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俺の知ってる戦国時代と違う! ~歴史知識が通じない世界で、優秀すぎる家臣たちが天下を目指す~  作者: チャプタさん


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第九話 幻影の織田軍

第九話 幻影の織田軍


利家、藤吉郎、一益、小六――それぞれが独自に動き、独自の判断で小規模な部隊を率いるようになっていた。拠点はもはや、私一人の意思で動く組織ではなくなりつつあった。誰もが「殿の御意思」を汲み取ったと信じ、それぞれの持ち場で忠実に動き続けている。


私自身は、そのことに気づいてすらいなかった。ただ、日々の食事に困らず、夜も安心して眠れることに、ささやかな幸福を感じているだけであった。


(最近、なんだか拠点が賑やかになってきたな……。まあ、平和なのはいいことだ)


私はそんな呑気な感想を抱きながら、縁側で日向ぼっこをしていた。しかし、拠点の外では、私の与り知らぬところで、奇妙な現象が次々と起きていたのである。


ある日、今川軍の陣中に、混乱を招く報告が相次いで届いた。


「東の村に織田の兵、二百ほど確認いたしました!」

「南の橋にも別の織田勢が現れております!」

「北の山道でも、織田の旗を見た者が……」


これらの報告は、いずれも別々の物見によって、ほぼ同時刻にもたらされたものであった。今川軍の軍監は、地図を睨みながら額に深いしわを刻んだ。


「東、南、北――同時に、これほど多方面で活動できるはずがない。一体、織田の本隊はどこにいるのだ」


軍監は苛立たしげに配下の物見を集め、それぞれの報告を照らし合わせさせた。しかし、どの報告も明らかに信頼できるものであり、矛盾しているようには見えなかった。まるで、織田軍が同時に三つの場所に存在しているかのようだった。


実際には、これは何ら不思議なことではなかった。東の村を守っていたのは、利家配下の兵たちであり、彼らは単純に、近隣の村から助けを求められて出向いていたに過ぎない。南の橋を固めていたのは一益の情報網に連なる者たちで、敵の伝令を捕らえるために待ち伏せをしていただけであった。そして北の山道に現れたのは、小六率いる川並衆であり、退路確保のための偵察を行っていたに過ぎなかったのである。


つまり、四天王――いや、この時点ではまだ四人が四天王として正式に任命されていたわけではないが――彼らはそれぞれ独立に、村を守るための小競り合いをしていたに過ぎなかった。誰かが全体を統括して指示を出していたわけではなく、それぞれが「殿ならばこうお望みになるだろう」という自らの解釈のもとに、自主的に動いていただけなのだ。


しかし今川軍からすれば、統率された大軍が神出鬼没に動いているようにしか見えなかった。同じ日に、離れた三箇所で織田の旗を掲げた兵が現れる。しかもそのいずれもが、決して無謀な戦い方をせず、必要最小限の被害で目的を達成し、風のように姿を消していく。


「これは……何か大きな采配のもとに、統一された動きに違いない」


軍監の結論は、こうして生まれた。彼は本陣に戻り、上役である今川方の重臣に、震える声で報告した。


「織田の残党、あるいはそれに与する者たちの動きは、単なる寄せ集めのそれではございませぬ。何者かが、極めて緻密な采配をもって、複数の部隊を同時に、しかも矛盾なく動かしております」


重臣は眉をひそめた。「その采配を振るう者とは、いったい何者か」


「分かりませぬ。ただ、噂によれば――織田信秀の九男、信照なる者が、その中心にいるとか」


「信照? 聞いたこともない名だ」


「元より、表舞台に出ることのなかった庶子と聞いております。しかし、その者が今、恐るべき用兵をもって、我らを翻弄しつつあるのやもしれませぬ」


重臣はしばし考え込んだ後、静かに命じた。「その者の動向、注意深く探れ。侮ってはならぬ」


こうして「幻影の織田軍」――実体のない、しかし確かに存在する脅威として、今川軍の中で語られ始めたのである。誰も、その実態が単に四人の男たちが、それぞれの持ち場で自主的に動いているだけだとは、思いもしなかった。


一方、拠点では、利家たちがそれぞれの成果を持ち寄り、私の前で報告を行っていた。


「殿! 東の村を無事に守り抜きましてございます!」利家が誇らしげに報告した。


「南の橋にて、敵の伝令を捕らえ申した」一益も淡々と告げる。


「北の山道、退路の確保、万全にございます」小六も頭を下げた。


私はその報告を聞きながら、内心で首を傾げていた。(あれ、みんな別々に動いてたんだ。てっきり、示し合わせてやってるものだとばかり……)


「殿の御下命があってこそ、我らは迷わず動けまする」利家がそう言うと、他の三人も深く頷いた。


(いや、俺、具体的な下命なんて何もしてないんだけどな……。みんな勝手に、いい感じに動いてくれてるだけで)


私はその疑問を口にすることもできず、ただ曖昧に頷くしかなかった。「うむ、大儀であった」


その夜、私は寝所で一人、今日の出来事を振り返っていた。(俺は本当に何もしていない。それなのに、まるで俺が全部指揮しているみたいに思われてる。これ、このままで大丈夫なのか……?)


不安は尽きなかったが、同時に、拠点の誰もが自主的に、しかも見事な連携を見せていることに、私は密かな安堵も覚えていた。少なくとも、彼らが互いに争うことなく、共通の目的――拠点と、そこに集う人々を守ること――のために動いていることだけは確かだったからである。


その頃、今川軍の間では、「幻影の織田軍」という言葉が急速に広まりつつあった。実体を掴めぬ敵という存在は、時に、実体のある敵よりもはるかに大きな恐怖を人の心に刻み込むものである。誰も見たことのない「織田の本隊」を思い浮かべては、それぞれが勝手に恐ろしい想像を膨らませていった。ある者は、それを数千の精鋭部隊だと考え、またある者は、神出鬼没の忍び集団だと信じた。


真実は、ただ四人の男たちが、それぞれの想いを胸に、私の何気ない一言を胸に刻みながら、自分の持ち場で懸命に働いているだけであった。しかし、その素朴な忠義の積み重ねが、いつしか今川軍にとって、実体のない、しかし確かな脅威として立ちはだかることになったのである。

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