朝日を求めて5000里
「…うぅ……」
なんとも目覚めが悪い
取り敢えずまぶたを開いて、胴体だけでも起き上がらせてみる
……見た感じ、どうやら僕は誰かの家のベットの上にいるようだ
部屋の広さは一般的だが
天井には鈍く光るランタンが吊るされており、
部屋の壁は薄黄色の漆喰らしき素材でコーティングされている
僕から見て左奥に黒っぽい焦茶色のドアがあり、正面には
板によって四つに仕切られている型板ガラスがはめられてる
そして窓の奥を注視すると、
形は歪ながらも満月が顔を覗かせている
見た感じだと典型的な中世の寝室って感想だ
そして、左には…
椅子の背もたれによりかかり、
分厚い本を食い入るように見ている大柄な男がいた
頭には鮮やかに光る青のターバンを巻き、灰色の麻の肌着を身に纏っている
聞いただけだと貧相に聞こえるが、
衣服は清潔で汚れひとつのないほどに綺麗だ
「おお!! やっと起きたか! お前さん、丸1日寝とったで」
僕が目を覚まし起き上がっていることに気づくと、
男はちょうど読んでいたページにしおりを挟み
自身が座っている椅子の下に本を置いた
「……え、えっと貴方様が僕を助けてくれたんですか?」
僕は体を起こしたまま男に尋ねる
「ん? まぁそうやけど 気にすんなよ笑
これはお前さんを助けたくて俺がしたことだし」
「え、本当にありがとうございました!
この恩はどのようにして返せば……」
「だーかーらー ええよええよ!!
そんなことより居間に来な
腹すいとるやろ!!」
そう言って男は立ち上がり音を立てぬよう
慎重にドアを開けて寝室から出て行った
「……僕も行くか この世界について色々聞かなきゃだしな
それになにより、助けてもらったお礼をしないと」
僕は腰にまでに掛かっている厚めの毛布をはぐり、
ドアが閉まり切る前に急いでドアノブに手をかけ寝室を後にした
***
さっきの部屋は二階だったらしく、
螺旋状になっている階段を降りていくと
この中世の時代設定にあるまじき巨大で豪華なリビングが姿を現した
天井はガラスのシャンデリアで彩られており、
中央には縦長の机と
向かい合わせの椅子が六つ置かれている
台所も併設されていてそこには二人の男がいた
青のターバンを除けばあの男と服装、体型は似通っている
僕はおっちゃんに促されて台所に背を向け、レザーチェアに腰掛ける
誘導を終えおっちゃんも
僕と机を挟んで向かいにある席にやおら座る
少しの無言の後、
台所にいた二人の男が僕とおっちゃんの前に何かの飲み物と、
僕だけには平皿に乗ったコーンスープと
木製のスプーンを差し出してくれた
「えっとまず改めて、
助けていただき本当にありがとうございました!!」
僕はお茶をひとおもいに飲み干し、音を立ててカップを小皿の上に置く
その茶は紅茶のようだ
芳醇な香りがし、味も甘くまろやかで美味しい
「感謝はもうええって!! まぁ感謝されるのは気分がええけどな!」
くつぐつこの人は聖人だ
まさか異世界開始早々にこんないい人に出会えるとは……
「コーンスープはどうけ?
結構ええやろ? 自信作なんや」
おっちゃんは気さくに笑い、僕の味の感想を待つ
「あ,はい!!とっても美味しいです!
ここにきて初めてこんな絶品食べれましたよ」
僕は手に持っているスプーンを小さく振り
美味であることを率直に伝える
「ん?? ここにきて初めて?
お前さん……この街の出身じゃないのかい?」
姿勢を少し崩し、人差し指で机をトントンと叩く
口調には変わりはないが,
声色は少し疑惑の念が帯びている
「あっ……えっとぉ、その……
ぼ、僕は遠い別の国から
放浪の旅でここまできたんです!」
「別の国!?
お前さん、マイア王国の外から来たんけ!?
そりゃすごいな!」
「あ…は,はい 大変でしたよー」
我ながら上手くはぐらかした
こういう異世界召喚もののご定番は、
自分は別の世界から来たことを言ってはいけないからな
僕もそれに則ろう
「ここまで悪路の連続でほんと疲労感がすごかったんですよねー……
それで……? ッッッッッッイッッタ!!!!!」
唐突に、なんの前触れもなく激しい頭痛が僕を襲った
______________________________________
『ザザッ,,,,,,お,,いお,,,,,ザザえ!
そん,,,,くい,,,,ザザザツ,,,,,もん,,,,ザザよこせ!!
だま,,,,,ザザッそんくい,,,,,,,ザザ、ザーーーーーもんはおれの,,,,,ザザ,,んや!
なん,,,,ザザッだとこのや,,,,,ザーーう!! ザザッ,,,ザザッザーーーーーーーーー』
暗闇の視界の中で
ノイズ混じりの音声が頭の中に流れ込んできた
______________________________________
「はぁはぁはあはぁ……がぁぁぁぁ
あが…が… あはぁぁ はぁはぁはぁ
イッッッッッゥゥ……」
その間僕はただただ怯えた動物のように頭を抱え
じたばたとすることしかできなかった
両手で頭を覆うポーズは変えずに机に頭を打ちつけてしまい、
その振動のせいで紅茶が床へ落ちる
床は柔らかな絨毯だったので
カップ自体は割れなかったが,紅茶が絨毯に染み付いてしまい
二人の男が台所にある雑巾を持ち慌てて駆け寄ってくる
なぜだ?なんでだ?
急に僕はどうしたんだ??
心当たりは…………あった
そうだ!心当たりがある!!
丸一日くらい前、
あの体罰教授の講義中に見た夢と状況が全く一緒だ!
途切れ途切れの会話、
止まらず鳴り響くノイズ、
真っ暗闇の視界……
なんだなんだ……なんだ、なんなんだ!?
じゃあ今も夢の中ってことか?
心躍った異世界召喚も中世の街並みも目に映っていた獣人も………
全てが僕の……僕の夢の中ってことなのか??
あまりにも苛烈な痛みすぎてまともに頭が回らない
「おい!! どうしたお前さん!!
手当ては…………
ちっ、必要ねぇか」
「ううぅ イッタァァァッ
……え?」
想定とはあまりにもかけはなれた返答に
僕は急いで頭を上げ、
既に立ち上がっているおっちゃんを凝視する
「なんか珍しい装いをしとったから
どっかの変態貴族かなんかとかおもうて、
恩でも売ろうかとしたんに……
ただの流浪人じゃあねぇ
だったらもうお前さんに価値にゃあないね
はぁ………もうええよ」
男は愉快げな声から途端に邪気を孕んだ声へ姿を変えた
そのまま頭に巻いていた青のターバンを緩め肩に掛け,
大きく溜息をつく
その刹那、先般の頭痛と同程度の痛みが頭頂部に走った
「イッッッ はぁ!? あんたなにやって……」
頭が机に着く前、痛みをこらえてなんとか背後を見てみると
太い木刀を手に持っているあの二人の男がいた
あの木刀で僕を殴ったのだろう
先程まで持っていた雑巾は雑に床に置かれている
その2人もやはり表情は悪人そのものだ
「………ふっ
ったくこんなので倒れ込みやがて
悪りぃなお前さん、
生憎俺は《《奴隷商人》》でな…
さっき寝室で言ってたろ??
これはお前さんを助けたくておれぇがしたことだ、
でも金も権力もなにもねぇ流浪人のお前さんに
やる義理なんかどこにもないさ
悪りぃけどいまからお前さんは《《商品》》……やな
ほいあんたらお疲れや
これ、報酬金な」
優しかった男は悪意に歪んだ声でそう言う
それ付随して二人の男が硬貨のたっぷり入った袋を受け取り
感謝の言葉を口にする
「あー…… それと、後でこいつの手足縛っといてな」
この部屋から退出する直前、思い出したかのように
男は振り返り2人に指示を出す
「あ……で、でも
俺ら合わせていま縄一本しかないっす す、すいません!!」
1人が勢いよく頭を深く下げると合わせて
もう1人の男も同様に木刀を床へ置き、男に向かって頭を下げる
「……あっそ ほんなら両腕だけでええよ
どうせ逃げることぁ出来んやろし まっ……次から忘れんようにしときや」
「「はい!」」
二人は頭を上げ、台所から持ってきた縄で僕の手を縛りつけ始めた
自分が今拘束されているという認識自体はあるのだが
体が全く動かない
抵抗ができない
……どうやらもう駄目のようだ
小窓から机に月光が差し込むのが見えた
どうやら夜はまだまだ長いらしい
嗚呼……朝日が見たかった




