第八十四話 魔王旗一本
第八十四話 魔王旗一本
今川方が、大規模な軍事行動を控え続ける中、保護圏内では、これまで築き上げてきた仕組みが、より一層、確かな成熟を見せるようになっていた。ある日、拠点に、美濃の小さな城を守る、一人の武士から、興味深い報告が届けられた。
「信照様、御報告いたしたきことがございます」その武士は、拠点を訪れ、丁寧に語り始めた。「先日、我らが守る小城の周囲に、今川方の一部隊が接近して参りました」
私は、その報告に、緊張を覚えた。「その城は、無事なのか?」
武士は、深く頭を下げながら、続けた。「はい、殿。まことに、幸運なことにございました。我らが、拠点から授かった、魔王旗を、城壁に掲げましたところ、今川方の部隊は、しばし遠巻きに様子を窺うのみで、結局、包囲することなく、静かに撤退していったのでございます」
私は、その話に、深い感慨を覚えた。「そうか……。旗一本で、そんなことができるようになったんだな」
(訳:正直、俺、そんな旗の力なんて、まだ、実感が湧かないんだけど……)
武士は、続けた。「今川方の指揮官は、部下に、こう告げていたと、我らの物見が伝え聞いております。『あの旗は、織田信照方の証だ。うかつに攻め込めば、いかなる報復を招くか分からぬ』と」
私は、その言葉に、複雑な思いを抱いた。「俺、そんな報復とか、考えたこともないんだけどな……。ただ、みんなを守りたいって、それだけの想いなんだから」
武士は、深く感じ入った様子であった。「信照様のその御心が、この旗一本に、確かに込められておるのでございましょう。だからこそ、これほどの力を、持つに至ったのやもしれませぬ」
私は、その言葉に、少し照れくささを覚えながらも、素直な喜びを感じていた。この一件は、拠点に集う人々の間で、瞬く間に、確かな評判として広まっていった。「魔王旗一本だけで、城が守られる」――そんな伝説が、これまで以上に、多くの人々の間で、語り継がれるようになっていったのである。
数日後、私は、四天王と共に、この一連の現象について、改めて話し合う機会を持った。「みんな、あの旗一本で、こんなに戦を避けられるようになったのって、本当に、不思議だよな」私は、率直な感想を口にした。
一益が、静かに答えた。「殿。これは、殿がこれまで、一貫して築いてこられた評判の、確かな重みにございます。もはや、殿の旗印は、単なる目印ではなく、それ自体が、確かな『抑止力』として、機能し始めているのでございましょう」
私は、その説明に、深く考え込んだ。(俺は、正直、そんな大それた力を持っているとは、思っていないんだけどな……。でも、みんなが、そう受け止めてくれるなら、それでいいのかもしれない)
藤吉郎も、続けた。「加えて、この旗の力は、単に、我らの勢力圏を守るだけでなく、今川方にとっても、無用な兵力の消耗を、避けるという、確かな利点をもたらしております。いわば、双方にとって、この旗は、争いを避けるための、確かな緩衝材として、機能しているのでございましょう」
私は、その説明に、深く頷いた。「そうか……。俺たちだけじゃなくて、今川方にとっても、いいことなんだな」
その日の夕刻、私は、拠点の一角に掲げられている、拠点そのものの魔王旗を、改めて、じっくりと眺めてみた。藤吉郎が、かつて丁寧にデザインしたその旗は、風に揺れながら、静かに、しかし確かに、その存在感を、示し続けていた。
(この旗一つが、こんなに多くの人たちの、平和を守ってくれているなんて、本当に、不思議な話だよな)
その素朴な感慨を胸に、私は、静かに、拠点への日常へと、戻っていったのだった。この魔王旗一本による抑止力は、以後、保護圏全体の、確かな安全保障の要として、その重要性を、さらに増していくこととなるのである。
その夜、私は寝所で一人、この日の話し合いを、静かに振り返っていた。(俺は、これからも、みんなを守るという、この変わらぬ想いを、大切にしていきたいな)
その決意を胸に、私は、静かに眠りについたのだった。
翌朝、私は、拠点を訪れた美濃の武士に、改めて、感謝の言葉を伝えることにした。「昨日は、本当にありがとう。あなたたちが、無事だったって聞いて、心から安心したよ」
武士は、深く頭を下げた。「信照様の御庇護あればこそ、我らは、こうして、無事に、日々を過ごすことができております」
私は、その言葉に、素直な喜びを感じながら答えた。「これからも、何か困ったことがあったら、いつでも、頼ってきてほしい」
(訳:本当に、単純な想いなんだけど、みんなが、安心して暮らせるなら、それが、俺にとって、一番の喜びなんだ)
武士が去った後、私は、拠点の広場で、藤吉郎と共に、この魔王旗の今後の展開について、さらに話し合うこととなった。
「殿、これほどまでに、旗の効力が確かなものとなった以上、保護圏に加わりたいと望む村や豪族が、今後、さらに増えていくことでございましょう」藤吉郎が、そう予測した。
私は、その言葉に、少し複雑な思いを抱いた。「そうか……。でも、これ以上、広がっていったら、俺たちの手が、本当に回らなくなるんじゃないかって、正直、まだ、心配なんだ」
藤吉郎は、静かに答えた。「殿。これまでも、そうであったように、各地の村々は、それぞれ自立し、互いに助け合う仕組みを、着実に育んで参りました。この旗の力もまた、その自立した繋がりを、さらに、確かなものにする一助となりましょう」
私は、その説明に、少し安堵しながら頷いた。「そうか……。みんなが、それぞれの力で、支え合ってくれているなら、それでいいのかもしれないな」
その日の午後、私は、拠点の高台から、周囲に広がる、穏やかな田園風景を、改めて見渡した。かつては、絶望と混乱に沈んでいたはずのこの地が、今や、一本の旗を象徴として、確かな平和を、静かに享受している。私は、その光景に、深い感慨を覚えていたのである。




