。

 支えるものを探すかのように壁をまさぐり、中腰になって身構えた。


 振動と音がピークに達したそのとき、メンテ穴から弾丸の勢いでワーカーの胴体が噴出した。

 反対側の壁に激突した胴体は、平たく潰れて床でクルクル回転している。


 「ギッ」

 メンテ穴から頭を突き出したのは黒ワーカーだった。赤い目で俺を見ている。


 「やべっ」

 みつかった!

 退去しようと思っていた矢先に、なんてついてないんだ俺は。

 後ろ手に壁のプレートに触れて、通路に飛び出す。


 「ギィィ!」

 かかとが一体の黒ワーカーを踏み潰した。


 足の裏に鋭い痛みが走る。潰れたワーカーが、最期の一撃で俺のふくらはぎを傷つけていた。

 俺は全裸に裸足だ。

 傷ついたのがアキレス腱でなくてよかった、と咄嗟に思った。


 通路には続々とワーカーが現れはじめた。口もとには銀色の器具をくわえている。

 このワーカーたちは、どう考えても、友好的な存在ではなかった。

 ハサミを振り立てて寄ってきた一体のワーカーを、たいまつで殴りつけた。


 「ギギッ(怒)」

 険悪な鳴き声を放つワーカーたち。

 殴りつけたことで、完全に敵だと認識されたっぽい。


 床を這うワーカーを避けつつ、全速力で逃げ出した。

 本能的に広くて明るい通路を目指す。

 通路の奥は暗くて薄汚れている。間違ってもそんな場所でワーカーに取り囲まれたくはなかった。


 「ギチチッ」


 立ちふさがった一体のワーカーを、ジャンプでかわす。

 ワーカーは小さな金属のハサミをリーチいっぱいに伸ばすが届かない。


 T字路に飛び出した俺は、勢い余って壁に衝突した。

 その衝撃で、乾燥しつつあったキノコフェイクの縁が欠けた。


 通路に転がったキノコのカケラは、通りかかった芋虫モンスターの顔にぶつかった。

 芋虫は緑色の複眼で俺を見た。

 何となく、その目に怒りが現れているような気がした。


 複眼は格子模様の一つ一つが、人間でいうところの目にあたる。

 その構造上、動いている物体は鋭く捉えるが、動かない物体はよく見えないようだった。

 こういう場合、じっと動かなければそのうち芋虫はどこかに行ってしまうことを経験上知っていた。


 「ギッ」

 くそ、ワーカーが金具をかざして突っ込んでくる。動かないわけにはいかない。

 横に飛び退き、イシキリを抜いた。

 ここにやってきて、はじめてモンスターに刃を向けたことになる。

 お世話になったのに恩を仇で返すようで、なんか申し訳ない。


 向きを変えてこちらに正対したワーカーは、イシキリのリーチより少し遠い。

 できれば切り殺したくはない。

 攻撃の構えを見たら、怯えて逃げてくれるかもしれない。

 でも遊び半分に剣を振り回しても気迫が足りないだろう。

 真面目なワーカーのことだ、本気で切り殺す勢いがなければ逃げてくれないと思った。


 強く剣の柄を握りしめ、上段切りというのか、何となく力が入りそうな構えをとった。

 ワーカーが飛びかかる。

 びゅんっ。

 剣の切っ先が、予想以上にカッコイイ風切り音を生んだ。

 そしてワーカーの頭部がポトリと落ちた。


 「へ?」


 首を失ったワーカーは胴体を床に落とし、かすかに足の先を震わせて息絶えた。 


 驚いてイシキリの剣先を眺めた。

 当たってなかったよな? 

 なにこれ、剣風オンリーで致命傷?


 ワーカー殺害事件の様子をつぶさに観察していた芋虫は、俺のことを完全に敵と認識したらしい。

 芋虫の胴体が少し膨らんだと思った次の瞬間、口から白い糸が放たれた。

 放物線を描いて飛来する糸をかろうじてかわす。


 糸の一部がさっき倒したワーカーの足に触れた。

 じゅわっ。

 キチン質な感じのワーカーの甲殻が、火ぶくれ状に泡立った。


 こわっ。キノコよりもワンランク低くみていた芋虫がこれほど危険だったとは……。

 芋虫が再び体を膨らませる予備動作をとるのを目にした俺は、背中をみせて逃げだした。

 今にも、むき出しの足を糸がえぐる激痛が走るのではないかと半ば覚悟した。

 が、芋虫の糸はかかとをかすめて床を焦がした。


 待機室に通じる十字路にキノコの大群が出現した。

 もうダメだ。

 八つ裂きになって殺され――あれ?


 硬直した俺の横を、キノコたちは通り過ぎて行った。

 先頭のキノコは、どうやら敵が誰だか知らなかったらしい。

 危なかったー。


 だがキノコにも智恵が回る個体がいるらしい。

 最後尾のキノコが通り過ぎかけて、振り向いた。

 黄色っぽい目をぎょろりとさせて俺を睨む。

 

 気づくな。

 あっち行け。

 そんな願いもむなしく、そのキノコは触手を鞭のようにしならせて俺に打ちかかってきた。

 

 俺は再びイシキリでモンスターを叩き切った。

 一撃でキノコの頭頂から腹の半ばまで裂けた。

 キノコは戸惑ったかのようにたたらを踏むと、目玉をぐりんと上向きにしてひっくり返った。


 待機室と過ぎると、ダンジョン2階の外周通路に出る。この先はどんどん細く、暗くなっていくのだが、走るのをやめるわけにはいかない。

 追っ手の群れに、壁の穴から続々とワーカーが合流する。

 短い足で飛び跳ねるようにキノコどもも追いかけてくる。

 芋虫も興奮したように地面でのたうつ。


 真横からタックルしてきた芋虫に足をとられて、肩から壁に激突した。

 肺から空気が叩き出され、視界が暗くなる。

 キノコの触手ウィップがリュックを打った。

 俺の頭を触手の先端がかすめ、頭皮に痛みが走る。


 とびかかってきたワーカーを左手のたいまつで一撃した。

 その拍子に右手に持ったイシキリに左腕が触れ、浅く腕に傷を負った。 


 痛てぇ……俺の馬鹿っ。 

 冷や汗ものの瞬間だった。

 イシキリの切れ味は、刃物というよりは高速カッター並みだ。

 人間の手足など、簡単に両断されてしまう。

 注意していないと、次は腕を失うだろう。


 顔をあげて、心臓が止まりそうになった。

 囲まれた!

 数十体のモンスターが俺を半円形に取り囲んでいた。


 正面にいるキノコの傘が不気味にうねって、キラキラと燐光を放った。


 ――これが噂のイリュージョン・パウダーってやつか。

 場違いなことに、その線香花火に似た細くはかない輝きを、俺は美しいと思った。

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