呪い
『骨の方でいいんですよね?』
『逆に何で骨の方、なんとかできるんですか?』
『あ、それなんですけどね…』
ブーブーブーブー
突如鳴り出したバイブ音に、私が飛び上がるほど驚いたのと対照的に、黒田さんはただポケットからスマホを出して画面をタップした。
『休憩終わりなんで、また帰りにでも話しますね!じゃ、水谷さんも一分後に。』
何の余韻もなくスタスタと背を向けて去って行く黒田さんの背中を呆気にとられながら見送る。
そのまま去ると思いきや、不意に立ち止まって振り返る。
『そこの白粉花のとこの二人も、今ぶん殴った方がいいですか?そいつらよく見たら毎日図書館いますよね?』
指摘された女児二人が、歯を剥き出しにして、到底子供とは思えぬ形相で黒田さんを睨みつける。
『…この子達はいいの。いるだけだから。』
今度こそ『分かりました』と手を振って去って行った。
私はため息をついて、きっかり一分後に図書館に戻った。
(私も言えたもんじゃないけど、黒田さんの情緒の無さは、"人でなし"レベルだな。)
午後はカウンター業務に入る。
カウンターは苦手だ。
『次の方どうぞー。』
私の声に、隣のカウンターを担当していたスタッフが、『あれ?』と、"誰もいない"私を見る。
私は少しオーバーに照れた表情を作り
『間違えて反射的に出ちゃいました。』
と言う。そういうことにする
『分かります〜、忙しいと流れで違うこと言っちゃいますよね!』
二人で小さくて笑い合っていると、視界の端で貸出列にいた人影がスッと消える。
(最近は間違えないのに。絶対昼のせいで動揺してるからだ。)
私が"人ならざるす者"が見えるのは、それこそ生まれた時からだ。
うちは代々、"呪い"を受けている。
初めに生まれた女子にその"呪い"が受け継がれる。
おばあちゃんも、お母さんも、"呪い"を背負って生きてきた。
10歳まで、ある程度、身体の中に"呪い"を溜め込めるまで、おばあちゃんとお母さんと日原の山中で、隠れるように暮らしていた。
今も二ヶ月に一度くらい。
本当はもっと頻繁に行けと言われているけど、ギリギリ引き延ばして、そのくらいの割合で日原に行く。
(どうしよう。たぶん、もうほとんどバレている。)
黒田さんは日原に行ったと言っていた。
何か見られたのだろうか?
あの辺りは山道が切り開かれていないのにどうやって入ったのか。
『すみませーん。』
『はい!』
今度は本物の、人間の利用者に声を掛けられたので、思考を止めて貸出手続きを行う。
連続して、何人も手続きの流れ作業をしていると、思考で火照っていた頭が自然と冷えてくる。
(…別にいいや。)
ピッ ピッ
電子音に合わせて、貸出本のリストが増えていく。
『10月31日までのご返却になります。』
『あ、お母さん!ちょうどハロウィンだ!』
『ほんとだね。』
列の最後だった親子を見送ってから
カレンダーを見ると、ちょうど今日はハロウィンの二週間前だった。
(だって、バレようがバレまいが、結局わたしは"そう"なのだから。)
『お疲れ様です!』
『…お疲れ様です。』
午後は返却本の点検と、蔵書整理の担当で、残業必須のはずの黒田さんが、図書館の出入り口の外で私を待っていた。
『それでですね。』
唐突に始まる会話にも慣れたもので、私と黒田さんは並んでバス停に向かって歩き出す。
『僕が、水谷さんの骨が殴れたり、怪しい女児が見えるようになったのは、たぶんこれが原因で___』
そう言うと、彼はおもむろにペロンとTシャツを捲って、肌色の腹を剥き出しにした。
公衆の面前で。
『げぇ!!!』
私は潰れたカエルのような叫び声を上げて、すぐに黒田さんを脇道に押し込んだ。
『な、何ですか?』
『こっちが何ですか?!ですよ!何唐突に服脱いでるんですか!道端で!捕まりますよ?!』
『いや、脱いでるって言うか、お腹捲っただけですよ!』
『それが許されるのは小学生までだよ馬鹿が!』
『おお…!』
罵声を受けて、なぜかちょっと恍惚とした表情を浮かべる黒田さん。
(こいつ、まじで感情が狂ってる…)




