マグレガー・カルシュ
***
えっと確か夕食会のある居間は
玄関に入って左に直進したら右手にある……だっけ?
通気性の良さからなのか、
屋敷の中の涼しい夜風をこの肌で感じながら
僕は長い廊下を渡っていく
そうやって1分ほど歩いていくと、
ずっと奥の部屋の中から
なにやら料理をする音が聞こえてきた
肉がぐつぐつと煮えて、
食材をリズムよくトントンと切って、
野菜をサクサクと千切りにして、
お皿同士がカタカタ擦れ合う、
そんな音が
まぁ察するに、さっきルナーシュ様が言っていた
”晩御飯の準備”をしてくれているのだろう
ここにきて初の安全な食事、
その甘美なキーワードは
先ほどまでの僕の憂鬱な気分を全て吹き飛ばしてくれた
「流石に……
こんな食欲をそそられる音を聞かされたら
テンション上がるわ!
どんな料理があるんだ?!
やっぱヨーロッパ舞台らしく
ハーブとスパイスがうまく効いたステーキか!?
もしくは窯でカリッと焼き上げられたパンとかか!?
いずれにせよ……
楽しみすぎる!!」
僕はそのあまりに大きすぎる期待を一心に背負ながら、
長い回廊をお気楽にスキップしていく
***
「しっつれいしまーす!
さーて、今晩のお食事はなんでしょーか?」
鼻をくすぐるお肉の匂いが一番する部屋を発見した
僕は期待を胸に膨らませてその扉を開けてみる
「あれ?」
部屋にはだーれもいなかった
あるのは中央の巨大なテーブルと、
そのテーブルのまた真ん中に敷いてある
3つのコルク製の鍋敷き&菜箸
そして6人分のお椀と箸が机の各所にあるのみ
「……え?
菜箸?? 菜箸!?
これさ……絶対西洋料理じゃなくないか!?」
ヨーロッパ風の料理を食せると確信していた僕は
菜箸というあまりにも日本寄りで和風なものを見つけ、
疑心暗鬼になってしまう
「もしかしてだけど……
今日の夕食って……
お鍋だったり??」
「いやいやいや、そんな訳ないよな!!
……えでも食べる時に菜箸を使う料理なんて……
他に数えるほどしかないぞ?」
そうやってぼそぼそと独り言を呟いていると、
またもや扉が開いた
躯体を翻し、入ってきたのが誰であるかをこの目で確かめる
「おーー フウマ!
もう来てたのか!?
もうそろできるから好きな席に座ってていいぞ!」
「あーはい
……って、プラティさま!?
その両手で持っているものは?」
「んー? お鍋だぞ!
本日の夕食は”ほうとう”だ!!」
プラティさまは蓋のある土鍋を持ちながら
扉を開けこの居間に入ってきた
鍋の隙間からは匂いを纏った湯気が噴き出ている
彼女は両手にミトンを装着しているから火傷の心配はなさそうだ
「……は?
マジで!? マジで鍋なの!?
なんで??
せっかく西洋料理が食べられると思ってわくわくしとったんに!!
神様!! もうちょい時代考証、真面目にやってくださいよ!??」
「落ち着けってフウマ!!
何を言ってるかさっぱり分からんぞ!?」
「しかもなんでよりによってほうとうなんだよ!!
せめてヨーロッパの鍋料理出してこいよ!?
ポトフとかフォンデュ鍋とか……
なにゆえ日本のほうとうが来るんだよ!!」
「ほんとに冷静になれって!! フウマ」
彼女は僕を諌めながら、
重そうなお鍋を巨大な机の中央に置き蓋を開けた
その中身を見てみると本当に嘘偽りなく”ほうとう”だった
黄土色のスープの上に
こしのありそうな太麺や南瓜などが浮いている
確かに非常に美味しそうではあるのだが……
「プラティさま……厨房はどこですか?」
僕はプラティさまの足元にまで詰め寄り
肩を掴んでこう問いを投げかけた
「え?……
えーっとこの部屋を出て、
右に進んで3つ目の扉の奥がそうだけど」
「ありがとうございます
ちょっと厨房を見てきます!」
「ふぁ? ま、まぁ別に大丈夫だけど…」
彼女は不思議そうな表情をしながら
僕に「でもなんで?」という疑問を問いかける
その前に僕は急いで扉を開け厨房を目指す
***
「着いた ここまで地味に距離あったのがまたムカつくな……」
プラティさまの言う通り、
居間から3つ目の扉の前に到着し、僕はその厨房の扉を開け放とうとする
「頼むぞ!! 目の前には
ステーキとかパエリアとかブイヤベースとかが広がっていて
中世異世界の尊厳を保ったままでいてくれ!」
そう心に念じ、扉を開け放つ
部屋自体は設備の整った、THE中世って感じのキッチンだ
石造りの壁に沿って並べてある調理台、
フックに掛けられている数多くの調理器具、
小綺麗なシンクとコンロ……っぽいもの、
ざっとこんな感じだ
でも、そこで作られている料理は変わらず
《《日本式のお鍋》》だった
昔からの近眼のせいでよく見えないが
作られているのは
牡丹鍋(本当に猪のお肉かは不明)と
芋煮鍋だ
ということはさっきのほうとうと合わせて
合計3種類の鍋を1回の夕食で食べ切るらしい
……誰かこの屋敷の中に大食漢でもいるというのか!?
***
その厨房の部屋には、身長に幅のある3人の男女がいる
少女のルナーシュ様に青年のテリウムに……
それに見知らぬ長身の男が1人
長身の男は
牡丹鍋と真正面で向き合い、
鍋に火にかけて煮え切るのを待っているようだ
他の2人は牛刀包丁を手に持ち、具材をトントンと切っている
「えっと、ルナーシュ様?
………ルナーシュ様!!?」
キッチンの喧囂のせいで
弱腰な声じゃ全然届かなかったぽいので
きちんと声を張り上げて
呼んでみたら無事に反応してくれた
「はい? どうしたのフウマ??
もうすぐ出来るから向こうの居間に行って、
お席に座って待ってればいいわよ」
頭には蝶々柄のタオルハンカチを軽く結び、
腰には無地のサロンエプロンを羽織っている
そのどちらも侯爵家のご令嬢様……とは到底思えない格好をされている
「えっと まず料理が和風お鍋というのも十分すぎるくらい衝撃なんですが……
なんであなた様方が自らで御夕飯を作っているのですか?
お屋敷にいるメイド……
あ、いや
召使いにやってもらえば良いじゃないですか?」
「それはボクが代わりに答えるネ!」
笑顔のルナーシュ様の後ろから声がした
先ほども見た、長身の男と呼んでいた者だ
独特な衣装を身に纏い、
顔には奇妙な彫りがされている《《黒の仮面》》を装着している
髪はテリウムと同じ黒髪でショートにまとめ上げている
まぁ一言で言えば「変態貴族」と、
そういう表現が妥当であると感じる
「今現在、この屋敷で働いてもらっている召使い5人は
全員、2ヶ月の慰安旅行に出掛けているからネ〜
だれもお食事を作ってくれる人がいないのネ
だーからこの2ヶ月の間は
ボクらが代わりに朝昼晩のご飯を作っているって訳ネ」
気持ち悪いほどの愉快さを身に纏いながら話をする
まるでお客さんを楽しませようとする大道芸人、ピエロのように
「ああ……
ご丁寧にどうも感謝です
ですけど……
ところであなたはどちら様でしょうか?
恐らく初対面だと思うんですけど……」
「あーごめんネ!!
僕としたことがうっかりネ!
では
こほん……
ボクはマグレガー家第11代当主、
マグレガー・カルシュ……
と申します
どうかお見知りおきを」
男は料理をするその手を止め、
僕の方を向いて貴族様らしく右手を胸へあてがう
そして深く、深くお辞儀をしてきた




