第七十七話 敵の敵
第七十七話 敵の敵
保護圏が、伊勢北部にまで広がるようになると、これまでとは異なる、複雑な力関係が、拠点の周辺に、次々と生まれるようになっていた。ある日、拠点に、これまでとは異質な種類の相談が、寄せられることとなった。
「信照様、御相談がございます」訪れた使者は、少し緊張した様子で切り出した。「それがし、今川方と、対立関係にある、ある豪族に仕える身にございます」
私は、その言葉に、興味を惹かれた。「今川方と、対立している……?」
使者は、続けた。「我が主家は、以前、今川家との領地争いに敗れ、以来、深い恨みを抱いております。この度、信照様が、今川方を退けられたという評判を耳にし、御同盟を、お願いしたく参上いたしました」
私は、その申し出に、正直なところ、大きな戸惑いを覚えた。(同盟か……。正直、俺、そんな、政治的な駆け引きとか、全然得意じゃないんだけどな)
私は、慎重に言葉を選びながら答えた。「あなたの主家が、俺たちの保護を求めるなら、それは、受け入れられると思う。でも、俺たちは、今川方への、直接的な敵対行為を、目的としているわけじゃないんだ」
(訳:今川と戦うために、あなたたちと組む、っていうんじゃなくて、単純に、あなたたちを守りたいだけなんだ)
使者は、その言葉に、少し戸惑った様子を見せたが、傍らにいた一益が、静かに補足した。「殿は、いかなる勢力とも、積極的な敵対関係を結ぶことを、お望みになりませぬ。されど、貴殿の御主家が、今川方からの脅威に晒されるのであれば、我らは、これまでと同様に、庇護をお約束できましょう」
使者は、その説明に、深く頷いた。「なるほど……。信照様は、あくまで、守るための力添えを、なさるおつもりなのですな」
この豪族は、こうして、保護圏の一角に加わることとなった。しかし、この一件を境に、今川方に対立する、様々な勢力からの相談が、これまで以上に、頻繁に、拠点へと寄せられるようになっていったのである。
ある日、私は、この状況について、四天王と共に、改めて話し合う機会を持った。「みんな、最近、今川と対立している人たちからの相談が、増えてきているよな。これって、俺たちにとって、どういう意味を持つんだろう」私は、率直な疑問を投げかけた。
一益が、慎重に答えた。「殿。我らが、今川方への敵対を、直接、掲げているわけではございませぬ。されど、今川方と対立する勢力から見れば、我らの旗は、確かな、共通の敵対者として、頼りになる存在として、映っているのでございましょう」
私は、その説明に、複雑な思いを抱いた。(俺は、そんなつもりで、旗を掲げたわけじゃないんだけどな……。でも、結果的に、そう見えてしまうのは、避けられないことなのかもしれない)
数週間後、拠点周辺で、実際に、この現象を象徴する出来事が起きることとなった。今川方との対立関係にある、ある小さな豪族の領地が、今川方の一部隊による、圧力を受けそうになった際、その豪族は、信照の旗を掲げることで、この危機を、未然に回避することができたのである。
「あの旗は、織田信照方の証だ。うかつに攻め込めば、いかなる報復を招くか分からぬ」――今川方の指揮官が、そう漏らしたことにより、その部隊は、進軍を断念し、静かに撤退していったのである。
この一件は、拠点にとって、これまでとは、少し異なる意味を持つ、確かな評判の広がりであった。「敵の敵」という言葉が、いつしか、保護圏の、新たな側面を表す言葉として、静かに使われるようになっていった。
私は、その頃、この一連の状況を、複雑な思いで見守っていた。ある夜、私は、一益に、率直な想いを語った。「なあ、一益。俺たちの旗が、こんな風に、今川と対立する人たちの、拠り所になっていくのは、正直、大丈夫なんだろうか」
一益は、静かに答えた。「殿。我らが、あくまで、守ることのみを、目的とし続ける限り、この評判は、決して、我らを危険な立場に、追い込むことはございませぬ。むしろ、これは、殿の御庇護が、いかに広く、確かなものであるかの、証にございます」
私は、その説明に、深く頷きながらも、なおも複雑な思いを抱いていた。「そうか……。俺たちが、目指す方向を、これからも、しっかり守っていかないといけないんだな」
その夜、私は寝所で一人、この日の議論を、静かに振り返っていた。(俺たちの旗が、どんどん、大きな意味を持つようになっていく。俺は、これからも、この場所を、守るという、本来の目的を、絶対に、忘れないようにしたいな)
その素朴な決意を胸に、私は、静かに眠りについたのだった。「敵の敵」という、この新たな評判は、こうして、保護圏の、確かな抑止力として、さらに、その影響力を、広げていくこととなるのである。




