第九十九話 方向のすれ違い
第九十九話 方向のすれ違い
保護圏の拡大が、これまで以上に確かなものとなり、東海地方全域における、拠点の存在感が、日を追うごとに増していく中、私自身の想いと、四天王たちの想いとの間に、これまで以上に、静かな、しかし確かな「すれ違い」が、生まれつつあった。
ある日、拠点に、また新たな、複数の村々からの、保護圏加入の報告が、届けられることとなった。一益が、その報告を、私に伝えた。「殿、此度も、新たに、五つの村が、保護圏に加わることを、決定いたしました」
私は、その報告に、複雑な思いを抱きながら答えた。「そうか……。正直、俺、もう十分だと思うんだけどな」
(訳:これ以上、勢力が広がっていったら、俺たちの手が、本当に、回らなくなってしまうんじゃないかって、正直、心配なんだ)
一益は、しかし、その言葉に、これまでとは異なる、確かな決意を込めて答えた。「殿。此度の拡大は、まさに、殿の理想を、さらに広げる、確かな一歩にございます」
私は、その言葉に、少し戸惑いを覚えた。「え、俺の理想を、広げるって……?」
一益は、続けた。「殿は、これまで、力による支配ではなく、慈しみによる庇護、そして、民の自主性を重んじる統治――そうした、まったく新しい形の在り方を、この東海の地に、確かに、築いてこられました。此度の拡大は、その、まことに崇高な理想を、さらに、多くの人々へと、広げていく、確かな機会にございます」
私は、その説明に、深い困惑を覚えた。(違う……。俺は、そんな崇高な理想を掲げているわけじゃないんだ。ただ、目の前の、困っている人たちを、放っておけないから、それで、こうなっているだけなのに)
私は、慎重に、自分の想いを、伝えようと試みた。「一益、俺、正直、そんな大きな理想とか、考えていないんだ。ただ、もう、そろそろ、俺たちの手が回る範囲に、落ち着けたいって、それだけを、思っているんだよ」
一益は、その言葉に、深く頷いた。「殿の御謙虚さ、まことに、頭が下がる思いにございます。されど、殿。これほど多くの民が、殿を、確かに頼りとし続けている以上、我らは、その想いに、応え続けねばなりませぬ」
私は、その言葉に、もはや、何も反論できなくなっていた。(俺の『もう十分だ』っていう本音が、なんで、こんな風に、『さらなる理想の実現』に、繋がっていってしまうんだ……)
この会話の後、四天王をはじめとする、拠点の主要な人々の間では、これまで以上に、積極的な保護圏の拡大に向けた、様々な準備が、着々と進められていくこととなった。私の、内心の戸惑いとは、まったく異なる方向に、事態は、静かに、しかし確実に、進んでいったのである。
数日後、私は、藤吉郎に、改めて、率直な想いを打ち明けることにした。「なあ、藤吉郎。俺、最近、みんなの考えと、俺自身の想いが、少しずつ、ずれてきているような気がするんだ」
藤吉郎は、その言葉に、しばし考え込んだ後、静かに答えた。「殿。それがしも、殿の御心中を、完全に、理解しきれているとは、申せませぬ。されど、殿がこれまで示してこられた、確かな行動――それが、我らにとって、何よりの指針であることは、間違いございません」
私は、その言葉に、深い感慨を覚えながらも、なおも、複雑な思いを抱いていた。「そうか……。俺の行動が、俺の想いとは、少し違う形で、伝わってしまっているのかもしれないな」
藤吉郎は、慎重に続けた。「殿。もし、御自身の御真意を、我らに、より正確に、お伝えになりたいのであれば、いつでも、遠慮なく、仰ってくださいませ」
私は、その言葉に、深く頷いた。「ありがとう、藤吉郎。でも、正直、こうやって、みんなが、俺の想いを、より良い方向に、解釈してくれているなら、それはそれで、悪いことじゃないのかもしれないな」
(訳:本当に、複雑な気持ちなんだけど、結果的に、みんなが、幸せに暮らせているなら、それでいいのかもしれない)
その夜、私は寝所で一人、この日の会話を、静かに振り返っていた。私の、素朴な「もう十分だ」という想いと、四天王たちの、「さらなる理想へ」という解釈――その方向性の違いは、決して、完全には、埋まることのない、確かな溝であった。しかし、その溝の中で、なぜか、拠点全体は、これまで以上に、確かな発展と、平和を、着実に、築き続けていたのである。
(俺は、これからも、みんなを守ることだけを、大事にしていきたい。俺の想いと、みんなの解釈が、少しずつずれていても、その根底にある想いだけは、きっと、同じはずだから)
その素朴な感慨を胸に、私は、静かに眠りについたのだった。この、方向のすれ違いは、以後も、物語の、重要な通奏低音として、静かに、しかし確かに、その物語の底に、流れ続けていくこととなるのである。




