賢者タイム
三十分後――。
「ふぅ……」
一息いれた俺は、ワーカーの使用済み胴体をマイホームのメンテ穴に押し込んで捨てた。
穴から吹き込む冷たい風をある程度弱められるし、ゴミの片付けにもなる。一石二鳥だ。
さまざまな雑念から解放された今、賢者タイムが到来していた。
ちなみに、俗物タイムの俗物ぷりが酷ければ酷いほど、賢者タイムはより強く、より長く持続するという。
俺はおもむろに、さっき回収した携帯を手に取った。
「さて、録画できてるかな」
録画時間は6分余り。
再生した動画には、はじめニヤニヤ笑う不気味なキノコの姿が逆さまに映っていた。
そうです、俺です。
実はこの作業は、メンテ穴の内部を携帯のカメラで確認するためのものだった。
ワーカーに引かれた携帯がメンテ穴に入ったのだろう、画面は急に暗くなった。
画面はほとんど真っ黒。
石のつなぎ目らしきものが、かすかに境になって見て取れた。
撮影モードを自動調整に設定している。
携帯はすぐに自動で夜景モードに変わった。
少しだけ画面が明るくなる。でも不十分だ。
次に暗視モードに切り替わる。
画像は緑っぽい白黒に変わった。かなり明るい。
やがてワーカーの移動が終わると画面も安定した。
そこには、広いメンテ穴の内部と、行き来するワーカーの隊列が映っていた。
どうやら普通の黒いやつ以外の種類もいるらしい。シャカシャカと素早く移動する、白っぽいワーカーが通り過ぎた。
赤外線画像だから白っぽい、というだけしか色がわからない。
白いワーカーの背中には、暗い色をした斑点がちりばめられていた。
「なんだ、今の」
カメラがとらえた、ある白ワーカーに注目した。
そいつは天井を伝って黒ワーカーの背中に頭を寄せていた。
動画を少し巻き戻して確認する。
確かに、白ワーカーの頭のあたりがチカチカと明滅していた。
もう一度、他の黒ワーカーの背中の上で、白ワーカーの頭が光った。
そして黒ワーカーの背中には、幾何模様のような白い点々がある。
――ひょっとして、読み取ってるのか? レジのバーコード読み取り機みたいに?
ははは、そんな機械みたいな。
機械……。
そうか、たぶんワーカーはただのモンスターではない。機械のような生物、もしくは生物のような機械なんだと思う。
元の世界の最新ロボットは、動きの滑らかさやメンテナンス性や安全性を追求した結果、最近では油圧サーボに代わって生物の筋肉に似た高分子ソフトアクチュエータが利用されたりしているらしい。
図書館に置いてあるScienceにそんな記事があったはずだ。
それをものすごく進歩させれば、昆虫と区別できない機械を作ることも可能かもしれない。
考えようによっては、ワーカーはキノコや芋虫よりもよほど奇怪なモンスターなのかもな、と俺は思った。
それにしても、こんな生物機械が住みついてるダンジョンって、いったいなんなんだ。
RPGなんかによくある設定だと、ダンジョンは日本語で“迷宮”とか呼ばれている。
このフェアボーテン・ダンジョンは、単に手ごろな廃墟や洞窟を住みかにモンスターが定住しただけの空間ではない。
システマチックなギミックが完備し過ぎている。
自然にできたものだとは考えられない。
人間レベルの智恵もなければ経済も社会もないモンスターが、罠の設置や設備のメンテができる――とは考えにくい。
では誰がこの巨大な施設の運営を主催し、どうやって維持しているのか。
その疑問に答えるために、ダンジョンとは“それ自体が一種の魔物”で、一種の“生物の体内”である――という設定が考え出された。
モンスターは、動物が備える一種の“抗体”ように、侵入者からダンジョンを守る役割を与えられている。
ある程度、RPGやファンタジー系の創作物を読んだことがあるなら、そうした説明を目にしたことがあるだろう。
一般的なダンジョン(というものがあればの話だが)のケースを思い起こしてみた。
種か卵かわからないが、そこから成長したダンジョン生物は、魔力を放出して近隣地域のモンスターを取り込み、そのモンスターを食ってさらに魔力を得る。
ダンジョンは得た魔力でせっせと深層化し、さらに強大なモンスターをおびき寄せ、ときには強力なモンスターをある階層のサブボスに任じて侵入者撃退に活用することすらやってのける。
ダンジョンはモンスターのドロップアイテムを蓄えたり、もしくはオリジナルのアイテムを製作したりして、宝箱を形成する。
宝箱は金銭欲に目がくらんだ人間の探検者をおびき寄せる。
そして、ダンジョン内でやられた人間が落としたアイテムは、人間が魔力を費やして製作した剣や防具、特殊なスキルを封じた指輪だったり眼帯だったり、はたまた羽衣だったりエトセトラする。
ダンジョンはそうしたアイテムも集めて、宝箱に収める。
そうした宝箱を目指して、さらに多くの人間が押し寄せる。
下層に行けば行くほどより危険だが、それだけの見返りがある。
それはある者にとっては名誉を得るため、また別の者にとっては、貧困や恥辱から逃れるためなのだろう。
次から次へとエサ(人間)が侵入してくる。
こうして、いちど成長をはじめたダンジョンは外部から栄養を補給して、深く、さらに深く成長していく……。
というのが、ある種の典型的なダンジョン像だと思う。
一般的にいって、人には繁殖や成長といった自然現象を“生命の不思議”として肯定的かつ無批判にとらえる傾向がある。
よって、ダンジョン自体が一個の生物だとすれば、その生物にはじめから備わった魔力や魔法で働く仕組みによって、現代文明のレベルを超えるような設備が備わっていたり、自然に修復することまでも肯定してしまう。
そうした態度は往々にして、あらゆる物理現象の背後で働く活動を神秘のベールで包み、好奇心から出た純粋な疑問をも、“無粋な詮索”のレベルにまで貶める。
むかしの格言にある通り。
「思弁が終わる、そのところで信仰が始まる」というわけだ。
魔法とは、「効果だけが知られていてその本質が明らかにされていない力」を指す。
効果の裏にある秘密が、解きほぐされ体系化しつつあるならば――その本質が垣間見えるならば、それは“魔法”ではなく、もはや“技術”だ。
ダンジョンの舞台裏を垣間見た今となっては、俺には“魔法”の一言でこのダンジョンの不思議を片付けることなどできなくなっていた。




