喧嘩別れ
「おい!! あんた!
だから無理だって! おい!! 歩けねぇよ!!」
おっちゃんは必死に説得しているが僕の鼓膜には届かない
他の負傷者たちも僕を怪訝な目で見てくる
僕はおっちゃんの手をお互いの体に障らないように優しく振り解き
通路の先にある病室のドアに向かって
不自由ながらも一歩一歩進みはじめた
「…………はぁはぁ
あんちゃん!! 待ってくれ!
これだけは……これだけは言わしてくれ
昨日はほっっんまに申し訳なかった!
おいもあの時死ぬかもしれへんと思うて怖くて,生き残るのに必死で,
それで……
……おまんが今こんな状態になってるんは,
おいがおまんの食べ物奪おうって皆んなに発破をかけちまったからや
いつかほんとのお詫びをさせてくれ!!
だから……だからかなっっらず!
生きて戻ってこいよ!!
詳しい事情は分からんが兎に角頑張ってくれ!!!」
もう諦めさせるのは無理と悟ったおっちゃんは僕を呼び止め,
謝罪をしながら励ましてくれた
僕は右足を軸にしておっちゃんの方を振り返り,
痛みを感じぬよう軽くお辞儀をする
そして,再度ドアに向かって歩き始める
***
「……え?
ちょいちょい!! ねぇあなた! 何勝手に立ってんのよ!!!
あなたは病人よ!? 安静にしてて!」
ドアを開け別室から戻ってきた少女は
通路に立っている僕を見て緑に輝く目を丸くし、驚く
そして部屋の扉への道を塞ぐように
通路の途中、僕の前で立ち止まる
両手には別の部屋から持って来た
花柄の毛布とロール状の包帯を抱きかかえている
「えーーと………
あそこに見える山の頂上に古城があるんですけど、
そこ奴隷商人のアジトがあるはずなんです
ですから一緒に山頂にまで登って、あいつらをとっ捕まえてほしんです……けど
でも、でも2人だけでは戦力的に心もとないと思うので、
僕ら以外にも誰か強い従者を何人か連れて来てくだ……さい」
僕は男に教えてもらったあのおむすび形の山を
窓越しに指差す
「……え? ど,どうした……の?
なんの話をしているの?」
少女の頭が無数の?で埋め尽くされている
完全にしくってしまった
少女が突然に来たもんだから
何を言うかでテンパって変な文章になっちまった
いや、大学に入ってから
サークルとバイトの業務報告以外で一度も女性と話したことのない僕だ
こんな白髪の美少女と黙りこくることのなく
話せただけでも褒めてほしいものだ
「えいや……
だから…………
とにかく僕と一緒に来てください!!
あなた、魔法が使えて強いはずだろ!?
弟子が使えて師匠のあなたが使えないなんてことは無いですよね?!」
僕は強引に少女の手を取り部屋から出ようとする
すると少女は僕の手を振り解き、断固拒否の意思を示してきた
その反動で手に抱えていた
毛布と包帯は床に落ちてしまっている
「本当に…… 本当にあなたは何を言っているの!?
さっきから……いい加減にしてちょうだい!!
私、安静にしててって言ったよね?
お願いだから寝台に戻って大人しくしてて!」
「僕が…… 僕があんたを助けないと…」
考えがうまくまとまらない
頭の中で理性を働かせようにも
焦りと緊張によってそれが打ち消されてしまう
少女に何を言えばいいのか、
なんて言ったら信じてもらえるのか……
分からなくなっていた
「冗談はお願いだからよして
本当のことを言ってみて」
「だから……
おれに…… おれに助けさせてくれ!! あんたを助けないと!!!」
両手を横へ大きく広げ,
唾が飛んでしまうほどに声を荒げて訴えかける
「誰もあなたに助けなんか求めてない!
お願いだから寝台に戻っておとなしくしてて……」
声は再び悲しみを含んで,哀願をしてきた
「でも!! ……僕はさっき見たんだ!
その先……その先を!
あんたは近いうちに取り逃がしたあの奴隷商人に殺されるんだ!!」
むしゃくしゃして地面に落ちた包帯を勢いよく蹴飛ばす
包帯は少女の股を通り,
扉に当たってこちらに跳ね返ってきた
「何を根拠に?? 嘘に決まってる!
この病院の外では私の弟子と従者が全周をいつも見張ってて,
私は暫くの間ここにいる予定なのよ!
どこに襲われる要素があるの!!!」
少女の声色には段々と
僕に対する怒りが加わってきた
「……ちっ くそっ!
これ以上、ここの警備を厚くすることは出来ないのか!?」
「出来ないし、しないわよ!
これで十分すぎるくらいなんだから」
今一瞬、
病院周りの警備を厳重にして奴隷商人らを待ち伏せにして、迎えうつ
という一番の安全策が思いついたが……
どうやらこれの実現は難しそうだ
多分、どんだけ警備が厚いって言ってても
注意力が散漫になる夜分とかに奴らは襲撃に来るのだろう
僕が徹夜して見張ったとしても、
全周をカバーすることは到底できない
だったらやっぱり
この少女と誰か強めの従者を
一緒に連れて山頂にまで行き、あいつらに先制攻撃をする
これが最適解だ……と思う
それを実行するためには、
まず僕の言葉を信じてもらわないと……
「頼むぅぅ……頼むから信じてくれ!!
本当なんだ! 本当に君はあいつらに襲われるんだ!!
僕には未来予t…………
ッッッッッッかはぁっ」
猛烈な吐き気がして、慌てて下を向く
そして自分の口から出てきた何かを咄嗟に両手で受け止める
それを見てみると、手に一杯の赤黒い大量の血だった
驚きと困惑によって手を上に上げる
すると行き場を失った吐血は地面に落下し、血の水溜りができた
僕の血は木目の溝に沿って床にどんどん染み込んでいく
「ちょっと!! どうしたのよ?!
本当に……本当になんなのあなたは!」
その血を見た少女は
衝撃と怒りが混ざった声音でそう叫び、
近くの窓辺に置いてあったタオルを
持って床を拭いてくれる
「うっっっぷ はぁはあはぁはぁ……
ど、ど、どういうことだよ?
僕は!! 未来y…………
ッッッッうえぇぇえ」
四つん這いになって床を拭いている少女の
手の甲に口から吐いた血がもろに当たる
「僕は…! 僕は……!! 僕は………!!!
未r…………うっっっっッぷ
おえぇぇえええぇっ」
またもやタオルの上面に吐血が当たり,
一瞬で繊維に浸透していく
1回目のときよりも色は鮮やかな赤に
なっていっているのが確認できた
「なんで? なんで? なんで?
なんなんだよぉこれはぁぁぁあぁ!!!」
もうマトモな判断はできない
僕の中に今すぐここから逃げ出したいという感情が膨張し、
目の前で吐血を拭いてくれている少女を無視して
ドアノブに手をかけ病室から出ていった
***
部屋から出てすぐ右に病院の出口が見えたので
そこに向かって我を忘れ、走り出す
途中ナースさんからの呼び止めがあった気もしたがもちろん無視して、
玄関の靴入れに置いてある誰かのサンダルを履いて
病院から外に出た
太陽は丁度真上の位置にいて僕らを照りつける
目を細めながら周囲を見渡すと遠くの方に
おっちゃんが教えてくれたあの山が見えた
山頂に小さく古城らしき建物が見えるから間違いない
あそこだ
あそこの山頂だ
僕はその山目掛けて、よろけながらも走り始めた
「ああ いいよいいよ!!
全部1人で片付ければそれでいいんだろ!?
今までだってぜーんぶそうだった
家事も、
大学受験も、
学費の工面も!!
どれも僕1人だけでやりくりしてきた!
今回もそうするよ!!
どうせおれ僕みたいな存在にゃあ
だーれも付いてきてくれやしねぇよな!?
分かってる,分かってたよ!」
田んぼの脇にある細い畦道を
ガムシャラに走り続けながら叫ぶ
異世界にも米という食物が存在することに
驚きなのだが,今は瑣末なことだ
そうして走っていくうちに、
視認しているあの山のサイズが遠近法により
徐々に大きくなっていく
「ていうか、女神様も未来予知を他人に話しちゃ駄目って
とんでもねぇオプションつけて下さったよなぁ!!
ありがと 女神様ーーー!!!」
テンションがおかしくなっていた
異世界に来てからここまで苦痛の連続で
この世界に来た目的、
やりたいこと、
使ってみたい魔法、
その全てを忘れてしまい
もうどうでもよくなっていた
ただ、今はただあの奴隷商人を殺して
少女の誤解を解いてもらう
その欲望のみは存在し、それが体を突き動かしていた
脚に巻き付いている包帯は
足が地面につくたびにゆるゆると解けていき、
痣と傷だらけの皮膚が
どんどん露呈していった
でも、走り続けた
全ては誤解を解き,
あの少女に『ありがとう』と言ってもらう為に
そうして約数分後
僕はあのあの山の麓にまで到着した




