章末, スタートライン
「ふぅ,ふぅ,はぁっはぁはぁ……
やっと麓や…… こっからが勝負やなぁ」
そう呟き、
目の前にある細い登山道を入って山を登り始めた
***
麓から山頂までの道は悪路と呼ぶにふさわしい
山の勾配は段々と急になっていき、
枝に引っかかり顔に傷がつき、
時々転んで雨上がりでできた泥も真白の包帯に付着する、
それでも走り続ける
走り続ける
走り続ける
***
こうして何分くらい登っているだろう?
いや、もう分単位ではなく1時間くらいかもしれない
道中、登山道からちょっと逸れた広場的なところに
2人の男が笑って談笑しているのが見えた
おそらくそいつらがアジトへの登山道を
封鎖し、見張っている奴隷商人の部下であろう
病院にいた大柄の男が曰く、この山は
”過去に集団焼身自殺のあった呪いの山”らしいので
わざわざそんな所にいるということは、こいつらは奴隷商人らの手下で確定だ
一瞬僕の存在がバレるかもと焦ったが、
そいつらは自分たちの談笑に花咲かせており
幸い気づかなかった
因みに談笑の内容は……
あまりに下品すぎるから紹介は省いておこう
***
そうして無我夢中で走っていると、
木々の密度が段々と小さくなってきて
鬱蒼とした森に少しずつ光が差し込んできた
もう山頂までは秒読みだ
「よしあともう……
はぁはぁはあ……あとちょっとだ!」
僕があの子を助けるんだ
助けて……あの子に感謝の言葉を言ってもらうんだ!
「はあはぁはぁはあははははぁ……」
長く続いた登山道を走り抜け
山頂に到着すると、
緑の蔦に覆われた古城が全貌を露わにした
僕の目の前には長い年月を風雨に曝された石壁が、
古城をまるっと一周囲むように建てられている
僕はそのボロボロの石壁にもたれかかり、
休息をして疲労を取り払う
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ………
よぅし…… 山頂に……現着
後はあいつらを見つけるだけ……だ」
僕から見て古城の真反対の方から
複数の男の笑い声がうっすらと聞こえる
おそらくそいつらが僕の追い求めていた奴隷商人らだ
いまだに笑っているのが不気味だった
あいつらにとっては
自分たちの商品が奪われて
且つお縄にかかりそうな絶体絶命の状況だってのに
単に呑気なのか、何か策でもあるのか
僕には分からない
そんなことは今はどうでもいい
あいつらと戦って、勝つ
それでこのミッションはオールクリアだ
それはいい……
それはいいのだが
ここからどうする?
当然だが僕には戦う力はない 戦闘IQもない
唯一の武器である未来予知も、もう役目を終えてしまった
僕に使えるのは、人並み程度にはある知力だ
頭を使い、知略で勝利するためには
ここの地形や土地の把握が絶対条件だ
なので僕はバレない程度に辺りを散策することにした
やおら立ち上がり足音を立てないように慎重に歩く
ただ既に足は満身創痍で、
大きく痙攣してしまっている
そして石壁の角を曲がった時、
目にしたのは
いくつもの鉄格子の檻に閉じ込められている大勢の人々だ
全員貧相な服をしており、頭には大量のフケが付いている
何日も満足に食事を与えられていないのだろう
服の上からでも痩せ細った体つきが分かる者までいた
みな、とっくに希望を捨てていた
俯いたまま「死」か、
奴隷として売られる未来か、そのどちらかを静かに待っている
この光景は
日本という安全な国で育ってきた
僕にとってはあまりにもショッキングで、
目を覆いたくなるほど悲惨だった
「お、おい!!
お前ら!? 大丈夫か?!
ちょっと待ってろよ!! すぐに助けてやるからな!」
僕は彼らのもとに疲れを忘れて駆け寄り、
鉄格子の檻を掴む
したらば、
少しでも彼らを元気づけようと声を張り上げる
全くもって根拠のない励ましだった
そんなのでも
檻の中の人たちは外から聞こえた声に
底なしの安堵を抱き、表情が一気に明るくなった
ただ……
これは迂闊な行為だった
僕の声が向かい側で談笑をしている奴隷商人の耳に入ってしまったのだ
あいつらは自分たちの商品を
助けに入った部外者の存在に気づいてしまい、
立ち上がり様子を見に行こうとする
あいつらの足音がだんだんと大きく、速くなっていく
それに伴って檻の中の人たちの表情が
あっという間に歪んでいった
やっと生まれた希望が打ち砕かれ、もとの絶望に回帰する
「お前…… 隠れろ…………
お前も捕まる……ぞ」
檻に閉じ込められてる1人が僕の手首を震えながら掴み、
そう言ってきた
彼の声には覇気が一切なく
あと半日でもすれば餓死してしまいそうな……そんな状態だった
「え……でも………
これを見捨てろって……」
逃げるか、
立ち向かうか、
その2択に大いに悩み、葛藤していると
遂に石壁を曲がって奴隷商人らが現れた
「ん? あれぇぇ???
あなたはもしや……
3日前に王都にある私の家にいらしたお客人ではないですか?
こんな辺鄙な港町に……
一体何のご用で??」
「なっ………」
あいつだ
今喋っている、あいつが異世界召喚の初日に
僕を誘拐して売り飛ばそうとしたあの大柄の男だ
特徴的だった関西弁は一切使っておらず、
邪気を孕んだ声で僕にそう問いかけた
「なにしに来たって………
お前らをぶっ殺すためだよ!!
殺して、
檻の中の人を助けて、
あの女の子にありがとうって言ってもらうためだよ!!!」
見つかってしまった今、
あいつらから逃げようとしても僕の足の状態じゃすぐに追いつかれてしまう
だから、僕は無謀でも立ち向かうしかなかった
死にたくないし、
痛い思いも2度としたくない、
それでも立ち向かう以外に道はなかった
「女の子??
あぁぁ!!!
昨日、俺らの商品を盗みやがったあの忌々しい女か」
そう愚痴をこぼしながら
あの男含めた5人は
歩きながらゆっくりと僕に近づいてくる
僕と奴隷商人との間の距離は約30mくらいだ
地面に積もった乾いた落ち葉が、
歩くたび足の下でパリパリと砕けていく
「でも、お前らはいずれその女に殺されるさ!!
あの子は魔法を使えるからお前らなんて……
お前なんて一撃だ!」
「あっそ?
俺らがあんな魔法しか使えない
クソアマに負けるわけねぇだろうがよ!
ちょいと近づいて殴れば、ただの肉塊だろうがよぉ!!
商品を解放して、俺らを捕まえたければ
王都騎士団の1人や2人、連れてくるんだな!!!」
男がそう叫ぶと、取り巻きの男たちは一斉に笑った
あいつらが前進してくるたび、
それに合わせて僕はジリジリと後退していく
ただ、その途中で
「あれっ……?」
気がつけば僕は力がひゅっと抜けるように
膝を折っていた
足を無理に酷使し続けたつけが今、回ってきたんだ
立ちあがろうにも足が言うことを聞いてくれない
僕の足はとうに限界を迎えていた
「ははっ
んだそりゃあ情けねぇな!!
でも、あんたみたいなキズ付きの商品でも
ありがたいことに猫の手でも借りたい奴は買ってくれるんだ」
僕とあいつらの距離はもう10mもない
終わった……………………………………………
「クウォーターアクアリウム!!!!!!!!」
その声に草が揺れ、
木々が轟く
突然吹く強風に僕やあいつらは身を構える
そして………空を埋め尽くす程の大量の水が
狙い澄ましたかのように、奴隷商人らの頭上に現れた
そしてその水塊が空中から
……落ちてきた
奴隷商人らは激流に飲み込まれて、
無情にも山頂から山の斜面に沿って転がり落ちていった
鉄格子の檻の中にも水が入ってきて
飢えた人々は大慌てでその水を有り難く飲んでいく
その水は奴隷商人のみを正確に流すよう
僕には一切影響がなかった
少しの時間が経つと、遠くから大きく鈍い音が5回ほどこだまする
おそらく、水に流されて樹木にでも衝突したのだろう
音の大きさからして全員即死か瀕死状態ではないかと思う
僕はその場で暫く固まり
やがて全身の力が抜け、仰向けになってしまう
空を見てみると……
1時間ほど前,バチバチに口論しあってた
あの少女が10メートルくらいの空中に浮いていた
僕のゲロと僕の吐血が少々ついた白衣をまだ着ており風によってたなびいている
そして,直立姿勢のままゆっくりと降りてきた
枯れ葉に満たされた地面に着地すると、
駆け足で仰向けでいる僕の顔を立ったまま覗き込んでくる
「大丈夫?」
「……あんたは」
「私? さっき病院であなたと口論した女の子よ それは覚えているわね?」
「う…あ、あぁ あんた、なんでここに?」
「あなたが部屋から出ていった時,私とんでもなくむかついちゃって
もうほっといてもいいかな……って思ってたの
でも,あなたと向かいのベットにいる病人さんが私に言ったの
『あいつは山の頂上に行こうとしてます
このままじゃ死んでしまいます
令嬢さん,どうかあいつを助けてやってください』ってね」
僕が山の位置を聞いたあのおっちゃんだ
そんなことを言ってくれたのか…
その鶴の一声のおかげで僕の命は救われた
あの倉庫での一件はもうチャラだ
今は感謝しかない
「私も初めは躊躇っちゃったけど,
すんごい鬼気で説得してきたから折れて,
浮遊魔法であなたを探して追っかけてみたわけ
そしたらちょうどあの外道どもがいて……」
少女は商人らが流されていった斜面を
チラと一瞥する
「あなたは山頂にあいつらがいるって知ってたの?」
「あ…ああ」
「そう……そうなのね
あなた、本当に私を助けようとしてくれたのね
ううん……本当に私を助けてくれたんだね!!」
少女は僕と目を合わせて満面の笑みを浮かべる
「あなたがいなかったらこの山にあいつらがいたってこと,
絶対ににわからなかった……
あなたが言ってた、
いずれ私があいつらに襲われるってのも
……本当だったんでしょ?
ありがとうね!! 病人さん!」
瞳に浮かばせた1滴の涙が落ちてきて
僕の額に当たる
よかった……
誤解が解けた、
感謝もしてもらえた、
正直95点くらいの出来と言ってもいいかもしれない
「まず、怪我の処置をしないと……
でも、この段階の怪我はもう地方病院じゃ厳しいかな……」
少女は眼下に見える病院を眺めて
ほっと一息、ため息をつく
そして決意を固めたような表情を見せる
「よし! 決めたわ! この怪我の治療とお礼を兼ねて……
あなたを私の屋敷に招待するわ!!」
少女は張り切ってそう言った




