第五十三話 川は命
第五十三話 川は命
保護圏の各地に、平穏な日々が広がっていく中、思いがけない自然の脅威が、拠点周辺の村々を襲うこととなった。梅雨の季節、連日の激しい雨が続き、拠点近くを流れる川の水位が、みるみるうちに上昇していったのである。
「殿、大変にございます」小六が、ずぶ濡れの姿で、拠点に駆け込んできた。「上流の村々で、河川の氾濫が始まっております」
私は、その報せに、思わず息を呑んだ。「氾濫……? 村人たちは、無事なのか」
「まだ、詳細な報告は届いておりませぬが、このままでは、多くの村が、水に呑まれる恐れがございます」
私は、その言葉に、これまでにない焦燥を覚えた。(戦とは違う脅威だけど、これも、絶対に、みんなを守らないといけない)
「小六、頼む。できるだけ、多くの人を助けてくれ」私は、切実な想いを込めて告げた。
(訳:戦なら、まだ、対策の立てようがある。でも、自然の脅威に対しては、俺には、本当に、何もできない。だから、頼むから、みんなを守ってほしいんだ)
小六は、力強く頷いた。「承知いたしました。この小六、川のことならば、誰よりも心得ております。必ずや、皆を、安全な場所へと導きましょう」
小六は、その日のうちに、配下の川並衆を総動員し、避難誘導に取り掛かった。彼らは、川の流れを知り尽くしているがゆえに、どの地点が危険で、どの経路が安全であるかを、的確に判断することができた。
激しい雨の中、小六たちは、村々を回り、住民たちを、迅速に安全な高台へと避難させていった。ある村では、あと少しで氾濫した水が押し寄せてくるところを、間一髪のところで、住民全員を避難させることに成功した。
「もう少し遅ければ、大変なことになっていたでしょう」その村の名主が、後に、感謝の言葉を述べた。
避難した村人たちは、拠点に設けられた、一時的な避難場所へと集められた。藤吉郎が、そこでの物資の手配を、迅速に進めていた。
私は、拠点の広場で、避難してきた人々の様子を、直接見守ることにした。子供たちは、不安そうな表情を浮かべながらも、大人たちに寄り添っている。老人たちは、これまでの水害の経験を、口々に語り合っていた。
「信照様、まことにお世話になります」ある老婦人が、私に深く頭を下げた。「これまで、何度も、この川の氾濫に、苦しめられて参りました。されど、今回は、こうして、皆が無事に避難できたのは、まことに、有り難いことにございます」
私は、その言葉に、素直な安堵を覚えた。「無事で、本当に良かった。これからも、安心して暮らせるように、俺にできることを、していきたいと思う」
(訳:戦みたいに、俺の言葉が誤解されて広がっていくのとは違って、今回は、本当に、みんなが無事だったことが、何よりも嬉しいんだ)
避難が一段落した後、私は、雨の中、川の様子を見に行く小六の姿を見つけた。彼は、依然として、村人たちの安全を確認するために、川沿いを巡回していたのである。
「小六、無理はしないでくれ」私は、心配のあまり、そう声をかけた。
小六は、雨に濡れた顔で、力強く笑った。「殿、御安心くだされ。この程度の雨、わしにとっては、慣れたものにございます」
私は、その言葉に、深い感謝の念を抱いた。「本当に、ありがとう。お前がいなかったら、もっと多くの人が、危険な目に遭っていたはずだ」
小六は、少し照れくさそうな表情を浮かべた。「殿がそう仰ってくださるだけで、この小六、何よりの励みになります」
数日後、雨がようやく収まり、水位も、徐々に下がっていった。避難していた村人たちは、少しずつ、自分たちの村へと戻っていった。彼らの家々は、一部が浸水の被害を受けていたものの、幸いにも、命を落とす者は、一人もいなかった。
この一件は、瞬く間に、周辺の村々にも伝わっていった。「信照様の御庇護あればこそ、我らは、この大水害から、命を守ることができた」――そんな声が、各地から寄せられるようになったのである。
私は、その頃、拠点で、静かに、この一連の出来事を振り返っていた。(戦の脅威も、自然の脅威も、結局、みんなを守りたいっていう俺の想いは、変わらないんだな)
その素朴な想いを胸に、私は、静かに夜空を見上げた。雲が晴れ、久しぶりに、星々の輝きが、はっきりと見える夜であった。私は、その星空を見つめながら、改めて、この場所を、そしてここに集う人々を、守り抜いていこうという、確かな決意を、胸に刻んでいたのである。




