尾火と萌葱
『とりあえず、ここならいいんですよね?バスの時間もあるし、一旦見てくださいよ。』
宥めるように声を掛けられて、腑に落ちないながらも、話を進めたいのは確かなので、顔を上げる。
黒田さんの素肌のお腹には、臍から腹筋の辺りに奇妙な絵の様な物が描いてある。
刺青?のようにも見えるけど、微妙に発光しているし、お腹を動かしていないのに、揺らめいている様にも見える。
(何?この形。お臍のところで丸くて、放射線が、あって、下に突起?上に棒がついてて。金色…え、…もしかして)
『もしかして、私、すごく手の込んだ、悪質なセクハラを受けていますか?』
『そんなわけないじゃないですか!何のために!』
『いや、黒田さんなら、そういうこともするのかな?って』
『いや、想像した何かは分かりますけど、違うと思います。ちゃんと調べてはないんですけど、武器だと思うんですよ。確かこんなのが出てきた神話があった気がします。』
『はぁ。そうなんですね。』
話している間も、武器?の周りに描かれている炎のような模様が時々本物のように炎の如く揺らめいている。
これがただの刺青ではないことは確かなようだ。
『これは、閉架での水谷さん圧死未遂の時に、全力で勝手に動くハンドルを逆回転した時に、たぶん浮き出てきたみたいで。』
『なるほど、不思議ですね。』
『これが出てきてからですね。 あの生意気な女児をはじめ、水谷さんの周りにはいつも火の玉みたいのがたくさん見えるんですよ!
それをこっそりチョイっとすると、一旦消し飛ぶんですけど、すぐまた元通りになる。
しつこく同じやつを狙うと少し小さくなる。だからさっきの骨も出来ると思ったんです。』
私は話を聞きながら、話しながら指で空間を突く動作をする黒田さんを見て眉を顰めていた。
(チョイっと?)
チョイっと勝手に何してんだ?こいつ。
私は懸命に話の流れから、黒田さんの意図を推理する
『…つまり、何か黒田さんの目覚めた力について、キッカケになった私に何か聞きたいとか、そういうことですか?』
『いやいや!僕の力が何かなんて、どうでもいいんですよ!』
(んん?)
どうしよう思考が噛み合わない。
『じゃあ結局なんなんですか?人のことコソコソ調べて。』
『僕はね、力を使う大義名分が欲しいんです。』
『大義、名分?』
黒田さんは深く頷いて、続きを話す。
『ここからは僕の推測ですけど、日原の山中深くに、いくつか木がなぎ倒されてる箇所があるんです。それは直線でまるで大きな何か重機の様な物が無理矢理通ったように。』
(…どんだけ、山中入り込んだわけ?)
『ただ地面にはローラーの跡も車輪の跡もない。むしろ巨大な、まるで手のような後が、四つん這いで進んだように見えるんです。』
(まぁ、黒田さんなら、何時間も這いつくばって、そんくらい見つけ出しそうだ。)
『こんな感じで。』
両手でTシャツのがしゃどくろを広げて見せつけてくるが、顔を背けて知らんぷりする。
『閉架で聞こえた、ガラシャガラシャという音は、まさに複数の硬い棒がぶつかり合ってる感じでした。』
勢いづいてきたのか、黒田さんはどんどん早口になる。
『そして、あの直後の水谷さんはかつて無いほどの顔色の良さ!』
(うるさいなぁ…)
『もしかすると、水谷さんは二ヶ月に一回、どうしても巨大な髑髏のような何かを呼ぶか、自身が変身するかしないと、具合が悪くなる。そういう体質なのではないですか?』
『そうだったとしたら、なんなんですか?黒田さんに何の関係が?』
私の不機嫌はピークに達していた。
何の遠慮もなく、黒田さんを睨みつける。
『僕は、それを思いきり、ぶっ壊したい!』
『…は?』
黒田さんの喋りはさらに加速する。
目がギラついて、前のめりになり、私の両肩を掴んでくる。
『僕はね、子供の頃から"桃太郎"が羨ましくて仕方なかったんですよ!強い力を持って産まれて、実に都合よく、社会に許されながらもその力を振るう場所も相手も用意されている!しかもぶっ飛ばした暁には感謝すらされる!』
(つまり、この人がぶっ飛ばしたい相手って)
『私のことを、ぶっ飛ばしたいと?』
『…おや?』
黒田さんの、私の両肩を掴んでいた力が緩んで、急にキョトンとする。その顔が妙に幼く見える。
『場合によっては、そうなりますね。』
サクッ
何かが突き刺さる音がした。
音がした下の方に視線を落とすと、目の前のがしゃどくろが裂けて、銀色の尖った切っ先が見えていた。
黒田さんは一瞬、自分の腹部から突き出た"それ"を見てから、瞬時に無表情のまま背後に肘を突き上げた。
『くっ!』
黒田さんの背後から、小さな影が跳躍して離れる。
その短い間に、腹部の切っ先が、熱せられた金属の如く、ドロリと溶けて落ちた。
落ちたそれは木の葉残骸へと変じる。
『な!萌葱の刃が!こいつ!!』
頭に尖った耳が生えた幼女が、大きく跳躍して黒田さんに飛びかかるが、黒田さんは僅かに身体を反らすだけでソレをかわすと、その動きの流れのままに、幼女のスカートの下から生えていたフワフワの尻尾を鷲掴みにした。
『イタタタタタタ!!!!』
『やめて!尾火を離してぇ!』
尾火と呼ばれた狐の幼女の影から、もう1匹、尖った耳が生え、フワフワの尻尾がはみ出いる幼女が飛び出てきて、尻尾を掴む黒田さんの腕にぶら下がって噛み付く。
『萌葱、尾火、やめなさい!…黒田さん、二人を離して。』
三人は三者三様の表情を私に向けたが、一旦止まってくれた。
黒田さんが掴んでいた手を緩めると、尾火が素早く私の元に走り、萌葱もそれを追う。
黒田さんの腹部をチラリと見ると、Tシャツは裂けているが、出血している様子はない。
『ガラシャ、あいつは良くないと思う。』
『青日羅様の言う、ボヤだよぉ。ち、小さな火のうちに対処しないと、炎の大きさの分だけ金が掛かるってぇ。』
尾火と萌葱が私の右足と左足にそれぞれ纏わりついて、助言をする。
『分かってる。でも彼は、たぶん危険だわ。相当。』
私は二人を庇うように後ろへやると、黒田さんと向き合う。
もうこの人をただの図書館の同僚とは、思えなかった。
目の前の彼は、自分でTシャツの裂け目を見て、首を捻っている
(こいつが、何なのか。見極めないと、私は…)
(私は、)
(こいつに、ぶっ壊される)
『黒田さんの目的は分かりました。では、最初に言ってた百鬼夜行とは、何のために?』
『ああ、その話ですね。』
何事も無かったように、笑顔で話し始める目の前の男に背筋が寒くなる。
『日原の地下に、新しい鉄道が走る計画があるのはご存知ですか?』
『鉄道?』
急に飛んだ話に理解が追いつかない。
『まだ計画段階らしいんですけど、隣村のおばあさんにも聞いて、確かに地形を見るとあり得るだろうな、と。そして調べたら、どうやら今度のハロウィンの日に視察があるみたいなんですよ。』
(何が言いたいの?鉄道?青日羅は知っているの?)
『だから、水谷さんの力と、その周りをウロチョロしている奴らをまとめて解放して、百鬼夜行を視察とぶち当てれば、いいかなぁと。計画も延期するだろうし、今後も土地が守られる。何よりも僕がそれが見てみたくて!』
『…私が、そんなことを、したいと?』
『え?でもあの山が無くなると、困るのは水谷さんですよね?もしかしてすでに他のアイデアが?』
ブチ
意味が分からないとでも言いたげに、腕を組んで目を見開く黒田に、ついに堪忍袋の緒がきれた。
『…うざい』
ここまで私の尊厳をガン無視する輩相手に対する礼儀など私は持ち合わせていない。
『え?』
『うざいって言ってんの』
黒田さんが分かりやすくガーンと青ざめる。
私はスマホで時間を確認すると、萌葱と尾火の手をとってスタスタとバス停に向かう。
ちょうどブゥンと向こうからバスが来ていた。
バスに乗り込もうとすると
『あ、あの』
と、すっかり先程までの勢いを失って萎れた黒田さんが声を掛けてくる。
ステップに足をかけてから振り返る。
『頼んでもないのに、こそこそ調べられて、勝手に私のこと決めて、気持ち悪い。』
さらにショックを受けた顔になる。
『あと、私ハーフじゃないから。なんでも勝手に決めないで。』
『カタカナの名前で、そんな見た目なのに?!』
プシュっとバスのドアが閉まり、私は一番後ろの長い座席に尾火と萌葱を窓側に座らせて、リュックと小さい手提げをそれぞれの膝に乗せてやる。
こうすれば私が少し非常識な乗客になるけど、誰かが上に座ることはないだろう。
すぐにうつらうつらする二人に、
『青日羅のところに行こう』
と小声で伝えると、こっくりと頷く。
私は窓に映る自分の姿を見る。
くっきりした二重に、高い鼻梁。
窓だと色彩は分からないが、血色が無いせいで元々白い肌は後ろが透けるんじゃないかってほど白くて、髪と瞳は赤みがある茶色。
(まぁ、確かに会う人一度はハーフに間違えるけどね)
祖母も母も父も、ただただ全員珍しい色彩でバタ臭い顔なだけの純日本人なのだ。




