悲劇のヒロイン?
「マグレガー=カルシュ様……ですか
っていうか当主ってことは……!
もしかしてあなたがルナーシュ様の言ってた侯爵様ですか!?」
「いかにもネ
言われなくとも、
ボクがこのマイン王国の西側国境の総警備責任者なのよネ」
その男____カルシュ様は
ルナーシャ様にお声をかけ、青い果実の湯煎の続きを
彼女に丸ごと任せてしまう
そして僕とで2人揃って
厨房から出て、厨房と廊下を隔てるドアを閉め切った
「ささっ じゃあ向こうの居間に行こうかネ
もうあと数分で出来上がるから、
それまで少し、男同士の話をしようよネ」
僕は彼の提案を快く承諾し、
廊下を共に渡っていく
***
居間に入った途端、
僕はカルシュ様に着席を促され
巨大な机を囲む6つの席のうち下座に腰を下ろした
その間にもカルシュ様は
真白のエプロンを手際よく脱いで綺麗に畳んでいる
「それで……
お話とはなんでしょうか? 侯爵様」
「やだネー 侯爵様なんて呼び方
そんな気張んなくても、普通にカルシュでもいいんだよネ」
そう軽口を叩きながら、彼は折り畳んだエプロンを
壁沿いにある戸棚の上に丁寧に置いた
「まず……
此度の奴隷商人殺害、
そして我が娘、ルナーシュを助けてくれて
本当にありがとう……ネ
これはきちんと感謝をするべきことだ」
立ったままでカルシュ様はもう一度頭を深く下げ、
僕に感謝の意を示してくれた
「え……
あ、いえいえ! そんな!!
顔をお上げください!
僕もルナーシャ様に返しきれないくらいの恩があります故……」
僕は虚を突かれて、手をあたふたさせる
正直、王国の侯爵の立場にいる人から直々に感謝されるとは
あんまし想像していなかった……
「そのようなご謙遜はされないで……ネ?
実際すごいんだしネ
まっ、小話は一旦ここまでにして……
詳しくはまた夕食の時に聞かせてもらおうかネ」
僕の発言を聞き、カルシュ様はゆっくりと顔を上げていく
天井のシャンデリアの眩い光に照らされて、
墨色の仮面がより一層黒みを帯びているようにも見える
「おーーーーーい!!!
他のお鍋ができあがったぞー!!」
視界の外からバン!と、扉を開ける音がした
そして厨房から巨大な土鍋を持っている
プラティさまが現れた
両手には厚手のミトンを装着しており、
その小さな躯体に見合わない
大きな歩幅で机にまで歩み寄っていく
「んー おも…い!
ほい!!」
プラティさまは鍋を
机の真ん中に敷いてある鍋敷きの上に勢いよく乗せる
それに合わせて、
テリウムとルナーシュ様が厨房から出てきた
ルナーシュ様は大きな土鍋を持って、ミトンをつけており
羽織っている白衣には料理の過程でついたであろう
シミや汚れが付着してしまっている
***
「……あれ? 皆様揃いましたよね?
いただかないのですか??」
僕の疑問符が居間中に響き渡る
巨大な机のちょうど中央には
年季の入っているであろう土鍋が3つ、横並びで置かれいる
そのいずれもグツグツと
食欲を掻き立ててくれる音を発しており、
沸騰によって水面には幾多もの泡が現れては消えてを繰り返している
一応僕は礼儀云々を気にして
最も扉に近い《《下座》》に腰を下ろしたのだが…
どうやらこの世界に上座下座とかいう無駄文化はないようだ
本来の上座の席、
つまり扉から最も遠い席にはプラティさまが堂々たる様にて鎮座している
おそらくこの中で一番偉い立場であろう
侯爵のカルシュ様は僕の右隣に座っており……
まぁなんとも違和感がすごい
さらにその隣にはテリウムが行儀良く座っている
行儀がいい理由は
おそらく雇用主であるカルシュ様が見ているからであろう
少しでもカルシュ様が視線をそらすと
すぐに姿勢を崩して、態度が悪くなっているのだし
机をかこむ6つの椅子のうち5つが埋まっている
つまり残りの僕の真正面の席だけが
未だに空席のままなのだ
そこにも他と同様にお盆と箸が置かれているんで
人が来るはずなのだが……
***
20数秒の沈黙の後、
廊下への扉が開いた
それが奏でる音にはなんの特徴もなく
淡々としているようにも聞こえた
「皆様方、
少しお腹の具合が優れず
お手洗いに参っていました
夕食の時間にまで間に合わず申し訳ありません」
少女は扉の前で立ち止まり、軽く礼をして謝辞を伝えた
紫色髪の少女だ
身長は平均的な中3女子くらいで、
僕よりも10cmくらい低め
その髪は肩にかかっており綺麗なボブにまとめ上げている
一番の特徴はとにかく無表情であることだ
口角は常にまっすぐで、
目はぱちくりと開けたままぴくりとも動かない
目のハイライトは他のみんなよりずっとずっと薄くなっている
女の子らしい派手な装飾もデコレーションもなにもなく、
ただ僕と同じ患者衣を着ているのみだ
「いいネ いいネ
そんなに待っていないしネ
それよりお手洗いって……大丈夫なのネ??
さっきも行っていたし……
ああっ!!
もしかしてだけど生理……とかかネ?」
カルシュ様は
僕の真正面にある椅子に座りかけている少女の方を向き
剽軽な態度でそう軽口を叩く
……最悪だ
あまりにもきしょすぎる発言に
旦那に従順なテリウムと
ただ単に意味がわかっていないであろうプラティさま
以外の全員がドン引きをしている
変な語尾と、変な仮面の時点でまともな人ではないとは
薄々勘付いてはいたが……
こいつはここでとどめの一発をかましてきやがった
酒が入ってこの発言だったら、
まだ「あははっ」で済んだかもしれないけど……
シラフでこのデリカシーのなさは、もはや天性のものだ
いますぐこの人に超変態貴族の称号を授与させたい
「生理用のオムツとティッシュの予備は大量のあるから
必要になったら、気兼ねなく言ってネ?」
カルシュ様は変わらぬ態度のまま更に追撃をかけてきた
そもそも論、お手洗いって情報だけで生理って断定してくる
その確固たる自信はどこからくるのか……
「あ……ははっ
ど、どうも お気遣い感謝です
……キモ〜〜」
少女はようやっと椅子に腰掛け、
誰にも聞こえぬようにそう愚痴をこぼした
そのぼやきを僕だけがキャッチして、僕は心のうちで少女に激しく共感する
僕が初めて見たこの少女の表情は、
上司が女部下にするセクハラ発言に対する苦笑いであった




