架空の女神様の怠慢
「っうう……なんだ?」
瞬きを一回した、世界が白黒になった
瞬きを二回した、世界に輪郭が戻った
瞬きを三回した、世界に光が現れた
瞬きを四回した、世界に鮮やかな色が戻った
瞬きを五回した、見える世界が元に戻った
朧げな視覚を頼りに周囲を見渡してみると
僕は幅広な三叉路のちょうど分岐点の位置にいた
目の前では多くの馬車……
いや馬に似た馬車的な乗り物が次々と
分岐点に侵入してくるのが目に入る
馬らしき生き物を使役している御者に目を凝らしてみると
赤や青,緑や黄の髪が混在しており、
日本では超メジャーな黒髪はほとんど見かけない
服装もTPOなどとうの昔に捨てたような服装がところかしこにあり
甲冑や、魔法使いみたいな色とりどりのローブ、
チャイナドレスのアレンジver、
まだ広く浸透している名前もないようなマイナーめな装いまで……
いずれも僕の
ボロジーンズと表に「大学生」とデカデカ書かれた白T、
正面の開いた灰色基調のジャージ
というコーディネートとは似ても似つかないものばかりだ
床は規則性のある石畳が一本道のはるか先まで続いており,
建物はいつぞやの歴史の資料集で見たような
中世の二階建てのレンガ造りが多く見られる
その建物の軒先では大勢の人々が楽しそうに談笑や
値切り交渉をしており、活気に満ち満ちている
その光景はさながら……
「……えっ?
…………ははっ はははっ
マジ? えっ? ほんと?? これってさ…………
異世界召喚じゃねぇかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「おい!! お前!! うるさいよ!
俺の店の前で急に叫ぶんじゃないよ なんだ?営業妨害か?」
三叉路の三角形の部分にある店の中から
いきなり長身の男が現れた
まさしく中世の商人みたいな装いをしたイケメンな男で、
やはり髪色は黒ではなく、赤系だ
「えーっと あー そ、そうですよね、ごめんなさい……
なにかお詫び出来ませんかね?」
「え? あー笑
いいよいいよ 俺も詫びが欲しくていったんじゃねーんだよ」
男は気さくに笑い、
僕の肩をシワの積み重なった手でポンポンと叩く
「う、うん ありがとうございます……?」
「おんじゃ、俺は仕事に戻るわ 達者でな
お前に神の使者の加護があったらええな!!」
「えっと、すみませーん 神の使者って誰ですk」
瞬間、
僕の全うな疑問を遮って
男は気前よくドアをバンと開け、店の中に帰って行った
***
「正直まだ脳の理解が追いついてないな……
っと……一旦だ一旦情報を整理しよう」
僕はおっちゃんの店前に置いてあったベンチに腰掛ける
まず、ここは異世界だ
なんてたって現実世界に突如現れた
謎のゲートを通ったらここに辿り着いたんだ!
そんなのよくあるテンプレ異世界召喚じゃないか!!
いや、いやいやいや…アツすぎるって
苦節18年、ようやく僕にもターンが回ってきたんだ!!
「うーんと……
周りを見てみた感じ、時代は異世界召喚にありがちな中世っぽいな〜
いいじゃんいいじゃねえか異世界!!
チート能力を授かって、無双してハーレムを作る
妄想をしてたから準備は万全だ!!」
それに加えてより異世界らしさを演出しているのが住民だ
人間はもちろんのこと、
エルフや、ドワーフ、多種多様な獣人らしき人まで……
本当に古今東西の創作上の人種が勢揃いしているのが、
僕の胸の高鳴りをさらに後押ししてくれる
まぁそんなことよりも僕の奇抜な格好のせいか、
人目が気になりまくるので
取り敢えず近くの路地裏に一時退避しよう
***
なんとか路地裏に退却できた
幅は3mほどしかなくて陽光はほぼ差さず,薄暗くジメジメしてはいるが……
人目のつかなさで言えばAティアだからひとまずここにいよう
「ふぅ、僕の盛大なる冒険の始まりを邪魔しやがってよ〜
まぁいいよ僕は慈悲深いんだ、許してあげよう」
尚も人々の賑やかな喧騒は聞こえてくる
僕は水気が全くない壁をみつけそこに体重を預ける
……気を取り直して、
前々からの妄想のおかげで
異世界にきたあとの段取りはある程度は決まっている
まず
①僕がピンチに見舞われているどっかのお姫様をチート魔法で助ける
②お姫様からのお礼でお屋敷に招待される
③そこで魔法とかの勉強や鍛錬を重ねて、なんらかのチート能力に目覚める
④お姫様と一緒に魔王を討伐して世界を絶望から救った英雄となる
⑤姫さんと結婚しハッピーエンド!!
こんなのが理想的な異世界生活だろう
どうせ僕はポータルに入りし
選ばれたものなんだからチートの1つや2つくらいあっても
なんら不思議ではない
だから当面はこの計画通りになるように立ち回ってみよう
「よし!! じゃあまずは①,
『どっかのお姫様を助ける』をするために
適当に近場で困っている姫さんを探してみるか〜」
別になにも命の危機になくてもいい、
なにか些細なことでも困ってさえいたら
それを助けるだけでも物語は進むってもんだ
***
………街灯が消えていく、魔性で孤独な月が僕を優しく誘っている
僕は情けなくも数時間前に来ていた路地裏に戻ってきていた
そして膝を大きく折り、ばたんと倒れ込んでうつ伏せになってしまう
夕立の時に降った小雨のせいで地面は濡れており、
なんとも気持ちが悪い
あぁ……もう疲れた
丸1日中街を練り歩いても命の危機にいるお姫様はおろか、
ちょっとしたことで困っている子供もいなかった
この街はあまりにも平和すぎた
「なんだよ…… まじで……
なんなんだよ!!これは!! 僕のチート無双主人公設定はいずこ!?
はぁはぁ………
いるかは知らんけど女神様頼むよ……
もうちょいスムーズにストーリー進行をさせてくれよ……」
なんとか起き上がってもそんな捨て台詞を虚空に吐くことしかできず
壁にもたれかかり、体育座りをする
鳴呼……もう現実世界に戻りたい
足が棒のようになってて疲労感がすごい……
出鼻を挫かれたってレベルじゃないぞ
…………これって死んだら元の世界に帰れるのかな?
だったらもう、ここで餓死とか衰弱死とかになってもいいの……かな
「……いやいや んな訳あるか
せっかく掴んだチャンスだ ここで棒に振るわけにはぁ……」
僕はパシリの時に買ったパンを
ジャージのポケットの中から探る
カレーパンでも、メロンパンでも……
兎に角なんでもいい
食べ物を……
僕はパシリの帰りに異世界召喚されたのだから
当然パンとかが入ったレジ袋も持っていた
そんで流石に持ちっぱはきついとのことから
日中、ジャージのジッパー付きのポケットに入れていたのだ
まさぐっている間、パンを包むビニール同士が
擦れる微妙な音が路地裏に響く
「あぁっ! あぁ……」
ようやく取り出したパン、塩パンが水たまりに落ちてしまった
別にパン自体はビニールのおかげで無傷だが
なんか……もう
……萎えてしまった
とうに異世界に来た時の熱や期待はなくなっていた
僕は塩パンを拾いビニールについた水を払って
ポケットに戻す
それから,極度の疲労によって
体育座りから仰向けへ姿勢を変える
ジャージの背中側の生地が水たまりの水を吸っている
「もう…… 疲れたなぁ……」
そして瞼をゆっくり……ゆっくり閉じていく
***
「ちょっと! ちょっと!!
君! 大丈夫かね!?
ああっもう身体中煤まみれではないか!!
ちっと待ってくれよー……」
奥の方から図太い声をした男性が現れた
暗闇でよく見えないがかなり大柄だ
そして倒れている僕に急いで駆け寄り
肩を激しく揺さぶり僕の無事を確かめようとしてくる
「……誰?」




