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お嬢様Saga:ドラゴン肉のポワレ〈焦がしバター〉 狂食淑女の微笑みを添えて  作者: 財務白関
第5章:王女様、世界最強を喰らう

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24話「勝利と門出」

エレオノールはタラスクに〈ハクエイ〉を突き立て、光魔法を一気に流し込んだ。

刃を通じて送り込まれた光は、タラスクの体内へと広がっていくと同時に、タラスクの膨大な魔力が刃へと集まり、整えられた流れとなってエレオノールの身体へ流れ込んでくる。


魔力は最初からエレオノールにあるべきもののように馴染んでいく。

タラスクの魔力は次々と取り込まれ、余剰を残すことなく、すべてがエレオノールへと還元されていった。


タラスクの巨大だった体躯は徐々に縮まり、鱗は光を失いながら柔らかな色合いへと変わっていく。

威圧するような存在感は失われ、やがて、タラスクは人と変わらぬ大きさとなり、ゆっくりと高度を下げていく。


やがて、空が変わり始める。

王都を覆っていた曇天は、押し流されるように薄れていき、雲の切れ間から柔らかな光が差し込んだ。

空気にまとわりついていた重さが消え、視界が澄んでいく。


エレオノールは、光が完全に収まったのを確かめると〈ハクエイ〉を引き抜き、地上へと降下した。

すでに先に滑空して降りていたブランシュが、すぐそばで待っていた。

白馬は首を低くし、主人を迎える。


「ありがとう、ブランシュ」


エレオノールはその首筋に手を置き、短く撫でた。

ブランシュは穏やかに鼻を鳴らして応える。


ほどなく、駆け寄る足音が重なった。

アルマンを先頭に、リュシール、ヴァンサン、マリアンヌが次々と姿を現す。

誰もが言葉を発する前に、幼体となったタラスクと、無事に立つエレオノールを見て状況を理解した。


「……やりましたね」


マリアンヌの静かな声に、エレオノールは一度だけ頷く。

張り詰めていた空気が和らぎ、誰もが安堵の息を吐いた。


遠く、王都の方角から鐘の音が響いてくる。

警鐘ではない。

時を告げる、いつもの音だった。


空を覆っていた雲は完全に退き、陽光が地上へ降り注ぐ。

瓦屋根や石畳が光を反射し、人々が顔を上げるのが見えた。

恐怖に凍りついていた街が、ようやく動き出していく。


言葉にならない声が、あちこちから零れ落ちる。

それは歓声ではなく、長く張り詰めていたものが解放された音だった。

エレオノールは何も言わず、青空の下で、人々が再び歩き出す光景を見つめている。


長きにわたり人類の上に影を落としていた厄災は、ここで終わりを迎えた。



-----


〽食べてあそばせ 王女様

甘い生地に砂糖をかけて

ほっぺた落ちるぞ 雷落ちるぞ


食べてあそばせ 《エクレア》を

甘い生地にショコラをかけて

剣を打ち込め 勝利の味だ



その夜も、王都のあちこちでは、エレオノールとタラスクの戦いの話が語られていた。

ヴァロリアの民の口から口へと広がった英雄譚(サーガ)は、エランソワのみならず周辺諸国にまで伝播している。


また、ラ・ロシュ領で売られていたエレオノール考案の菓子ププランは、商人の手によって《エクレール・ドゥ・レア(レアの雷)》と名を変え、今や王都中で見かけない日はないほどの人気となっていた。


甘さの奥に感じる力強さを、人々は「英雄の雷の味」だと噂している。

王都では、通りや広場で子供たちが、その菓子を歌詞にした童歌を口ずさむ声が、日常の風景としてよく聞こえるようになっていた。



「リュシール、明日のことですけれど」


エレオノールが扉を開けると、そこには思いがけない光景があった。


リュシールは小さな椅子に腰かけ、頬をゆるませながら、淡色の布包みから《ププラン》を取り出し、両手で大切そうに持っている。

甘い香りが室内にふわりと広がり、砂糖を焦がした表面が灯りを受けて艶やかに光っていた。


「まあ。夕食は終えましたわよね。夜にそれはどうしたのかしら」


そう声をかけると、リュシールは、はっとして姿勢を正し、慌てて布包みを膝の上に置いた。


「も、申し訳ありません。これは街で買ってきたものです。明日のことを思うと、どうにも緊張してしまって……眠れそうになくて」


言いにくそうに視線を伏せながらも、口元にはどこか浮き立った笑みが残っている。

エレオノールは一瞬驚いたように目を瞬かせ、それから柔らかく微笑んだ。


「言ってくれれば、私が作りましたのに。明日の式を控えた夜なのですから、少し甘いものくらい許されますわ」


「姫様……」


リュシールは胸の奥が温かくなるのを感じ、もう一口だけ《ププラン》をかじる。

外側の軽い歯触りと、中のやさしい甘さが、張りつめていた心を少しだけ解いてくれた。


エレオノールはその様子を確かめてから、腕に掛けていたドレスをそっと広げ、リュシールの前へと進み出た。


「それで、明日の式に着るドレスですけれど……私は、これでよろしいかしら?」


淡い青のドレスが、灯りの下で微かに揺れた。

上質な絹が波打つように落ち、光を受けて水面のようなやわらかな陰影を描く。

派手さはないが、凛とした気品があり、礼拝堂の白い石壁によく映えそうだった。


「とてもお似合いです。きっと、誰もがお嬢様から目を離せなくなります」


リュシールの率直な言葉に、エレオノールは小さく笑った。


「まあ。主役はリュシールですのよ。私はあくまで見守る役ですわ。リュシールの純白ドレスが楽しみですわね。ご両親とも久しぶりに会うのでしょう? きっと喜ぶわ」



タラスクとの戦いから三か月。

アルマンとリュシールは、結婚することとなった。


報告を受けたとき、エレオノールは驚きを隠せなかったが、話を聞けば、魔法鍛錬を重ねるうちに自然と距離が縮まったのだという。

エレオノールは心から祝福の言葉を贈り、二人の未来が穏やかであるよう祈った。


結婚式は王都の礼拝堂で行われ、ヴァンサンとマリアンヌも列席する予定だ。

白い石造りの空間に、祝福の歌が響く光景が目に浮かぶ。


一方、幼体となったタラスクは王立学術院に預けられていた。

魔力はほとんど失われているが、油断すれば人の腕ほどなら噛み切ってしまう凶暴さは残っているらしい。



控室で、エレオノールはふと思い出したようにリュシールへ声をかける。

その声には、いつもの澄んだ響きに、ほんのわずかなためらいが混じっていた。


「それで……本当に良いのですの?」


リュシールが顔を上げる。


「二人の住まいは近くに用意しましたし、結婚するのですから、私の侍女は続けなくてもよろしいのですのよ?」


リュシールは一瞬だけ言葉を失い、そして、ゆっくりと息を吸った。

幼い頃から、何度となくこの部屋でエレオノールの背を見てきた。

泣いた日も、笑い合った日も—— すべてが胸の奥に重なっている。


「……姫様」


そう呼ぶ声は、静かで、決意だけがはっきりしていた。


「私は、姫様のお側にいたいのです」


エレオノールの眼差しが、わずかに揺れる。


「侍女として、というだけではなく……気がつけば、そうしていました」


リュシールは背筋を伸ばし、確かに告げる。


「私は、自分の意思でここにいたいです。妻になることも、家を持つことも、すべて大切です。それでも……姫様のお側にいる時間を、私は手放したくありません」


その言葉は、誓いのようでもあり、願いのようでもあった。


エレオノールはしばらく何も言わず、リュシールを見つめていた。


七歳の頃、手を引いて歩いた廊下。

夜更けに菓子を分け合った厨房。

戦いのあと、何も言わず側に立っていた背中。


やがて、エレオノールは小さく息を吐き、微笑む。


「……そう」


そして一歩近づき、そっとリュシールの手を取った。


「では、これからも今まで通りですわね」


リュシールの瞳が潤み、しかし涙はこぼさなかった。


「そうですわ。明日の朝、支度の時にこちらへいらっしゃい」


「え?」


エレオノールは、少し誇らしげに言った。


「あなたの髪を、私が結って差し上げますわ」


リュシールが目を見開く。


「姫様が……私の髪を?」


「子どもの頃、私はあなたの髪を結うの得意だって言っていたでしょう?」


思い出したように、リュシールの頬が少し赤くなる。

昔、鏡の前で「お姫様ごっこ」だと笑いながら髪をシニヨンに結い合った、あの時間。


「明日は、その“続き”ですわ。あなたが新しい日を迎えるのですもの。私が結んで送り出したいのです」


リュシールは胸がいっぱいになって、今度はとうとう涙が溢れた。


「……嬉しいです」


リュシールが涙を拭いながらそう言うと、エレオノールは満足そうに微笑んだ。


「では、今夜はもう眠りなさい。明日は長い日ですわ」


窓の外では、夜がいっそう深まり、星の光だけが澄んでいく。

二人はその静けさをひと息ぶん分け合うように見つめたあと、


「おやすみなさいませ」


「ええ、おやすみなさい」


と小さく挨拶を交わし、それぞれの寝室へ向かった。

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