第九十一話 西国の商人
第九十一話 西国の商人
京の公家衆の間で、「百策伝説」が語られるようになった頃、拠点には、これまでとは異なる、興味深い訪問者が、次々と訪れるようになっていた。ある日、拠点に、これまでにない格式の高さを感じさせる、堺の大商人が、直接、訪れることとなった。
「信照様、初めて、お目にかかります」その商人は、丁重な口上を述べた。「それがし、堺にて、南蛮貿易を含む、様々な商いを手がける者にございます。かねてより、信照様の御高名を伺い、この目で、直接、この地を見てみたいと、そう思い立った次第にございます」
私は、その丁重な訪問に、少し驚きながら応じた。「わざわざ、堺から……。それは、遠いところ、よく来てくれたね」
商人は、興味深そうに、周囲を見回しながら、続けた。「実は、それがし、これまで、様々な武将の領地を、視察して参りました。されど、この地の様子は、これまで見てきたものとは、まったく異なる印象を、受けております」
私は、その言葉に、興味を惹かれた。「どんな風に、違って見えるんだ?」
商人は、丁寧に答えた。「これまで訪れた地では、いずれも、武将の権威を示すための、厳めしい構えが、目立って参りました。されど、この地には、そうした、威圧的な雰囲気が、まったく感じられませぬ。むしろ、民が、実に自然体で、穏やかな暮らしを営んでいるように、お見受けいたします」
私は、その観察に、深い感慨を覚えた。「そうか……。俺、そんな風に、意図して作り上げたわけじゃないんだけど、みんなが、自然に、そうやって暮らせているなら、それが、一番、嬉しいことなんだ」
(訳:本当に、俺、大それたことは、何もしていないんだけどな。ただ、みんなが、自由に、平和に暮らせるようになればいいって、それだけを願ってきただけなんだから)
商人は、その言葉に、深く頷いた。「それこそが、まことの安心というものにございましょう。この地であれば、商いを行うにあたっても、決して、無用な緊張を、強いられることは、ございますまい」
私は、その言葉に、少し誇らしい気持ちを覚えながら答えた。「そう言ってもらえると、嬉しいよ。みんなが、安心して、商いを続けられる場所にしたいって、いつも、思っているから」
商人は、その後、実際に、拠点周辺の市場や街道の様子を、じっくりと視察していった。彼は、その洗練された経済活動の様子に、確かな感嘆の声を漏らしていたという。
「これほどの規模の市場が、いかなる強制も伴わず、自然発生的に育まれているとは、まことに、驚くべきことにございます」商人は、私のもとへ戻ってきた際、そう感想を述べた。
私は、その言葉に、素直な喜びを感じながら答えた。「みんなが、安心して、それぞれの商いに、専念できるようになったからこそだと思う」
商人は、しばし考え込んだ後、思い切ったように、切り出した。「信照様。それがし、堺に戻りましたら、この地の様子を、他の商人仲間たちにも、詳しく伝えたく存じます。もし、よろしければ、この地との、さらなる交易を、進めさせていただきたく存じます」
私は、その申し出に、深く感謝の意を示した。「本当に、ありがたい話だよ。俺たちにとっても、色々な地域と、良い繋がりを持てるのは、すごく大事なことだと思うから」
こうして、この堺の商人を通じて、拠点周辺の経済圏は、これまで以上に、広範な、そして遠方との交易関係を、確かに築いていくこととなった。数か月後には、堺から、これまで見たこともないような、珍しい品々が、定期的に、拠点周辺の市場に、運び込まれるようになっていったのである。
私は、ある日、この新たに始まった、堺との交易の様子を、実際に、市場で目にする機会を得た。異国風の意匠を凝らした陶器、見慣れぬ布地、そして、南蛮渡来の珍しい品々――それらが、これまでの、この地の産物と共に、活況を呈する市場に、並べられている光景であった。
「本当に、豊かになったよな」私は、傍らにいた藤吉郎に、率直な感想を口にした。
藤吉郎は、満足げに頷いた。「殿の御方針が築いた、この地の平和と安心が、こうして、遠く堺との、確かな繋がりへと、発展しているのでございます」
私は、その言葉に、深い充実感を覚えた。(俺の、単純な想いから始まったことが、こんなに遠くまで、良い影響を広げているなんて、本当に、不思議な話だよな)
その夜、私は寝所で一人、この日の出来事を、静かに振り返っていた。(俺は、これからも、みんなが、安心して、それぞれの暮らしを、豊かにしていける場所を、大切に守り続けていきたいな)
その素朴な決意を胸に、私は、静かに眠りについたのだった。西国の商人たちとの、この新たな繋がりは、以後、保護圏全体の、確かな経済的発展の、重要な柱として、その存在感を、さらに増していくこととなるのである。




