第七十四話 兄妹の距離
第七十四話 兄妹の距離
お市が、拠点の運営について、より深く学びたいと願うようになってから、彼女は、四天王のもとを訪れ、様々な知識を、積極的に吸収するようになっていた。私は、その様子を、時折、遠くから見守りながら、深い誇らしさを感じていた。
ある日の夕暮れ時、私は、拠点の縁側で、藤吉郎から、経済的な運営についての説明を、熱心に受けているお市の姿を目にした。彼女は、真剣な表情で、藤吉郎の言葉に、耳を傾けている。
私は、その様子を、しばし、静かに見守っていた。やがて、説明が終わると、お市は、私に気づき、こちらへと歩み寄ってきた。
「兄上」お市が、優しい声で私に呼びかけた。「藤吉郎様から、寄進の仕組みについて、教えていただきました」
私は、微笑みながら答えた。「そうか、良かった。難しかったか?」
お市は、少し首を傾げながら答えた。「はい、まだ、分からないことも多いのですが、少しずつ、この場所の仕組みが、理解できてきたように思います」
私たちは、しばらくの間、並んで座り、夕暮れの空を眺めていた。橙色に染まる空の下、拠点には、これまでにない、穏やかな時間が流れていた。
「兄上」お市が、ふと、静かに口を開いた。「わたくしは、これからも、兄上のお傍で、この場所を、共に支えていきたいと、思っております」
私は、その言葉に、深い喜びを感じながら答えた。「うん、これからも、一緒に、頑張っていこう」
(訳:本当に、お市がこんな風に、成長してくれるのは、兄として、何よりも嬉しいことなんだ)
お市は、その言葉に、少し頬を染めながら、微笑んだ。「兄上……」
その柔らかな呼び声に、私は、いつものように、内心の喜びを、必死に隠していた。(お、俺が兄上だ……! 歴史上の美少女に、こんな風に想われてるなんて、今でも、信じられないくらいだよ……! いや、妹相手にこんな感情を抱くのは、絶対にダメなんだけどな!)
私たちは、その後も、しばらくの間、他愛のない会話を交わし続けた。話題は、拠点の日々の出来事から、これから先の展望まで、様々なものに移り変わっていった。
その様子を、少し離れた場所から、静かに見守っていた利家と一益が、小声で言葉を交わしていた。
「殿とお市様、まことに、深き絆で結ばれておられるな」利家が、感慨深げに呟いた。
一益も、深く頷いた。「あのお二人の間に流れる、静かな親密さは、まことに、稀有なものにございます」
利家は、続けた。「されど、殿は、決して、お市様への想いを、表に出されることはない。これは、まさに、殿の、御自制の証にございましょう」
「まことに」一益も同意した。「殿は、あえて、お市様との距離を、保っておられるのだ。これぞ、冷徹なる魔王の、自制と申すべきもの……!」
二人の会話を、私もお市も、まったく知る由もなかった。私は、ただ、兄として、妹を大切にしたいという、純粋な想いのままに、お市との時間を過ごしていた。しかし、その素朴な兄妹の絆は、周囲の目には、これまで以上に、深い意味を持つものとして、映り続けていたのである。
夕暮れが、次第に、夜の帳へと変わっていく中、私とお市は、まだ、しばらくの間、並んで座り続けていた。私は、その静かな時間を、心から大切に感じていた。
「お市」私は、ふと、思いついたことを口にした。「これからも、色々なことを、一緒に、学んでいこうな」
お市は、その言葉に、心底から嬉しそうな表情を浮かべた。「はい、兄上。わたくしも、そう願っております」
その夜、私は、久しぶりに、心の底から穏やかな気持ちで眠りについていた。お市との時間、拠点の平穏、そして、少しずつ確かなものになりつつある、この場所への想い――そのすべてが、私にとって、何よりも大切なものへと変わりつつあったのである。
一方、お市は、その夜、自室に戻ってから、一人、静かに物思いに耽っていた。(兄上との、こうした時間が、わたくしにとって、どれほど大切なものか……。この想いは、いったい、何と呼ぶべきものなのでしょう)
その名付けようのない感情を、彼女は、この夜もまた、そっと、胸の奥に、しまい込んでいくのであった。




