第七十六話 伊勢北部
第七十六話 伊勢北部
西美濃からの加入に続き、拠点には、さらに、これまでとは異なる方角――伊勢北部からの、相談も、寄せられるようになっていた。ある日、伊勢の豪族の使者が、拠点を訪れることとなった。
「信照様、我らは、北伊勢の豪族にございます」使者は、丁重な様子で切り出した。「先の、義元様の大軍を、犠牲なく退けられた御手腕、まことに感服いたしております」
私は、その言葉に、少し複雑な思いを抱きながら答えた。「あの一件は、俺一人の手腕っていうより、みんなが、それぞれ、頑張ってくれた結果なんだけどな」
(訳:本当に、俺、そんな大層な手腕なんて、持ち合わせていないと思うんだけど……)
使者は、続けた。「我ら伊勢の地は、これまで、幾つもの勢力の間で、揺れ動いて参りました。信照様の御庇護を、頂戴できれば、まことに、幸いに存じます」
私は、その申し出に、これまでの経験を踏まえ、慎重に対応することにした。しかし、この時、私は、少し異なる不安を、抱くようになっていた。
私は、傍らにいた一益に、率直な想いを打ち明けた。「なあ、一益。伊勢まで、俺たちの保護圏が広がるって、正直、大丈夫なんだろうか。距離が、これまで以上に遠くなるし……」
一益は、慎重に答えた。「殿。確かに、距離的な問題は、これまで以上に、考慮すべき点かと存じます。されど、これまでの経験から、必ずしも、直接的な軍事力の派遣だけが、庇護の形ではないと、我らは、学んで参りました」
私は、その説明に、興味を惹かれた。「どういうことだ?」
一益は、続けた。「殿の御名――その評判そのものが、いかなる勢力にとっても、無用な衝突を避けるべき、確かな抑止力として機能しております。距離が遠くとも、この評判の力は、決して弱まることはございませぬ」
私は、その説明に、少し安堵しながらも、なおも慎重な想いを抱いていた。「そうだといいんだけどな……」
私は、伊勢北部の使者に対し、これまでと同様の方針を、丁寧に説明した。「あなた方の統治は、これまで通り、自分たちで行ってほしい。俺たちは、外部からの脅威に対して、力になれることを、していきたいと思う」
(訳:これまでのやり方が、うまく機能しているんだから、伊勢でも、同じようにやっていけばいいと思うんだ)
使者は、その言葉に、深く頭を下げた。「信照様の御方針、まことに一貫しておられます。我らも、これより、殿の御庇護のもと、自らの力で、この地を守り抜いて参りたく存じます」
こうして、北伊勢の豪族もまた、保護圏の一角に加わることとなった。この加入は、拠点にとって、単なる勢力の拡大にとどまらず、より遠方の地との連携という、新たな課題を、確かに突きつけるものでもあった。
数週間後、私は、この伊勢からの加入について、四天王と共に、改めて話し合う機会を持った。「みんな、これから、伊勢とも、うまく連携していけると思うか」私は、率直な疑問を投げかけた。
藤吉郎が、答えた。「殿。これまでの経験を踏まえれば、決して、不可能なことではございませぬ。情報網を、さらに広げ、必要な時には、迅速に対応できる体制を、整えて参りましょう」
小六も、続けた。「加えて、川筋や海路を利用すれば、伊勢との連携も、これまで以上に、迅速に行えるようになりましょう」
私は、その説明に、深く頷いた。「そうか……。みんなが、こうやって、新しい課題にも、きちんと対応してくれるのは、本当に、ありがたいことだよな」
その日の夕刻、私は、拠点の高台に立ち、遠く伊勢の方角を見つめていた。かつては、まったく想像もしなかったであろう、この保護圏の広がり。それは、私一人の力では、決して成し得なかった、多くの人々の、確かな想いと、行動の結晶であった。
(俺は、これからも、みんなを信じて、この場所を、一緒に、守り続けていきたいな)
その素朴な想いを胸に、私は、静かに、拠点への帰路を歩んでいったのだった。伊勢北部の加入は、こうして、保護圏の、さらなる確かな広がりの、新たな一歩として、着実に、その歴史を、刻んでいくこととなるのである。




