歯車を一押し
***
「うぅ……うう」
ああ、もうこの世界に来て何回呻き声をあげたのだろうか
本来僕の初呻き声は魔王戦って決めていたのに……
横倒しになっている体を起き上がらせ,自分の体を見てみる…
罪人につける手錠のように両腕は縄で前に固定されているが
脚にはなんにもされていないようだ
服装は変わってはないが、埃が大量につき
白Tが若干の薄灰色になっている
背中を壁につけ足を伸ばしL字の姿勢になる
そして周りを見渡してみると、
僕と似たように手足を縄で拘束されている人たちが壁際に大勢おり
全員漏れなく陰鬱な雰囲気を醸し出していて、うつむいている
小学校の体育館みたいにだだっ広いこの空間に
月光はほとんど差してこず
かろうじて遠くの人影がぼんやりと見える程度だ
……多分だけどここは港町だ
波の音と潮の匂いが仄かにするからだ
取り敢えずここが港町のどっか寂れた倉庫の中、
ってのは確定でいいだろう
そんで僕がなんで港町にいるのかもある程度予想ができている
これから僕は奴隷として
海を超えたどこかの国へ売られるのだろう……
あの時、あの部屋で、
あの男は「自分は奴隷商人だ」、
って言っていたからおそらく的中している
周りにいる男たちも同様に誘拐されてここに来たのだろう
さしずめ今は奴隷を乗せるための船待ち……
といったところだ
「いやこれ……
壁が木ならワンチャン壊して、逃げれるか?」
壁の材質は…手首を動かして確認したところ錆びた鉄っぽい
ただいくら錆びていても鉄は鉄だ
強引に破壊して脱出はおそらく不可能だろう
肝心の扉はというと、
こちらはきっちり綺麗な鉄となっており
南京錠らしき仕組みで施錠されているので
こちらも開錠は無理であろう
「っち…… くそがよぉ なんなんだよこれ……
おい! こっから出しやがれよ!!!
あのくそやろう! ぜってぇしばいてやる!!!!」
僕は足を曲げあぐらをかいて、そう声を荒げる
「てめぇ、うっせえよ!! ガキは隅で黙っていろ!」
ボロ衣を着た荒くれ者はそう言い僕に体当たりをしてきた
そのせいで僕は右へ綺麗に横倒しになってしまう
そいつに合わせて他の人たちも落ちている小石を投げつけてくる
その人たちは手首しか動かせないので
ほとんどは僕に当たらず、
石は暗闇に消え
コツンコツンという石の小さな音のみが響くのみだ
ここの人たちはみんなピリピリしている
空気が重い
全員が全員と睨み合っている
そんな中、僕が突然叫んだらそりゃあ応酬の1つや2つくらいはあるだろう
「……笑 異世界、厳しすぎんだろ……」
僕は他の人にはない、足が自由に使えるという
アドバンテージを活かし
急いで立ち上がり鉄の扉の横らへんにまで移動する
少しの間待ってみたが、誰も僕を狙ったり追ったりはしてこない
やっぱり一過性の怒りだったようだ
ひとまず安心して僕は
その場で膝を大きく曲げ壁にもたれかかる
「腹……減っちゃったな パン食べるか」
因むとあの奴隷商人は
僕を煤まみれとかほざいてたのに、
ジャージを洗濯せずに汚れたまま僕を寝かせていた
だからポケットに入っているパンはそのままである
サイドジップを慎重に開き、
僕はパンパンに詰まっているポケットの中から
カレーパンを選択
他のパンとのおしくらまんじゅうの影響で縦にひしゃげているが十分に美味しそうだ
ここは真っ暗だから音を立てずに食べれさえすれば
他の人にばれることはないだろう
そう思いビニールを丁寧に開封し、粛々と食べ進める
だが、この判断が悪手だった
「ん?? なんか美味そうな……匂いが……
お、おい!! お前ら!
こいつ辛味飯っぽいもん持ってねぇか!?」
さっき僕をタックルしてきた男が再度声を荒げる
あっと……これはまずい
彼らはおそらく長い間食べ物の支給がなく飢えているだろうから
バレて、奪われないように音を立てずに食べてたのだが……
匂いのことまでは頭が回らなかった
「辛味飯ってなんだよ……?
なんだぁ? カレーパンのことか?」
男の呼びかけに反応した人らが匂いを頼りにじりじりと
僕に寄ってくる
「え? うっそ……
やっべぇ ちょ、ちょっと待ってください!!
僕は何も持ってませんよ!!
まじで一円一銭も持ってませんからね!?」
慌てて食べかけのカレーパンをポケットの中に入れたが
カレーの芳醇な匂いは依然と漂っている
彼らはふくらはぎのあたりを縄で縛られているのに
一度も転ぶことのなく、食料を求め
着々と僕のもとへ歩みを進めている
「おい!! お前!! その食いもん寄越せ!」
ようやく僕の前へ辿り着いた男は
膝を地面へ落としてポケットに手を突っ込み
僕のカレーパンを奪う
「黙れ!そん食いもんは俺のものだ!!!」
また別の男が先の男が持っている
カレーパンを取り上げ一口大に齧り付く
「なんだとこの野郎!」
二人は身動きのとりにくい体ながらも喧嘩を始める
そしてそれに巻き込まれる形で
他の人たちも争いに巻き込まれていった
……なんかいつの間にか僕を抜いての乱闘が勝手に始まってしまった
壁際にいる僕の目の前で
十数人の男たちが取っ組み合いをしている
ただ体の自由は縄により制限されているためか
何人かは転倒し,他の男に下敷きにされていて……
僕のカレーパンはその雑踏にもみくしゃにされ、もう原型がなくなっている
……なんかもうこんな面倒ごとには絡まれたくないので
ポケットから匂いのする焼きそばパンとかメロンパンだけここに置いてって、
ほぼ無臭の食パンだけを持って別の角に移動しよう
***
「ん?」
僕は思い出したかのように、急かす足を止めて
乱闘騒ぎに背を向けたまま思慮に耽る
「待てよ…… いまの爆発寸前って感じの会話、
どっかで聞き覚えが…………」
あ!!!! あれじゃねぇか!!
あの奴隷商人と話してて、急に頭痛がしたときに
聞こえてきた会話と同じじゃねぇかよ!!!
あのときは爆音のノイズだらけでうまく聞き取れなかったが
いざ答え合わせを聞いてみたら、
確かに完全に一致している……
………っつと、どういうことだ?
なぜ未来の会話があの時流れてきたんだ?
これが巷で噂されていた”予知夢”って言うやつなのか?
いやいやいや、
予知夢ってのはぐっすり眠って、見ようって意識した時に起こるもんで
流石にあんな痛みまみれにはならないだろ…
ってことはもう残った可能性は1つだけだ
……「未来予知?」
もうそれしかない気がする
…………ということは今の時点で
僕が異世界召喚時に授かったチート能力とは
痛みあり、
爆音ノイズ、
情報量皆無、
盲目の『未来予知』……
なのだろう
………まぁ、なんとも不便な能力なのだろうか
これを思い浮かべて一番最初に類義語として
挙がってきたのは「死に戻り」、だ
昔、高校受験の真っ只中で
勉強の合間合間に読んでいたどっかのラノベ小説にこの能力があったのだ
1度死んだら、ある地点のセーブポイントにまで時間を巻き戻し
リトライが出来るってやつ……
その能力も一種の「体験型」の未来予知のようなものだと思う
成功するまで何度も何度もやり直して、理想の結末に辿り着ける
だから「死に戻り」は最悪、取り返しが効く
たとえ失敗しても死んで過去に戻れば、再挑戦ができる
でも僕の「未来予知」はやり直しが一切効かない
別に未来を知れるだけで、過去に戻れるわけじゃないから
1つ1つの行動に重い責任がのし掛かってくる
1度でも失敗をしたら、2度と取り返しがつかなくなる
まぁ死に戻りとこの未来予知は全くの別物と解釈するのが
適当である気が……する
***
「……笑
くそ能力すぎんだろ!! いくらなんでも!!!!
なんだこれどうやって使いこなせって言うんだよ!!!!!!」
他のパンは全て置き、食パンだけを持った状態で
僕は怒りに身を任せ叫んでしまう
「……あ?」
僕の情けない怒号が生み出したのは乱闘騒ぎの沈静化、
そして標的の変更だ
「っていうか俺らの目的はあいつが持っとる食いもんだろ?
なに俺らで争ってやがんだ?」
「そりゃそうだな……
よし!お前ら!
こいつが他に食いもん持っているか確かめるために着ぐるみ全部剥がせ!!
奪った食いもんは山分けだ!!!」
いちばんガタイのいい男が威勢よく言った
そしてそこからは僕とあいつらの全面抗争だ
もう既に2、3人は腕の縄を
近くに落ちていた尖った石で切断していたので
置いてある焼きそばパンとメロンパンは当然奪取された
そこまでだったらまだ良かったのだが、
こいつらは僕の生命線である食パンさえも奪おうとしてきた
それは逆に僕がゆくゆくは飢えてしまう
それを避けるため、
食パンを守り切るため、
僕はあいつらに立ち向かった
「ここまできたら戦うしかねぇだろ!!
パシリで鍛えた脚力もとい筋力舐めんな!!!!!!!!」
***
それから何時間経ったのだろう……
ちょうど朝日が昇っている最中だから
大体……半日かそこらだろう
「かはぁっ…… ドブカスがよぉぉ」
みてのとおり僕は完敗した
食料は全て奪われ、
体は血にまみれ、
痣がところどころに見え始めている
顔の輪郭は……
申し訳ないが腫れのせいで綺麗な楕円形とは言えない
僕を殴りまくったあいつらも
疲弊と時間のせいか大分弱り、衰弱している様子だ
異世界召喚初日の危機とは異次元の『命の危機』
「………っち ここで……はぁはぁ
かはっ, ゲームオーバーかよぅ……」
床に這いつくばって僕はそう言う
外の人々の喧騒が聞こえる……
多分僕たち奴隷を乗せる船が来たのだろう
死ぬ
***
唐突に、突然に、
正面の錆びて赤褐色に変色している鉄の壁が崩れ落ち,
地を裂くほどの轟音が鳴り渡る
舞い上がった埃が落ちた後、
そこを見てみたら大きく円形状にくり抜かれた鉄の壁と
その穴から差し込む朝陽に照らされている二人の少女たちがいた
「ちょっっと!!
丁寧に優しくそぉーーと壊すって言ってたよね!?
これじゃ瓦礫が人に当たっちゃうかもじゃない!!!
魔法の加減に気をつけてね
ねぇ聞いてる?? プラティ!」
「……はっ 申し訳ありませんでした師匠!!
以後は魔力調整、気をつけます!!!」
この汗臭い空間には似ても似つかない
天使のような声がこの部屋にこだまする
「わかればそれでいいのよ
それよりも中の人たちの搬送を急いで!! 救護班!
怪我人がまず最優先ね!!
縄で拘束されてる人がいたら包丁で切ってあげて!」
救護班?
なんだ……
こいつらは……
こいつらは奴隷商人の仲間じゃないのか??
「え? ちょっと!?
あなた!! 大丈夫なの!?
なんて酷い怪我……
プラティ!!!
急いでこの人を運んで 早く!!」
「はい師匠!! ただ今!!」
女の子がその弟子?に指示を出している
僕の心の中は感謝と安堵で埋め尽くされた
感謝の理由はもう言うまでもない
安堵の理由は……
もうなんか……物語が進んだことに対する安堵だ
少女の圧倒的な美しさよりも、
女の子にしては高い身長よりも、
何色にも染まっていない白髪よりも、
純真で宝石のように光っている翡翠色の目よりも、
天使のように優しく弾むような声よりも、
物語という歯車をこの子が
一押ししてくれたことへの安堵が大きかった




