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お嬢様Saga:ドラゴン肉のポワレ〈焦がしバター〉 狂食淑女の微笑みを添えて  作者: 財務白関
最終章:王女様、Sagaになる

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25話「アルマンとリュシールの結婚」

この世界に、夜と昼を分かつ明確な境界線など存在しない。

闇が訪れるたび、光は必ずその手前で揺らぎ、光が満ちるとき、闇は必ずその深淵で脈動している。


ある古びた文献は、世界をこう定義していた。


『世界とは、光と闇の“味”が混ざり合ってできた大いなる器である』と。


かつてこの記述を真に理解した者はいなかった。

光に味などあるはずがなく、闇はただの影に過ぎない。

もし世界が器だというのなら、その中身を料理するのは一体誰だというのか。


だが、この時代の人々は、やがて知ることになる。

世界を作り、世界を壊し、そして世界を“味わう”一人の令嬢が存在することを。


彼女は今日もどこかの厨房で、慈しむように穏やかに鍋をかき混ぜている。

その一口の“味”が、世界の(ことわり)そのものへ触れる鍵になるとも知らずに――。


-----


春の終わり、王都ヴァロリアの空は澄み渡り、柔らかな陽光が石造りの街並みを包んでいた。

中央区画に建つ王都の礼拝堂は、この国で古くから誓約と節目を見届けてきた場であり、今日もまた、祝意を湛えた静けさに満ちている。


白い石壁は簡素で、高窓から射し込む光が床に淡い模様を描いていた。

壁際には季節の花と香草が控えめに飾られ、過度な荘厳さよりも、人の営みに寄り添う落ち着きが漂っている。


シャトネ伯爵家の親族と縁者、そしてラ・ロシュ家の関係者が揃い、礼拝堂には穏やかな緊張と期待が広がっていた。


弦楽の音が低く流れる中、中央の通路をアルマン・ド・シャトネが進み出る。

黒の正装に身を包んだその姿は、狩猟や戦いで鍛えられた体躯を隠すことなく、けれど今日ばかりは剣も弓も帯びていない。

背筋を正し、視線を前に据えた横顔には、決意とわずかな緊張が滲んでいた。


やがて、奥の扉が開く。

差し込む光の中に、リュシールの姿が浮かび上がった。


純白のドレスは、リュシールの清楚な佇まいと、長年仕える中で培われた所作の美しさをいっそう引き立てている。

淡く揺れる布の奥に、慎みと同時に、確かな意思の光が感じられた。


一歩、また一歩と進むその足取りは、自ら選び取った人生へ向かう、静かで揺るぎない歩みだった。


リュシールの視線が、ほんの少しだけ揺れる。

祭壇の側に立つエレオノールを見つけたのだ。


二人の間に言葉はない。

けれど、七歳のころから幾度となく交わしてきた「大丈夫」の合図が、そこには確かにあった。


リュシールの指がドレスの裾をわずかに強く握る。

それを見て、エレオノールは誰にも気づかれぬほど小さく頷いた。


アルマンはその様子を見つめ、深く息を整えた。

矢を放つ前とも、敵を見据える時とも異なる、率直な感情がその表情に浮かんでいる。


二人が向かい合う位置に立つと、礼拝堂は自然と静まり返った。

その少し前に立つのは、エレオノールだった。


淡い青のドレスに身を包み、背筋を伸ばして立つその姿は、主家を代表する者としての気品を湛えている。

視線は穏やかで、ただ二人を見つめていた。


だがその眼差しは、ただの儀礼ではなかった。

リュシールが迷いなくここに立てるよう、幼い日から手を引いてきた者の目だった。


アルマンはエレオノールに向けて誓いの言葉を述べた。

共に生きること。

健やかなときも、病めるときも。

困難にあっても背を向けず、並び立つこと。


その声には迷いがなく、決意が響いていた。

リュシールもまた、同じくエレオノールを見据え、誓いを返す。


誓いの最後、リュシールはほんの一瞬だけ肩を震わせた。

その視線は、主を見るものではなかった。

長い時間の中で、いつの間にか隣にあった存在を、確かめるような――

そんな揺れだった。


その目元に浮かんだものを、エレオノールは見逃さない。

だからこそ、ほんのわずかに口元を緩める。


理由は分からない。

ただ、その表情を向けられたままではいられなかった。


指輪が交換され、二人の手が重なる。

それを見届けたエレオノールが小さく頷くと、礼拝堂に拍手が広がった。

前列に並ぶ両家の人々の表情が和らぎ、祝福の気配が満ちていく。


扉が開かれると、春の光が一気に流れ込んだ。

外では花びらが風に舞い、穏やかな声が重なっている。


アルマンはリュシールの手を取り、ゆっくりと歩き出した。

その指先に込められた力は、導くためでも守るためでもない。

共に並び、歩むための、確かな温もりだった。


その背を見送りながら、エレオノールは息を吐く。


七歳のころから見てきた背中。

主と侍女として重ねてきた日々だけではない。

泣きたい夜も、笑いをこらえた朝も、一緒に叱られたあとにこっそり菓子を分け合った午後も。

すべてが今日へと続いている。


リュシールは、自分で選び取った道を歩き出した。

そのことを誇りとともに、言葉にならない感触として胸に残す。


けれど、もう心配はいらない。

あの子は一人ではない。

そして自分もまた――


その確信が、エレオノールの胸を温かく満たしていった。


エレオノールは小さく微笑む。

今夜振る舞う祝宴の料理を、すでに心の中で思い描きながら。

そして、誰にも聞こえないほどに小さく呟いた。


「……おめでとう、リュシール」

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