鬼
『…おはようございます』
『…おはよう、ございます…』
翌日、図書館の入り口で、朝一で黒田さんに鉢合わせてしまった。
私は一瞬固まりつつも、すぐに挨拶したけれど、黒田さんは私よりも数段輪をかけてぎこちなく挨拶を返して、さらに目も合わせずに私を置いてスタスタと建物に入っていった。
(…え?)
私としては今日も顔を合わせるなり百鬼夜行だのなんだの騒がれると思っていたので、拍子抜けだった。
その後も、同じカウンター業務にも関わらず彼は一言も私に話しかけることなく職務に励んでいた。
何なら早すぎて、受付の業務を彼一人で捌いてしまうので、私は若干手持ち無沙汰気味になっていた。
『これ、破れてたみたいで…』
返却カウンターで、そう言い添えて渡された本をパラパラと捲って確認すると、確かに数か所破れているページがある。
『分かりました。こちらで補修しておきます。』
破損箇所にしおりを挟んで、補修にまわす一時棚に置いて、残りの返却本の処理と修理本の手続きをする。
『ありがとうございます。』
利用者が去ったところで、先ほどの本を一時棚から修理待ち棚に移そうと視線を向けると、すでに空になっていた。
奥の棚で、まさに先程の本を修理待ち棚に本を収めている黒田さんと目が合う。
『あ。』
一瞬合った視線はすぐに逸らされ、黒田さんは軽く会釈してすぐにパソコンに向かって行った。
足元のガラス窓から、離れていく黒田さんを訝しむ尾火と、不安げに私を見つめる萌葱が見えたので、一度だけ同意するように目線を合わせる。
今日はその後はいっそ不自然なほど黒田さんと接触が皆無だった。
被るはずだった新書の分類とブッカー業務も、私と、その他の担当者が取り掛かろうと見にいったら、段ボールの全ての本は処理されて棚に収められていた。
隣の部屋で作業していた細川さんが
『なんか、ちょっと前に黒田さんがすごい早さで目の端を何回も通ったから…たぶん、そうなんだと思うよ…』と苦笑いしていた。
暇を持て余した私は、掃除道具を持って閉架に向かった。
カウンターには私を避けまくっている黒田さんが居たので、私は鬼ではないからわざわざそこに割り込みはしなかった。
(鬼、ねぇ。)
なんとなくさっさと全体の棚を乾拭きしながら、桃太郎を探してしまう。
意外にも民俗学の棚で桃太郎の文字を見つけ、思わず手に取ってパラパラとページを開いた。
◇◇◇
『は!』
慌ててスマホを見ると、読み始めてから十分ほどしか経っていなかった。
(体感的には一時間くらいだったのに。)
あくまで諸説ある中の一つにすぎないが、伝説の中の桃太郎は絵本の桃太郎とはあまりに違っていた。
鬼は鬼ではなく、最新技術で頭角を現した地方の実力者で、それを出る杭は打たれるが如く、朝廷から派遣された戦士に撃たれたという解釈の話。
その戦士こそが桃太郎。
強大な力が、脅威になるかもしれないからと、相手の臆病のために排除される。
ーー目を閉じてみる。
山頂にそびえ立つ、城の櫓に私は立っている。
そこで私は自由だった。
女子の姿だろうが、巨大な骸の姿だろうが、好きに転じて、誰が怖がろうが、誰を助けようが、好きにしていた。
櫓のてっぺんで骸骨の姿で踊っていたら、唐突に正義を語るおかしな奴が現れた。
悪しきお前を倒しにきたとかなんとか
口上が終わると一斉に無数の矢が四方から飛んできて、私の楽園が終わったのだと悟った。
ーーパタン
本を閉じて立ち上がると、掃除道具を持って閉架の電気を消した。
真っ暗になった。
その日はバス停でも黒田さんとは会わなかった。




