アルコール
『テキーラ、もう一杯』
『ガラシャ!』
『ガラシャさま〜』
目の前に、グラスの縁に塩がつけられた琥珀の酒と、ライムが添えられて出される。
『はい、どうぞ』
出されたグラスを何のマナーもなく一息に煽ると、目の前のバーテンが、
『テ・キーラ!!』
となぜかはしゃいで叫んでいる。
『ガラシャさま、もう帰りましょうよー、お酒ならお家で呑みましょうよ〜』
『そうだ!よりにもよってこんな店で!いつ毒を盛られるか!』
尾火がチラリとカウンターに立つ男性を見る。
黒いシャツに黒いパンツと、耳についた黒光りするピアスが、男の白い肌とコントラストを強調して、彼の美しい灰色の瞳を引き立てていた。
男は中性的で整った顔を笑顔にすると、その口からわざと見せつけるように、先の割れた舌をチロリとのぞかせた。
『毒なんていれないよ。姫にいれても意味ないじゃん。』
『おまえ…』
『尾火、シロちゃんそんなことしないよ〜。』
『いや、意味なくても不味いからやめてよ。』
私が答えると思わなかったのか、シロが私を見て目を丸くする。
『姫、機嫌悪いの?ていうかそんなにぱかぱか飲んで味なんて分かるの?』
『…分かる…ような、気がする。』
確かに普段は店で飲むこともないし、とにかく度数の強さで選んだアルコールを、燃料の如く摂取している。
『帰る。会計して。』
私は立ち上がってリュックを背負う。
『いいよ。今日は奢りで。』
『…なんで?』
シロが急に気前のいいことを言うので私は警戒心を露わにする。
『なんか、日原に変な奴がウロついてるから、ガラシャが追っ払ってくれるんでしょ?青日羅さんから聞いたから。前奢り。』
シロはもともと日原に住む蛇の妖だ。
きっと黒田さんを見つけて青日羅に直談判しに行ったのだろう。
『シロが何とかすればいいじゃん。』
『いや、ちょっと脅かしてやろうとしたら、いきなり弾き飛ばされて消されたやつとかいるらしいからさ。』
私はため息をついて、ひらひらと手を振って店のガラス戸を開けた。
外はもう真っ暗で、雑居ビルの外階段を金属音を鳴らしながら降りていく。
スマホを見て、なんとなく検索する。
明日はシフトが休みだった。
マップアプリが示す路線の電車の駅に向かう。
尾火と萌葱には申し訳ないけど、私は無言で目的地も告げずに移動する。
身体にアルコールは感じるが、酔いは無いし、対して体温も上がらなかった。
(寒いなぁ。)
ーー私は冷え性ではない。
寒くなる時は、イメージが近づく時。
自分の、皮膚が、肉が、血が、無くなって
骨になるイメージが近づくと、頭の中が、寒くなる。
返して、私の取り上げた温度を返してとーー
辿り着いた駅で降りると、特に住宅も少ない地域なのかすでに終電だった駅には誰もいない。
改札を降りて少し歩くとすぐに潮の匂いがした。
海が近いが、そこはレジャーや恋人が訪れるような浜辺は無く、真っ暗な闇に波の音だけがこだまして、おそらく黒い影は防波堤のようだったが、照明が無く何もかもが闇の中に溶けていた。
それでも私は道を迷うことなく歩いていく。
"見えていたから"
波から這い出してくる巨大な怨念の炎が。
私を目指して、じりじりと周囲の空気を焼きながら近づいてくる。
私自身も、吐きそうな気持ちと、飢えるような相反する気持ちに身が裂かれる。
目の前に迫った炎を見て、私は大きく口を開ける。
そのままスゥと息を吸い込むが如く、炎は私の喉を通り腹に取り込まれる。
それは見た目に反して身体の中を通る時氷のように冷たく、私の身体は凍りついたらようにいうことをきかなくなる。
(寒い寒い寒い寒い寒い…)
頭の中の思考が止まらなくなる。
カシャリ ガシャ カタリ ガラシャ
ガラシャガラシャガラシャガラシャ
私の背後を漂っていた幾多の怨念の炎が一つずつ骸となり、背後で組み上げられてゆく。
数多の色の炎に包まれた私の身体は燃え尽き、そこには天を突く巨大な骸骨の化け物
いや、巨大な骸となった私が居た。
ガラシャガラシャガラシャガラシャ
私は這って向きを変える。
大きさの割に動きは素早いのが私の強みでもある。
『で、何の用?』
声帯のない、骨を通る声は、普段の私の声よりも、掠れて低い。
(この状態で喋ったの、子供の時以来かも)
私はそんなことを考えながら、揶揄うように問うた。
『成敗しにきた?』
黒田魁斗は、無表情のまま、黒い双眸で私を見上げていた。




